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「そんなにすごいのか?人間の繁殖力というのは」
「江戸時代初期には1200万人ほどしかいなかったのに、中期には3000万人ほどまで増えた」
「それはすごいな。倍以上じゃないか」
「明治時代初期は3500万人ほどだったが、それから150年たった今では1億2300万人もいる」
「確かにハツカネズミのような恐ろしい繁殖力だ。ゾッとするな」
イルマは悪神たちが自分以外のものに興味を持ってくれたことに少しほっとした。
村戸イルマはヒーローではない。
世界や村を救う救世主などではないのだ。
いくら『神の目』に近いものを持っておりギフトを持っていたとしても、彼はまだ16歳の少年だ。
少年が世界を救えるのはフィクションの中だけの話だ。
イルマにそんな力も度胸も勇気もなかった。
『鳳凰のようなものであり、不死鳥のようなもの』や『絶対零度の氷の麒麟のようなもの』をイルマが悪神の足止めに使ったのは、まだ作ったことのない、作れるかどうかもわからないものを彼が作ろうとしていたからだった。
黄泉路神話によれば、黄泉の国の最高神であるヨミテラスは、虚無の底から『夢の海(ネムル・アビス)』を創り、そこから各地の忘れられた神々を呼び寄せたとある。
作れる神々には限界があるのなら、残りの五臓六腑で作るべきは神そのものではなく、神々を召喚可能な『ネムル・アビスのようなもの』だった。
そして、イルマはようやくそれを作ることに成功した。
『ネムル・アビスのようなもの』から現れたのは、
死の門を司るメソポタミアの神・エレシュキガル。
死者の半分を黄泉へ導く北欧神話の神・ヘル。
冥府を秩序正しく保つ王でありギリシア神話の神であるハデス。
魂の重さを量る、エジプト神話の守護神アヌビス。
死と再生の書記であり、マヤ神話の神・ツァムナー。
そして、
鏡に世界の裏側を映すアステカ神話の神・テスカトリポカ。
彼らはすべて、「自らの世界で居場所を失った神」たちだった。
黄泉路神話における黄泉の国は、世界中の神々の亡命地として描かれている。だからそれが出来た。
「ほう、エレシュキガルにヘル、ハデス、アヌビス、ツァムナー、それにテスカトリポカか。面白い。異国の神たちよ、我らが叩き潰してくれよう」
「そう簡単にいくと思うか?」
『ネムル・アビスのようなもの』の向こう側から、声が聞こえた。
「我々黄泉路神話の神々もずいぶん舐められたものだな」
「あっちも黄泉路神話の神々だけどね」
「『偽りの仏たち』が、いつかわたしたちを裏切ることなんて、最初からわかってたことじゃん」
「でも、まぁ確かに『亡命の神々』だけじゃあ心許ないよね」
「だから、我々が直接出向くしかあるまい」
六柱の『亡命の神々』だけでなく、さらに黄泉路神話の神々までもが『ネムル・アビスのようなもの』から現れた。
最高神であるヨミテラスや、彼女に仕えるイザナミ、ヒルコ、アハシマ、カグツチ、アマツミカボシの六柱だった。
それだけでなく『裏造化三神』であるヨミノミナカヌシ、クライムスヒ、シズムスヒの三柱までがいた。
黄泉の国の創造主たちだった。
神々はけして神々しくもなければ美しくもなかった。
異形の恐怖さえ覚える姿をしていた。
唯一神に使える天使たちが、絵画に描かれているような人に翼が生えたような姿ではなく、異形の姿をしているように。
「のう、黒釈迦に終焉明王よ、そんなガラクタの体で、我ら十五柱の神々を相手にできると思うのか?」
「できるさ。群れることしかできない神と我らは違う」
「我らは九柱の神は今はひとつ。黒釈迦之終焉明王(くろしゃかのしゅうえんみょうおう)なり」
「ひとつの体におさまっているとはいえ、所詮は九柱の神々でしかないお前たちが言う台詞ではなかろう」
「それだけではないぞ。我らの依り代となっているのはこのガラクタだけではない」
嫌な予感がした。
イルマはロビンソンの姿を見たときから、彼をこの家に侵入させた者がいることに気づいていた。
姉の死体以外この部屋のリビングには誰もいなかったはずだった。
ロビンソンは姉の死体と共に現れたわけではなかった。どこからか転移させられたとしか思えなかった。
