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「すまなかったな、イルマ。長い間留守にしてしまって」
足切神社に向かう途中、父は謝罪の言葉を口にした。
「最初はぼくと姉さんは父さんと母さんに棄てられたんだと思った。でも、ギフトのことやE.O.P.レンズのこと、ナノマシン入りワクチンのことを知って、父さんと母さんはとっくに死んだと思ってた」
「ナノマシンによるスコア管理のこともか?」
そうだよとイルマは応えた。
両親がイルマのために遺してくれたというスコアブックもあった。
そのスコアブックには、最後にギフトを使った殺人はどうなるのか? という問いで終わっていた。姉からおそらく両親はそれを試した後に死んだんだろうと聞かされてもいた。
だがそれは、姉がイルマのために作ったものだったことが後にわかった。
「この数ヵ月でそれからもっといろんなことを知ったんだ。素雲教のこととか、『神の目』のこととか、ぼくたちに見えている情報だらけの世界が『情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア』と呼ばれていることとか。だから、姉さんのように目と脳を奪われて、ふたりも『ラプラスの悪魔』のひとつになってるんだと思ってた」
まさかふたりとも神になっているなんて夢にも思わなかった。
「『ラプラスの悪魔』か……」
父は苦虫を噛み潰したような顔をした。
その意味がイルマにはわかりかねた。
「父さんは神になったの? それとも、神が父さんを食べて、父さんがその体を奪ったの?」
「イルマ、神というのはな、人間の変異種なんだ。後天的に突然変異したミュータントみたいなものなんだよ。そして、一度神になった者は子どもを作ることはできない」
それは突然変異などではなく、進化ではないかとイルマは思った。
生物は進化の過程の中でウィルスに感染することで進化することがあるからだ。
父がギフトを持っていることは間違いなかった。白目病にかかり、E.O.P.レンズの手術も受けていた。
白目病の原因であるクリサリス・ウィルスに感染したから突然変異による進化が起きた。そう考える方が自然な気がした。
クリサリスは「チョウのさなぎ」を意味する英単語だ。
感染することで、ギフトを得る代わりに視力を失う。その状態こそがさなぎであり、羽化すると神になるのではないか。
「ただの犠巫徒は、ギフトを使い続けていくうちに、やがて人の姿を失い、人間ではない何かになる。イルマもこの村でそういう人間を見たことがあるはずだよ」
真っ先に思い当たったのは、
「それって、萌衣さんのお父さんのこと?」
足切神社の当主であり、足切池の底の水脈を止めるために犠牲になった、萌衣の義理の父だか養父にあたる人のことだった。
名前までは思い出せなかった。足切○○左衛門ということはわかるのだが、その○○に当てはまる言葉がなんだったのかが思い出せなかった。
萌衣の父は、その体を死蝋化するギフトを持っていたと聞いていた。だが、いつしか人の姿を失い、自我もなくなり、溶けた黒い蝋として彼女の影の中にいつも隠れて存在していた。
「そうだよ。あれは犠巫徒の成れの果て、それもとても極端な例だ。ほとんどの犠巫徒は、自我を保ちながら異形の姿の老人になる。この村の老人たちが、フード付きローブを羽織り、フードを目深にかぶって白杖をついているのは、白濁した目を隠しているわけじゃない。醜い化け物のようになった姿を隠しているからなんだ」
それはイルマにとって、この村に引っ越してきてから8年が過ぎ、ようやく知ったことだった。
「この村にいた老人たちは、天使、悪魔、妖精、妖怪、鬼、魔人、魔女、亜人……世界各国の神話や伝承に語り継がれている存在そのものだったんだよ」
だが、村は業火によって焼き払われてしまっており、それはもはや確かめることができないことでもあった。
「人でなくなった者たちは、迫害されることをおそれ、フード付きローブを羽織ることになった。素雲教の安倍之瀬イエスという男は知っているな?」
「名前だけはね。顔は知らない」
