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#93
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何日眠っていたのだろう?
イルマが社務所の奥の部屋で目を覚ますと、隣には萌衣が眠っていた。
これまでのことはすべて悪い夢だったらいいのにと思ったが、このインフルエンザのときに見る夢よりもひどい現実はまだまだ続くようだった。
「萌衣さん?」
萌衣はイルマの隣で眠ったまま動かなくなっていた。
石にされているわけではなかった。
死蝋化しているわけでもなかった。
萌衣は、「人間標本」とでもいうべきものにされていた。
死んでいた。
「先週三人で観た佳苗のぞみのドラマかよ……一体誰がこんなことを……」
それは、ドラマの中に出てきあような美しい人間標本ではなかった。
もちろん萌衣は美しかったが、それは芸術と呼べるようなものではなく、ただの人間の標本でしかなかった。
佳苗のぞみのドラマというよりは、「スマホを捨てただけなのに ~ファイナルクラッキングゲーム~」のラストに出てきた出来の悪い人間標本だった。
イルマは慌ててその寝室を出ると、父を探した。
父の姿はどこにもなかった。
だが、萌歌や萌音、足切家の母などの姿は社務所や境内の中にあった。
恭介の姿も確認することができた。
だが、足切神社の人々は、皆立ったまま動かなくなっていた。木島までもがそうだった。
「一体誰がこんなことを……」
それがギフトによるものであることは分かっていた。
「俺だよ、俺、俺」
背中から声が聞こえ、イルマは慌てて振り返った。
トクリュウ犯罪が年々複雑化しているというのに、いまどきオレオレ詐欺みたいなセリフを言う奴がいるんだなと思った。
「ひさしぶりだなぁ、村戸イルマ」
そこにいたのは、見知らぬ少年だった。
年は同じくらいだろうか。たぶん高校生だった。
整った顔立ちとジョン・コナーみたいな髪型をしており、古い映画の主人公のようだった。
「あれ? もしかして、覚えてない? 河合 壮(かわい そう)だよ」
名前を聞いてもピンと来なかった。
だが、面白い名前だと思った。親というものは時折、苗字との相性を考えずに子どもに名前をつけることがある。
イルマの同級生には、尾内佳名(おうち かな)という女の子がいた。
両腕は気づかなかったかもしれないが、小学生はとても残酷で、「尾内佳名のおうちかな?」とよくからかわれて泣いていた。
「名前をつけた親が悪いのに、『かわいそう、かわいそう』って散々俺のことをいじめてたの、忘れちゃった?」
そこまで言われてようやく、河合 壮もまた、小学生時代の同級生だと気づいた。
そして、すぐに身構えた。
「足切神社の人たちを人間標本にしたのはお前か?」
いつでもギフトを使えるように。
「そうだ。おっと、俺を殺そうとしたり、亜空間に閉じ込めるようなことはするなよ? そんなことをしたら、『人間標本』にされた連中は一生元に戻らなくなるぜ。それどころか、『標本人間』として生きていくことになるんだ」
「標本人間?」
「まぁ、見た目がきれいなゾンビみたいなものだと思ってくれ」
つまり、この少年を殺したり亜空間に閉じ込めても、ギフトは解除されないどころか、萌衣たちの死が確定し、自我や記憶を失い、標本のまま動き出すということだった。
「小学校で人気者だったよなぁ、お前。小2のときに東京から引っ越してきて? 家が金持ちで? きれいなお姉さんがいて、あっという間に田舎の小学校のヒエラルキーのトップ。で、俺の名前を『かわいそう、かわいそう』って見下すようにわざとフルネームで呼びはじめたのもお前だったよなぁ?」
「ぼくが? 何かの間違いだろ?」
本当に何も覚えてはいなかった。
いや、彼がいじめられていたことは知っていた。尾内佳名についてもだ。
自分はふたりに手をさしのべることはせず、いじめの存在を知りながら、黙ってみてふりをしていた。それだけのはずだった。
「お前にとっては、確かにいじめはあったが、直接手を下してない、自分は傍観者であり貞観者、そういう認識か?」
その通りだった。いじめが自分に飛び火することだけは絶対に避けたかったからだ。