それが尾上カムイによるものではないこともわかっていた。
転移させる力は、ロボットを集めて合体させる力とはまた別のものだ。
そして、そんなギフトを持つ者を、イルマはひとりしか知らなかった。
姉や萌衣の友人である木島玲だ。
「エミリの弟か……イルマだろ……? エミリはどこだ……?萌衣は無事か……?」
黒釈迦之終焉明王の依り代となっていたのは、木島だった。
「イルマ……助けてくれ……俺はここだ……俺は、こいつらの依り代に……」
その体の一部が開き、苦悶に満ちた表情の木島が顔を覗かせた。
「お前たち神々が我らを滅ぼせば、この木島という男も死ぬことになる。その瞬間、村戸イルマは人体発火することになる」
「村戸イルマが死ねば、その『ネムル・アビスのようなもの』も消える。お前たちは二度と黄泉の国に帰ることができなくなるだけではない。その存在すら消えるのだ」
黒釈迦之終焉明王の言葉を聞き、イルマはその依り代となっている木島ごと倒すことは不可能だとわかった。
自分が死んでしまっては元も子もない。
まだ『姉のようなもの』を作り出していなかった。『死んでしまった村人たちのようなもの』もだ。
姉から目や脳を奪い、殺した素雲教の教祖ラースらに復讐もできていない。
だったら別に倒さなくてもいいかと思った。
守るべき姉は死んだ。
守りたかった萌衣も守ることはできなかった。その萌衣のことも何度も疑った。
足切神社にいるのは、『萌衣のようなもの』であって、萌衣そのものではない。
人類文明は終焉明王の力でリセットされるだろうが、ギフトで新たな世界を創造し、自分の手が届く範囲の人々ーー『萌衣のようなもの』や恭介を連れて行けばいい。『姉のようなもの』もそこで作ればいい。
そんなことが頭をよぎった。
イルマは世界と大切な誰かの命を天秤にかけているわけではない。
彼の決断で世界が滅ぶわけでもない。
木島の死が自分の死と直結しており、そのせいで彼は何の復讐もとげられず、素雲教の教祖ラースやその配下の幹部たちを止めることができなくなる。
それらはすべてイルマのせいではない。
だからもう、この世界のためには何もしたくなかった。
「江戸時代初期には1200万人ほどしかいなかったのに、中期には3000万人ほどまで増えた」
「それはすごいな。倍以上じゃないか」
「明治時代初期は3500万人ほどだったが、それから150年たった今では1億2300万人もいる」
「確かにハツカネズミのような恐ろしい繁殖力だ。ゾッとするな」
イルマは悪神たちが自分以外のものに興味を持ってくれたことに少しほっとした。
村戸イルマはヒーローではない。
世界や村を救う救世主などではないのだ。
いくら『神の目』に近いものを持っておりギフトを持っていたとしても、彼はまだ16歳の少年だ。
少年が世界を救えるのはフィクションの中だけの話だ。
イルマにそんな力も度胸も勇気もなかった。
『鳳凰のようなものであり、不死鳥のようなもの』や『絶対零度の氷の麒麟のようなもの』をイルマが悪神の足止めに使ったのは、まだ作ったことのない、作れるかどうかもわからないものを彼が作ろうとしていたからだった。
黄泉路神話によれば、黄泉の国の最高神であるヨミテラスは、虚無の底から『夢の海(ネムル・アビス)』を創り、そこから各地の忘れられた神々を呼び寄せたとある。
作れる神々には限界があるのなら、残りの五臓六腑で作るべきは神そのものではなく、神々を召喚可能な『ネムル・アビスのようなもの』だった。
そして、イルマはようやくそれを作ることに成功した。
『ネムル・アビスのようなもの』から現れたのは、
死の門を司るメソポタミアの神・エレシュキガル。
死者の半分を黄泉へ導く北欧神話の神・ヘル。
冥府を秩序正しく保つ王でありギリシア神話の神であるハデス。
魂の重さを量る、エジプト神話の守護神アヌビス。
死と再生の書記であり、マヤ神話の神・ツァムナー。
そして、
鏡に世界の裏側を映すアステカ神話の神・テスカトリポカ。
彼らはすべて、「自らの世界で居場所を失った神」たちだった。
黄泉路神話における黄泉の国は、世界中の神々の亡命地として描かれている。だからそれが出来た。