「安倍之瀬もこの村の出身だった。彼はそのギフトで、ナノマシン入りワクチンとE.O.P.レンズを産み出した張本人だ。彼のギフトはお前のギフトによく似ている。お前が作った『ネムル・アビスのようなもの』は、黄泉の国と繋がっているわけではない。神になった者を召喚するための門のようなものだ」
イルマはそのときになってようやく、『ネムル・アビスのようなもの』をそのままにしてきてしまったことに気づいた。
足切村を焼き払ったのはイルマが召喚した神々ではなかったが、これ以上あそこから神々が現れるようなことがあれば、きっと大惨事になる。そう思った。
「あれは、あのままでいい。神々はすべてこの地に閉じ込める。神々を集めるだけ集めて、この地に強力な封印を行う。クトゥルフの古き神々と同じように。この村だけで足りなければ、厩戸見市の南側をすべて使う」
父が先ほどこの街の南部をクトゥルフ神話の物語に喩えたのはそういうことかと思った。
「安倍之瀬のギフト『SAY YES(セイエス)』は、未来に作り出される技術を召喚する門を作り出すものだった。彼にも召喚した物の作り方はわからない。数百年先の技術だから解析することはできても、未知の物質が使われていたりするからね。完成品がただ彼の目の前に現れるだけ。彼のギフトはそういうギフトだ」
確かにそのギフトはイルマが『ニュー・ワールド・メイカー』によって作り出した『ネムル・アビスのようなもの』によく似ていた。
「彼は、犠巫徒が天使や悪魔、鬼や妖怪になれるなら、神にもなれるはずだと考えた」
そして、本当に神になる者が現れたということなのだろう。
「E.O.P.レンズのレベルを上限まで高めた者は『ラプラスの悪魔』になる。『ラプラスの悪魔』になった者だけが神になるんだ」
つまり、先ほど父が喰らった神々は、すべて元は人間だったということなのだろう。
「神になると、自分が元人間であったことを忘れてしまう。そして、人間を喰らうようになってしまう。それは、安倍之瀬にとって計算外の出来事だった。ぼくと母さんは、母さんのギフトのおかげで記憶を維持できているけどね」
母のギフトについては、なんだかよくわからなかったが、記憶のバックアップのようなものを取っておくことができたのかもしれなかった。
足切神社に向かう途中、父は謝罪の言葉を口にした。
「最初はぼくと姉さんは父さんと母さんに棄てられたんだと思った。でも、ギフトのことやE.O.P.レンズのこと、ナノマシン入りワクチンのことを知って、父さんと母さんはとっくに死んだと思ってた」
「ナノマシンによるスコア管理のこともか?」
そうだよとイルマは応えた。
両親がイルマのために遺してくれたというスコアブックもあった。
そのスコアブックには、最後にギフトを使った殺人はどうなるのか? という問いで終わっていた。姉からおそらく両親はそれを試した後に死んだんだろうと聞かされてもいた。
だがそれは、姉がイルマのために作ったものだったことが後にわかった。
「この数ヵ月でそれからもっといろんなことを知ったんだ。素雲教のこととか、『神の目』のこととか、ぼくたちに見えている情報だらけの世界が『情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア』と呼ばれていることとか。だから、姉さんのように目と脳を奪われて、ふたりも『ラプラスの悪魔』のひとつになってるんだと思ってた」
まさかふたりとも神になっているなんて夢にも思わなかった。
「『ラプラスの悪魔』か……」
父は苦虫を噛み潰したような顔をした。
その意味がイルマにはわかりかねた。
「父さんは神になったの? それとも、神が父さんを食べて、父さんがその体を奪ったの?」
「イルマ、神というのはな、人間の変異種なんだ。後天的に突然変異したミュータントみたいなものなんだよ。そして、一度神になった者は子どもを作ることはできない」
それは突然変異などではなく、進化ではないかとイルマは思った。
生物は進化の過程の中でウィルスに感染することで進化することがあるからだ。
父がギフトを持っていることは間違いなかった。白目病にかかり、E.O.P.レンズの手術も受けていた。
白目病の原因であるクリサリス・ウィルスに感染したから突然変異による進化が起きた。そう考える方が自然な気がした。
