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「じゃあ、今ぼくがお前を殺しても、それは『ぼくの大義のための犠牲』ってことになるな」
それが、イルマにとっての正義だった。
「いいのか? 足切萌衣たちも死ぬことになるぞ。忘れたのか? 死ぬよりも屈辱的な『標本人間』になる。きれいなゾンビだ」
「かまわない。素雲教の計画を潰すことがぼくの大義だ。萌衣さんたちは大義のための犠牲だよ。お前を殺せば、ぼくは人体発火して死ぬことになる。そうなれば、『ラプラスの悪魔もどき』を使った未来観測システムの完成は遅れる。そうだろ? どっちの大義が正義か、殺しあって試してみるか?」
イルマはその五臓六腑から日本刀を作り出した。
そのうちのひとつを、鞘ごと河合 壮に向かって投げた。
だが、彼はそれを受け取らなかった。
「話にならないな。お前は近隣諸国や中東の現実を知らないんだ。現実を見てないんだよ。だから現状維持を求める。それはお前は親ガチャや国ガチャに勝った人間だからだ」
「国ガチャっていうなら、お前も勝ち組だろ。30年経済が衰退してようが、政治家や官僚、警察がどれだけ腐ってても、この国は十分SSRだろ? 親ガチャだってお前は最下層を引いたわけじゃない。むしろ当たりを引いた側だ。この村の人たちはみんな裕福だったからな。経済的に恵まれてるから、よその国のことを気にする余裕がお前にはあるんだよ」
お金のない人たちは、パンデミックのときに生理用品すら買うことができなかったと聞く。
職を失った人たちはいまだに歌舞伎町に立って体を売っている。
自分が明日生きていくことを考えるだけで精一杯の人たちがこの国にはたくさんいる。
「独裁国家では、トップに立つ人間たちが私腹をこやし、底辺にいる人間は満足に食事もとることができず、病気や怪我をしても治療を受けることができずに死んでいってる。予防接種すら受けられずに死んでいく子どもたちがいる。ラース様がこの国や世界のトップに立てば、理不尽な独裁者たちから、その民を解放することができるんだ」
「どうやって解放するんだ? 戦争をしかけるのか? この国にまた間違いを犯させるつもりか? 80年経っても太平洋戦争のことをいまだに許されてないのに? 秀吉がしたこともいまだに言われてるのに? それに、お前の話を聞いてると、独裁者がラース様に代わるだけに思えるんだがな。お前の言う、独裁国家の民は本当に救われるのか?」
「そのために素雲教は存在してる」
「それは望まれてることなのか? お前は勝手に自分より下の人間を見つけてーーいや、勝手にレッテルを貼って優越感に浸ってるだけだろ? お前の身勝手な自己満足のために、またぼくたちやぼくたちの子孫が長年恨まれ続けるだけじゃないのか?」
「ラース様が失敗されることはない。靖国神社にまつられてるA級戦犯どもとは違うんだよ」
「お前は、8年前のぼくの心ない発言がきっかけでいじめが始まって人生が狂ったって言ってたな」
「そうだ。お前のせいで、俺はいつも周りの目を気にして、人の顔色を疑うようになった。自己肯定感が低い人間に成り下がったんだ」
「狂ったせいで素雲教の信者になったのか? それとも、いじめを受けることがなかったら、信者にはならなかったのか?」
河合は言葉に詰まった。
「素雲教は、ラース様っていう人は、お前を救ってくれたかもしれない。でも、お前はいじめられなかったら、素雲教になんか入ってなかったはずだ。そのお前は、よくわからないカルト教団にこの国を乗っ取られて、戦争までさせることを許せるか?」
「そんな俺はどこにも存在しない。たとえマルチバースが存在してたとしても、別の宇宙にいる俺を観測することなどできない。観測できなければいないのと同じだ。お前がいじめのきっかけを作った。そのことから逃げるなよ」
「君みたいないじめ被害者は、誰よりも人格や人権を踏みにじられることのつらさを知ってるんじゃないのか? いじめ被害者なら、戦争の加害者になってもいいのか?」
