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そう言えば、前に木島もいじめのことを口にしていた気がした。
彼はイルマの小学生時代など知るはずがなかったが、この村や街は狭い。
河合たちがどこかで話したことが木島に伝わったことがあったかもしれない。姉や萌衣も知っていたかもしれなかった。
「ぼくが謝罪すれば、萌衣さんたちを元に戻してくれるのか?」
素直に謝罪すればよかったのかもしれない。いや、謝罪するべきだったのだろう。
だが、イルマの口から出たのは、そういう反抗的な態度と取られかねない言葉だった。
記憶になかったからそうなってしまったわけではなかった。
謝罪で許されることではないとわかっていたし、河合がしたことがただただ許せなかった。それだけだった。
「それだけで許すわけないだろ? 俺たちはお前の軽はずみな発言のせいで人生を狂わされたんだ。お前がその『神の目』と『脳』を素直に素雲教に差し出すっていうなら、考えてやらないこともないけどな」
素雲教がとうとう本気を出してきたんだなと思った。
姉を人質にとられたこともあったが、あれは人質というより最初から目的は姉の『神の目』と『脳』だった。必死になって取り戻した姉は、すでにそれらを奪われて死んでいた。姉のときは人質として成立していなかった。
だが、今度の人質は萌衣に萌歌、萌音、3人の母、それに恭介だったからだ。
萌衣は『萌衣のようなものでしかない』。だからまた作ればいい。他の4人も同じだ。イルマには彼女たちを作る力がある。
人を超えた力を手にした彼にとってもはや命は代わりがきくものでしかなかった。
好きにしろと言ったら河合 壮がどんな顔をするか見てみたいとすら思った。
「また素雲教か。ほんとにどいつもこいつも、ラース様とかいう教祖に心酔してるんだな。洗脳でもされてるのか?」
「素雲教は、必要悪なんだよ」
「お前、必要悪の意味、ちゃんとわかってて言ってる?」
「必要悪」が成立する条件、本当に必要だったと言えるのは、せいぜい次のような場合だ。
国家や社会が未成熟で、代替手段が存在しなかった。
法や制度が弱く、非公式な力で秩序を補完せざるを得なかった。
期間限定で、いずれ解消される前提だった。
つまり、「今は仕方がないけれど、ずっとは続けない」という暫定措置が必要悪なのだ。
日本ではかつて、ヤクザが「必要悪」とされていた。
地域の揉め事の調停、露骨な犯罪者の抑止、警察が直接触れられない裏社会の情報源、こうした役割を、半ば黙認されながら担っていた。
戦後から高度経済成長期の、法整備も社会保障も未熟な時代の話だ。
だが、それはヤクザが善だったからではなく、「警察と司法がまだそこまで手を伸ばせなかった」だけだ。
だから、時代が変わると必要悪は必要ではなくなり、ただの悪になる。
制度が整い、警察力が強化され、情報収集の手段が増え、暴力団が経済的・社会的に害を与える存在だと明確化される。
この段階に入ると、「必要悪」という看板は一気に免罪符へと変わる。
だから現在では、かつては役に立っていたこともあった、だがもう要らないし害の方が大きいと判断され、徹底的に排除されている。
「必要悪」は、最初は現実的な妥協であり、途中から権力側にも当事者側にも都合のいい物語となり、最後は手放すタイミングを失い自己正当化されるだけの存在になりがちだ。
本当に必要だったのか? それとも偉い人たちの身勝手な理屈か?という問いが生まれる。
その答えは、「最初は必要だったが、いつの間にか必要だと言い続けることが目的になった」というのが、いちばん近い。
与党と長年ズブズブの関係だった教団もこれに当たるのだろう。関係が世間に広く知られ、裁判で解散命令まで出たのは、与党にとってそういう存在でしかなかったからだ。
「素雲教がお前や姉のような『ラプラスの箱もどき』を集めて、これから起こることをすべて予測可能になれば、この国は経済や軍事でトップに立てる。アメリカに代わって世界のトップに立てば、核を保有することができるようになる。核さえあれば、この国が東国やロビエトに攻め込まれることがあっても、アクアライナのように蹂躙されることもなくなる」
本当にそうだろうか?