クリサリスは「チョウのさなぎ」を意味する英単語だ。
感染することで、ギフトを得る代わりに視力を失う。その状態こそがさなぎであり、羽化すると神になるのではないか。
「ただの犠巫徒は、ギフトを使い続けていくうちに、やがて人の姿を失い、人間ではない何かになる。イルマもこの村でそういう人間を見たことがあるはずだよ」
真っ先に思い当たったのは、
「それって、萌衣さんのお父さんのこと?」
足切神社の当主であり、足切池の底の水脈を止めるために犠牲になった、萌衣の義理の父だか養父にあたる人のことだった。
名前までは思い出せなかった。足切○○左衛門ということはわかるのだが、その○○に当てはまる言葉がなんだったのかが思い出せなかった。
萌衣の父は、その体を死蝋化するギフトを持っていたと聞いていた。だが、いつしか人の姿を失い、自我もなくなり、溶けた黒い蝋として彼女の影の中にいつも隠れて存在していた。
「そうだよ。あれは犠巫徒の成れの果て、それもとても極端な例だ。ほとんどの犠巫徒は、自我を保ちながら異形の姿の老人になる。この村の老人たちが、フード付きローブを羽織り、フードを目深にかぶって白杖をついているのは、白濁した目を隠しているわけじゃない。醜い化け物のようになった姿を隠しているからなんだ」
それはイルマにとって、この村に引っ越してきてから8年が過ぎ、ようやく知ったことだった。
「この村にいた老人たちは、天使、悪魔、妖精、妖怪、鬼、魔人、魔女、亜人……世界各国の神話や伝承に語り継がれている存在そのものだったんだよ」
だが、村は業火によって焼き払われてしまっており、それはもはや確かめることができないことでもあった。
「人でなくなった者たちは、迫害されることをおそれ、フード付きローブを羽織ることになった。素雲教の安倍之瀬イエスという男は知っているな?」
「名前だけはね。顔は知らない」
「安倍之瀬もこの村の出身だった。彼はそのギフトで、ナノマシン入りワクチンとE.O.P.レンズを産み出した張本人だ。彼のギフトはお前のギフトによく似ている。お前が作った『ネムル・アビスのようなもの』は、黄泉の国と繋がっているわけではない。神になった者を召喚するための門のようなものだ」
イルマはそのときになってようやく、『ネムル・アビスのようなもの』をそのままにしてきてしまったことに気づいた。
足切村を焼き払ったのはイルマが召喚した神々ではなかったが、これ以上あそこから神々が現れるようなことがあれば、きっと大惨事になる。そう思った。
「あれは、あのままでいい。神々はすべてこの地に閉じ込める。神々を集めるだけ集めて、この地に強力な封印を行う。クトゥルフの古き神々と同じように。この村だけで足りなければ、厩戸見市の南側をすべて使う」
父が先ほどこの街の南部をクトゥルフ神話の物語に喩えたのはそういうことかと思った。
「安倍之瀬のギフト『SAY YES(セイエス)』は、未来に作り出される技術を召喚する門を作り出すものだった。彼にも召喚した物の作り方はわからない。数百年先の技術だから解析することはできても、未知の物質が使われていたりするからね。完成品がただ彼の目の前に現れるだけ。彼のギフトはそういうギフトだ」
確かにそのギフトはイルマが『ニュー・ワールド・メイカー』によって作り出した『ネムル・アビスのようなもの』によく似ていた。
「彼は、犠巫徒が天使や悪魔、鬼や妖怪になれるなら、神にもなれるはずだと考えた」
そして、本当に神になる者が現れたということなのだろう。
「E.O.P.レンズのレベルを上限まで高めた者は『ラプラスの悪魔』になる。『ラプラスの悪魔』になった者だけが神になるんだ」
つまり、先ほど父が喰らった神々は、すべて元は人間だったということなのだろう。
「神になると、自分が元人間であったことを忘れてしまう。そして、人間を喰らうようになってしまう。それは、安倍之瀬にとって計算外の出来事だった。ぼくと母さんは、母さんのギフトのおかげで記憶を維持できているけどね」
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