学校の教師たちは「いじめを止めなかった者も加害者」だと教えていたが、止めたことによっていじめの矛先が止めた者に変わったときのことを想定はしていない。責任を取るつもりもない。止めたのは本人の意思であるから自己責任と片付けられるか、いじめそのものがなかったことにされるかのどちらかだろう。
そういう息苦しい場所で、イルマは小学生時代を過ごした。
「お前が最初に『河合 荘くんって、かわいそうな名前だよね』って俺に言ったんだよ」
そんな記憶はイルマにはなかった。
「尾内佳名のことは覚えてるか? 『尾内佳名のおうちかな?』って最初に言ったのもお前だった。お前は軽い冗談のつもりだったかもしれない。一回しか言ってない。あぁ、宇佐って苗字の奴を『U.S.A.』って呼んだのもお前だったな。だが、お前はクラスの中心人物だった。だからみんなが真似するようになって、やがていじめへと発展していった。いじめは小学校を卒業するまで続いた。それで終わりだと思ってた。でも中学校には、同級生のほとんどがいて、もちろんお前もいて、俺たちのは数十人規模の小学校のいじめから、百人規模の中学校のいじめの標的になった。地獄だったよ」
尾内や宇佐という者のこともイルマの記憶にはまったく残っていなかった。
名前を聞いても顔すら思い出せなかった。
そして、それは高校の担任教師だった男にかけられた若年性認知症のギフトのせいではなかった。
イルマは、3人のことをモブキャラくらいにしか思っていなかったからだった。
イルマは、何故神となった父が、横浜に住む友人から聞いたといういじめがなかった学校のことや、この街の新しい小学校だけがいじめが起きにくい環境が整えられていたのかについて長々と話していたのか、疑問だった。
父は、イルマに過去にいじめのきっかけとなる発言をしていたことを思い出させようとしていたのかもしれなかった。
あるいは、次にやってくる素雲教の刺客が、イルマに恨みを抱いているいじめ被害者だと気づかせるためかもしれなかった。
「いじめをやってたのは、ぼくじゃないだろ? 復讐なら他を当たってくれよ」
「そいつらなら、もう全員始末したよ。尾内と宇佐と3人がかりでな」
つまり、犠巫徒は目の前にいる河合 壮だけではないということだ。
イルマが社務所の奥の部屋で目を覚ますと、隣には萌衣が眠っていた。
これまでのことはすべて悪い夢だったらいいのにと思ったが、このインフルエンザのときに見る夢よりもひどい現実はまだまだ続くようだった。
「萌衣さん?」
萌衣はイルマの隣で眠ったまま動かなくなっていた。
石にされているわけではなかった。
死蝋化しているわけでもなかった。
萌衣は、「人間標本」とでもいうべきものにされていた。
死んでいた。
「先週三人で観た佳苗のぞみのドラマかよ……一体誰がこんなことを……」
それは、ドラマの中に出てきあような美しい人間標本ではなかった。
もちろん萌衣は美しかったが、それは芸術と呼べるようなものではなく、ただの人間の標本でしかなかった。
佳苗のぞみのドラマというよりは、「スマホを捨てただけなのに ~ファイナルクラッキングゲーム~」のラストに出てきた出来の悪い人間標本だった。
イルマは慌ててその寝室を出ると、父を探した。
父の姿はどこにもなかった。
だが、萌歌や萌音、足切家の母などの姿は社務所や境内の中にあった。
恭介の姿も確認することができた。
だが、足切神社の人々は、皆立ったまま動かなくなっていた。木島までもがそうだった。
「一体誰がこんなことを……」
それがギフトによるものであることは分かっていた。
「俺だよ、俺、俺」
背中から声が聞こえ、イルマは慌てて振り返った。
トクリュウ犯罪が年々複雑化しているというのに、いまどきオレオレ詐欺みたいなセリフを言う奴がいるんだなと思った。
「ひさしぶりだなぁ、村戸イルマ」
そこにいたのは、見知らぬ少年だった。
年は同じくらいだろうか。たぶん高校生だった。
整った顔立ちとジョン・コナーみたいな髪型をしており、古い映画の主人公のようだった。
「あれ? もしかして、覚えてない? 河合 壮(かわい そう)だよ」
名前を聞いてもピンと来なかった。