憲法9条を捨ててしまったら、核を保有してしまったら、この国はまた王を現人神として祭り上げ、軍国主義に回帰するのではないか?
犠巫徒は戦争の道具に使われるだけではないだろうか。
「お前たちがそのシステムを完成させたら、国や近隣諸国はすぐにお前たちからシステムを奪うために動くぞ。アメリカだって敵になるんじゃないか?」
「それすらもシステムは予言する。対処法を考え、どう動けば免れられるかを予測してくれる」
イルマはふと思った。
国はすでに動けなくなっているのではないか。
鵜山京一郎は警察に身を起きながら、素雲教の信者だった。
もし彼のような存在が国や警察の中枢に相当数入り込んでいたとしたら……
「この国は素雲教が、ラース様が支配する! ラース様は新たなメシアだ! この国だけじゃなく世界を千年に渡って支配する千年王国の女王になられるお方だ!!」
そういう未来が待っているのかも知れなかった。
素雲教は、元々は特定の宗教団体やその関係者をターゲットとした、インターネット上での嫌がらせ行為や攻撃を継続的に行う集団を指す通称だった。
宗教団体を自称しているが、実際には特定の思想や教義に基づくものではなく、インターネット掲示板などを拠点とする匿名ユーザーの集まりでしかなかった。
それが今ではこの国を乗っ取ろうとし、この国を世界のトップに立たせようとしている。
だが、それはあくまで世間やイルマがそう認識しているだけだったとしたら?
順番が逆だったとしたら?
素雲教は最初からこの国を世界のトップに立つために動いており、そのためにインターネット上での嫌がらせ行為や攻撃を継続的に行っていたとしたら?
この国はとうの昔に素雲教の支配下にあったのかもしれない。
「千年王国か。お前はその王国の礎となるための犠牲になれって言われたらどうするつもりだ?」
「大義のための犠牲だ。喜んで犠牲になるさ」
「じゃあ、今ぼくがお前を殺しても、それは『ぼくの大義のための犠牲』ってことになるな」
それが、イルマにとっての正義だった。
彼はイルマの小学生時代など知るはずがなかったが、この村や街は狭い。
河合たちがどこかで話したことが木島に伝わったことがあったかもしれない。姉や萌衣も知っていたかもしれなかった。
「ぼくが謝罪すれば、萌衣さんたちを元に戻してくれるのか?」
素直に謝罪すればよかったのかもしれない。いや、謝罪するべきだったのだろう。
だが、イルマの口から出たのは、そういう反抗的な態度と取られかねない言葉だった。
記憶になかったからそうなってしまったわけではなかった。
謝罪で許されることではないとわかっていたし、河合がしたことがただただ許せなかった。それだけだった。
「それだけで許すわけないだろ? 俺たちはお前の軽はずみな発言のせいで人生を狂わされたんだ。お前がその『神の目』と『脳』を素直に素雲教に差し出すっていうなら、考えてやらないこともないけどな」
素雲教がとうとう本気を出してきたんだなと思った。
姉を人質にとられたこともあったが、あれは人質というより最初から目的は姉の『神の目』と『脳』だった。必死になって取り戻した姉は、すでにそれらを奪われて死んでいた。姉のときは人質として成立していなかった。
だが、今度の人質は萌衣に萌歌、萌音、3人の母、それに恭介だったからだ。
萌衣は『萌衣のようなものでしかない』。だからまた作ればいい。他の4人も同じだ。イルマには彼女たちを作る力がある。
人を超えた力を手にした彼にとってもはや命は代わりがきくものでしかなかった。
好きにしろと言ったら河合 壮がどんな顔をするか見てみたいとすら思った。
「また素雲教か。ほんとにどいつもこいつも、ラース様とかいう教祖に心酔してるんだな。洗脳でもされてるのか?」
「素雲教は、必要悪なんだよ」
「お前、必要悪の意味、ちゃんとわかってて言ってる?」
「必要悪」が成立する条件、本当に必要だったと言えるのは、せいぜい次のような場合だ。
国家や社会が未成熟で、代替手段が存在しなかった。
法や制度が弱く、非公式な力で秩序を補完せざるを得なかった。
期間限定で、いずれ解消される前提だった。