「黙れよ。俺を殺そうが、素直に投降しようが、どちらにせよ、お前は死ぬことになるんだ。さっさと『神の目』と『脳』を寄越せば、足切萌衣たちは助けてやるって言ってるんだぞ」
「お前は自分の命が惜しいからそう言ってるように見えるよ」
きっとそれが本音だろう。
河合に殉教者になる覚悟まで出来ているわけがなかった。
そんな犠巫徒はこれまでひとりもいなかったからだ。
仮にラース様に信者を洗脳するギフトがあったなら、犠巫徒たちは全員殉教者になる覚悟で責めてきていたはずだった。
どの犠巫徒も恐ろしい力を持っていたが、反撃不可能な状況から攻撃をしかけてきたりはしなかった。そうすれば勝てたはずなのに。
どいつもこいつも、必ず正面から攻めてきた。そして、自分語りが好きな連中ばかりだった。
今目の前にいる河合 壮もそうだ。
彼はラース様を崇拝していても殉教者になるつもりはないのだ。
ラース様が作る新しい世界を生きたいだけなのだ。その世界では未来が完全に予測できる。彼が苦しんだいじめのような不幸を回避することができる。
「ごめんね。ぼくの幼稚な発言が君たちが苦しむきっかけになったのなら、本当に申し訳なかった」
記憶にはなかったが、それが事実なら謝罪するべきだろう。そう思った。
「これから君を殺すことも許してほしい」
「ごめん? 許して? すみませんだろ? お前は謝罪の仕方ひとつ知らないのか?」
「それでいい。ぼくの『神の目』と『脳』を差し出す。だから、萌衣さんたちにかけたギフトを解除してくれ」
それしかもう方法はなかった。
「最初から、素直にそう言えばよかったんだよ」
河合 壮は満足げに笑った。表情筋が暴走していると思うくらい下卑た笑いだった。
これで、萌衣たちだけは救われる。それでいい。イルマは覚悟した。
だが、イルマは忘れていた。
敵は彼だけではなかったということだ。
そして、河合がこの場所にどうやって現れたのか、それを疑問にも思わなかった浅はかな自分を後悔した。
ーー二天童子切り三千彦(にてんどうじきり みちひこ)
誰もいるはずのないイルマの背後から突如現れた刃が、彼の首を刈り取った。
それが、イルマにとっての正義だった。
「いいのか? 足切萌衣たちも死ぬことになるぞ。忘れたのか? 死ぬよりも屈辱的な『標本人間』になる。きれいなゾンビだ」
「かまわない。素雲教の計画を潰すことがぼくの大義だ。萌衣さんたちは大義のための犠牲だよ。お前を殺せば、ぼくは人体発火して死ぬことになる。そうなれば、『ラプラスの悪魔もどき』を使った未来観測システムの完成は遅れる。そうだろ? どっちの大義が正義か、殺しあって試してみるか?」
イルマはその五臓六腑から日本刀を作り出した。
そのうちのひとつを、鞘ごと河合 壮に向かって投げた。
だが、彼はそれを受け取らなかった。
「話にならないな。お前は近隣諸国や中東の現実を知らないんだ。現実を見てないんだよ。だから現状維持を求める。それはお前は親ガチャや国ガチャに勝った人間だからだ」
「国ガチャっていうなら、お前も勝ち組だろ。30年経済が衰退してようが、政治家や官僚、警察がどれだけ腐ってても、この国は十分SSRだろ? 親ガチャだってお前は最下層を引いたわけじゃない。むしろ当たりを引いた側だ。この村の人たちはみんな裕福だったからな。経済的に恵まれてるから、よその国のことを気にする余裕がお前にはあるんだよ」
お金のない人たちは、パンデミックのときに生理用品すら買うことができなかったと聞く。
職を失った人たちはいまだに歌舞伎町に立って体を売っている。
自分が明日生きていくことを考えるだけで精一杯の人たちがこの国にはたくさんいる。
「独裁国家では、トップに立つ人間たちが私腹をこやし、底辺にいる人間は満足に食事もとることができず、病気や怪我をしても治療を受けることができずに死んでいってる。予防接種すら受けられずに死んでいく子どもたちがいる。ラース様がこの国や世界のトップに立てば、理不尽な独裁者たちから、その民を解放することができるんだ」