だが、面白い名前だと思った。親というものは時折、苗字との相性を考えずに子どもに名前をつけることがある。
イルマの同級生には、尾内佳名(おうち かな)という女の子がいた。
両腕は気づかなかったかもしれないが、小学生はとても残酷で、「尾内佳名のおうちかな?」とよくからかわれて泣いていた。
「名前をつけた親が悪いのに、『かわいそう、かわいそう』って散々俺のことをいじめてたの、忘れちゃった?」
そこまで言われてようやく、河合 壮もまた、小学生時代の同級生だと気づいた。
そして、すぐに身構えた。
「足切神社の人たちを人間標本にしたのはお前か?」
いつでもギフトを使えるように。
「そうだ。おっと、俺を殺そうとしたり、亜空間に閉じ込めるようなことはするなよ? そんなことをしたら、『人間標本』にされた連中は一生元に戻らなくなるぜ。それどころか、『標本人間』として生きていくことになるんだ」
「標本人間?」
「まぁ、見た目がきれいなゾンビみたいなものだと思ってくれ」
つまり、この少年を殺したり亜空間に閉じ込めても、ギフトは解除されないどころか、萌衣たちの死が確定し、自我や記憶を失い、標本のまま動き出すということだった。
「小学校で人気者だったよなぁ、お前。小2のときに東京から引っ越してきて? 家が金持ちで? きれいなお姉さんがいて、あっという間に田舎の小学校のヒエラルキーのトップ。で、俺の名前を『かわいそう、かわいそう』って見下すようにわざとフルネームで呼びはじめたのもお前だったよなぁ?」
「ぼくが? 何かの間違いだろ?」
本当に何も覚えてはいなかった。
いや、彼がいじめられていたことは知っていた。尾内佳名についてもだ。
自分はふたりに手をさしのべることはせず、いじめの存在を知りながら、黙ってみてふりをしていた。それだけのはずだった。
「お前にとっては、確かにいじめはあったが、直接手を下してない、自分は傍観者であり貞観者、そういう認識か?」
その通りだった。いじめが自分に飛び火することだけは絶対に避けたかったからだ。
学校の教師たちは「いじめを止めなかった者も加害者」だと教えていたが、止めたことによっていじめの矛先が止めた者に変わったときのことを想定はしていない。責任を取るつもりもない。止めたのは本人の意思であるから自己責任と片付けられるか、いじめそのものがなかったことにされるかのどちらかだろう。
そういう息苦しい場所で、イルマは小学生時代を過ごした。
「お前が最初に『河合 荘くんって、かわいそうな名前だよね』って俺に言ったんだよ」
そんな記憶はイルマにはなかった。
「尾内佳名のことは覚えてるか? 『尾内佳名のおうちかな?』って最初に言ったのもお前だった。お前は軽い冗談のつもりだったかもしれない。一回しか言ってない。あぁ、宇佐って苗字の奴を『U.S.A.』って呼んだのもお前だったな。だが、お前はクラスの中心人物だった。だからみんなが真似するようになって、やがていじめへと発展していった。いじめは小学校を卒業するまで続いた。それで終わりだと思ってた。でも中学校には、同級生のほとんどがいて、もちろんお前もいて、俺たちのは数十人規模の小学校のいじめから、百人規模の中学校のいじめの標的になった。地獄だったよ」
尾内や宇佐という者のこともイルマの記憶にはまったく残っていなかった。
名前を聞いても顔すら思い出せなかった。
そして、それは高校の担任教師だった男にかけられた若年性認知症のギフトのせいではなかった。
イルマは、3人のことをモブキャラくらいにしか思っていなかったからだった。
イルマは、何故神となった父が、横浜に住む友人から聞いたといういじめがなかった学校のことや、この街の新しい小学校だけがいじめが起きにくい環境が整えられていたのかについて長々と話していたのか、疑問だった。
父は、イルマに過去にいじめのきっかけとなる発言をしていたことを思い出させようとしていたのかもしれなかった。
あるいは、次にやってくる素雲教の刺客が、イルマに恨みを抱いているいじめ被害者だと気づかせるためかもしれなかった。
「いじめをやってたのは、ぼくじゃないだろ? 復讐なら他を当たってくれよ」
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