つまり、「今は仕方がないけれど、ずっとは続けない」という暫定措置が必要悪なのだ。
日本ではかつて、ヤクザが「必要悪」とされていた。
地域の揉め事の調停、露骨な犯罪者の抑止、警察が直接触れられない裏社会の情報源、こうした役割を、半ば黙認されながら担っていた。
戦後から高度経済成長期の、法整備も社会保障も未熟な時代の話だ。
だが、それはヤクザが善だったからではなく、「警察と司法がまだそこまで手を伸ばせなかった」だけだ。
だから、時代が変わると必要悪は必要ではなくなり、ただの悪になる。
制度が整い、警察力が強化され、情報収集の手段が増え、暴力団が経済的・社会的に害を与える存在だと明確化される。
この段階に入ると、「必要悪」という看板は一気に免罪符へと変わる。
だから現在では、かつては役に立っていたこともあった、だがもう要らないし害の方が大きいと判断され、徹底的に排除されている。
「必要悪」は、最初は現実的な妥協であり、途中から権力側にも当事者側にも都合のいい物語となり、最後は手放すタイミングを失い自己正当化されるだけの存在になりがちだ。
本当に必要だったのか? それとも偉い人たちの身勝手な理屈か?という問いが生まれる。
その答えは、「最初は必要だったが、いつの間にか必要だと言い続けることが目的になった」というのが、いちばん近い。
与党と長年ズブズブの関係だった教団もこれに当たるのだろう。関係が世間に広く知られ、裁判で解散命令まで出たのは、与党にとってそういう存在でしかなかったからだ。
「素雲教がお前や姉のような『ラプラスの箱もどき』を集めて、これから起こることをすべて予測可能になれば、この国は経済や軍事でトップに立てる。アメリカに代わって世界のトップに立てば、核を保有することができるようになる。核さえあれば、この国が東国やロビエトに攻め込まれることがあっても、アクアライナのように蹂躙されることもなくなる」
本当にそうだろうか?
憲法9条を捨ててしまったら、核を保有してしまったら、この国はまた王を現人神として祭り上げ、軍国主義に回帰するのではないか?
犠巫徒は戦争の道具に使われるだけではないだろうか。
「お前たちがそのシステムを完成させたら、国や近隣諸国はすぐにお前たちからシステムを奪うために動くぞ。アメリカだって敵になるんじゃないか?」
「それすらもシステムは予言する。対処法を考え、どう動けば免れられるかを予測してくれる」
イルマはふと思った。
国はすでに動けなくなっているのではないか。
鵜山京一郎は警察に身を起きながら、素雲教の信者だった。
もし彼のような存在が国や警察の中枢に相当数入り込んでいたとしたら……
「この国は素雲教が、ラース様が支配する! ラース様は新たなメシアだ! この国だけじゃなく世界を千年に渡って支配する千年王国の女王になられるお方だ!!」
そういう未来が待っているのかも知れなかった。
素雲教は、元々は特定の宗教団体やその関係者をターゲットとした、インターネット上での嫌がらせ行為や攻撃を継続的に行う集団を指す通称だった。
宗教団体を自称しているが、実際には特定の思想や教義に基づくものではなく、インターネット掲示板などを拠点とする匿名ユーザーの集まりでしかなかった。
それが今ではこの国を乗っ取ろうとし、この国を世界のトップに立たせようとしている。
だが、それはあくまで世間やイルマがそう認識しているだけだったとしたら?
順番が逆だったとしたら?
素雲教は最初からこの国を世界のトップに立つために動いており、そのためにインターネット上での嫌がらせ行為や攻撃を継続的に行っていたとしたら?
この国はとうの昔に素雲教の支配下にあったのかもしれない。
「千年王国か。お前はその王国の礎となるための犠牲になれって言われたらどうするつもりだ?」
「大義のための犠牲だ。喜んで犠牲になるさ」
「じゃあ、今ぼくがお前を殺しても、それは『ぼくの大義のための犠牲』ってことになるな」
それが、イルマにとっての正義だった。
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