「ほう、エレシュキガルにヘル、ハデス、アヌビス、ツァムナー、それにテスカトリポカか。面白い。異国の神たちよ、我らが叩き潰してくれよう」
「そう簡単にいくと思うか?」
『ネムル・アビスのようなもの』の向こう側から、声が聞こえた。
「我々黄泉路神話の神々もずいぶん舐められたものだな」
「あっちも黄泉路神話の神々だけどね」
「『偽りの仏たち』が、いつかわたしたちを裏切ることなんて、最初からわかってたことじゃん」
「でも、まぁ確かに『亡命の神々』だけじゃあ心許ないよね」
「だから、我々が直接出向くしかあるまい」
六柱の『亡命の神々』だけでなく、さらに黄泉路神話の神々までもが『ネムル・アビスのようなもの』から現れた。
最高神であるヨミテラスや、彼女に仕えるイザナミ、ヒルコ、アハシマ、カグツチ、アマツミカボシの六柱だった。
それだけでなく『裏造化三神』であるヨミノミナカヌシ、クライムスヒ、シズムスヒの三柱までがいた。
黄泉の国の創造主たちだった。
神々はけして神々しくもなければ美しくもなかった。
異形の恐怖さえ覚える姿をしていた。
唯一神に使える天使たちが、絵画に描かれているような人に翼が生えたような姿ではなく、異形の姿をしているように。
「のう、黒釈迦に終焉明王よ、そんなガラクタの体で、我ら十五柱の神々を相手にできると思うのか?」
「できるさ。群れることしかできない神と我らは違う」
「我らは九柱の神は今はひとつ。黒釈迦之終焉明王(くろしゃかのしゅうえんみょうおう)なり」
「ひとつの体におさまっているとはいえ、所詮は九柱の神々でしかないお前たちが言う台詞ではなかろう」
「それだけではないぞ。我らの依り代となっているのはこのガラクタだけではない」
嫌な予感がした。
イルマはロビンソンの姿を見たときから、彼をこの家に侵入させた者がいることに気づいていた。
姉の死体以外この部屋のリビングには誰もいなかったはずだった。
ロビンソンは姉の死体と共に現れたわけではなかった。どこからか転移させられたとしか思えなかった。
それが尾上カムイによるものではないこともわかっていた。
転移させる力は、ロボットを集めて合体させる力とはまた別のものだ。
そして、そんなギフトを持つ者を、イルマはひとりしか知らなかった。
姉や萌衣の友人である木島玲だ。
「エミリの弟か……イルマだろ……? エミリはどこだ……?萌衣は無事か……?」
黒釈迦之終焉明王の依り代となっていたのは、木島だった。
「イルマ……助けてくれ……俺はここだ……俺は、こいつらの依り代に……」
その体の一部が開き、苦悶に満ちた表情の木島が顔を覗かせた。
「お前たち神々が我らを滅ぼせば、この木島という男も死ぬことになる。その瞬間、村戸イルマは人体発火することになる」
「村戸イルマが死ねば、その『ネムル・アビスのようなもの』も消える。お前たちは二度と黄泉の国に帰ることができなくなるだけではない。その存在すら消えるのだ」
黒釈迦之終焉明王の言葉を聞き、イルマはその依り代となっている木島ごと倒すことは不可能だとわかった。
自分が死んでしまっては元も子もない。
まだ『姉のようなもの』を作り出していなかった。『死んでしまった村人たちのようなもの』もだ。
姉から目や脳を奪い、殺した素雲教の教祖ラースらに復讐もできていない。
だったら別に倒さなくてもいいかと思った。
守るべき姉は死んだ。
守りたかった萌衣も守ることはできなかった。その萌衣のことも何度も疑った。
足切神社にいるのは、『萌衣のようなもの』であって、萌衣そのものではない。
人類文明は終焉明王の力でリセットされるだろうが、ギフトで新たな世界を創造し、自分の手が届く範囲の人々ーー『萌衣のようなもの』や恭介を連れて行けばいい。『姉のようなもの』もそこで作ればいい。
そんなことが頭をよぎった。
イルマは世界と大切な誰かの命を天秤にかけているわけではない。
彼の決断で世界が滅ぶわけでもない。
木島の死が自分の死と直結しており、そのせいで彼は何の復讐もとげられず、素雲教の教祖ラースやその配下の幹部たちを止めることができなくなる。
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