「どうやって解放するんだ? 戦争をしかけるのか? この国にまた間違いを犯させるつもりか? 80年経っても太平洋戦争のことをいまだに許されてないのに? 秀吉がしたこともいまだに言われてるのに? それに、お前の話を聞いてると、独裁者がラース様に代わるだけに思えるんだがな。お前の言う、独裁国家の民は本当に救われるのか?」
「そのために素雲教は存在してる」
「それは望まれてることなのか? お前は勝手に自分より下の人間を見つけてーーいや、勝手にレッテルを貼って優越感に浸ってるだけだろ? お前の身勝手な自己満足のために、またぼくたちやぼくたちの子孫が長年恨まれ続けるだけじゃないのか?」
「ラース様が失敗されることはない。靖国神社にまつられてるA級戦犯どもとは違うんだよ」
「お前は、8年前のぼくの心ない発言がきっかけでいじめが始まって人生が狂ったって言ってたな」
「そうだ。お前のせいで、俺はいつも周りの目を気にして、人の顔色を疑うようになった。自己肯定感が低い人間に成り下がったんだ」
「狂ったせいで素雲教の信者になったのか? それとも、いじめを受けることがなかったら、信者にはならなかったのか?」
河合は言葉に詰まった。
「素雲教は、ラース様っていう人は、お前を救ってくれたかもしれない。でも、お前はいじめられなかったら、素雲教になんか入ってなかったはずだ。そのお前は、よくわからないカルト教団にこの国を乗っ取られて、戦争までさせることを許せるか?」
「そんな俺はどこにも存在しない。たとえマルチバースが存在してたとしても、別の宇宙にいる俺を観測することなどできない。観測できなければいないのと同じだ。お前がいじめのきっかけを作った。そのことから逃げるなよ」
「君みたいないじめ被害者は、誰よりも人格や人権を踏みにじられることのつらさを知ってるんじゃないのか? いじめ被害者なら、戦争の加害者になってもいいのか?」
「黙れよ。俺を殺そうが、素直に投降しようが、どちらにせよ、お前は死ぬことになるんだ。さっさと『神の目』と『脳』を寄越せば、足切萌衣たちは助けてやるって言ってるんだぞ」
「お前は自分の命が惜しいからそう言ってるように見えるよ」
きっとそれが本音だろう。
河合に殉教者になる覚悟まで出来ているわけがなかった。
そんな犠巫徒はこれまでひとりもいなかったからだ。
仮にラース様に信者を洗脳するギフトがあったなら、犠巫徒たちは全員殉教者になる覚悟で責めてきていたはずだった。
どの犠巫徒も恐ろしい力を持っていたが、反撃不可能な状況から攻撃をしかけてきたりはしなかった。そうすれば勝てたはずなのに。
どいつもこいつも、必ず正面から攻めてきた。そして、自分語りが好きな連中ばかりだった。
今目の前にいる河合 壮もそうだ。
彼はラース様を崇拝していても殉教者になるつもりはないのだ。
ラース様が作る新しい世界を生きたいだけなのだ。その世界では未来が完全に予測できる。彼が苦しんだいじめのような不幸を回避することができる。
「ごめんね。ぼくの幼稚な発言が君たちが苦しむきっかけになったのなら、本当に申し訳なかった」
記憶にはなかったが、それが事実なら謝罪するべきだろう。そう思った。
「これから君を殺すことも許してほしい」
「ごめん? 許して? すみませんだろ? お前は謝罪の仕方ひとつ知らないのか?」
「それでいい。ぼくの『神の目』と『脳』を差し出す。だから、萌衣さんたちにかけたギフトを解除してくれ」
それしかもう方法はなかった。
「最初から、素直にそう言えばよかったんだよ」
河合 壮は満足げに笑った。表情筋が暴走していると思うくらい下卑た笑いだった。
これで、萌衣たちだけは救われる。それでいい。イルマは覚悟した。
だが、イルマは忘れていた。
敵は彼だけではなかったということだ。
そして、河合がこの場所にどうやって現れたのか、それを疑問にも思わなかった浅はかな自分を後悔した。
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