ぼくのクラスには宗教が存在した。

あめの みかな

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その日は、梅雨だというのに屋上には気持ちのいい風が吹いていた。
雲ひとつない青空の下で、私と星野くんは並んでフェンスにもたれかかって空を見上げていた。

「どうして先生が星野くんを好きにはならないって思うの?」

「年の差とか、教師と生徒だからとか、そういうこととは違う理由があると思うんだ」

星野くんは淡々とした口調でそう言った。
彼の中にたぶんそれはずっとあった。
けれど、形や言葉としてあったわけではなかった漠然としたものを、はじめて言葉にして人に説明する作業を彼はしているのだと何となく私にはわかった。
どういうことかと聞いたりはせず、私はその作業が終わるのを待つことにした。

何分かが過ぎた頃、彼は語り始めた。

「ぼくは物語の主役にはなりえない。クラスの誰もぼくの存在を意識していないように、ぼくはその他大勢のエキストラに過ぎない。
好きな人が自分のことを好きになってくれる。そんなのは奇跡のようなもので、それが起きるのは主役級の扱いの人だけだから」

彼は自分が主役になれるとしたら、短編のホラードラマのオムニバスのひとつが関の山だと言った。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、
いつかそれくらいの役はもらいたいよね、と笑った。

「エキストラにもカップルはいる。でも、そのカップルがどんな風にして付き合うようになったのかは描かれないし、大体最初の方でふたりとも死ぬよね」

違うと思った。彼は大きな勘違いをしていると思った。
彼は自分が特異な存在であることに気づいていないのだ。

「紫帆先生があんな顔をして笑うのは、星野くんといるときだけだよ」

考えるよりも先に、言葉が出ていた。

「私は天文部だから、1年のときから先生には仲良くしてもらってて……
星野くんの苗字は、先生が結婚するならこういう苗字がいいって前に言ってたものだよ。
先生は星が大好きだから。ほしのしほって名前になって、逆さから呼んでもほしのしおになれたらいいなって言ってたよ」

私は一体何がしたかったのだろう。
星野くんの気持ちを確かめたかったはずだった。
彼がもし本当に紫帆先生のことが好きなら、無理矢理にでもふたりを引き裂いてやろうと思っていたはずだった。
それなのに、いつの間にか私は星野くんを応援しているような形になっていた。

「無理だよ」

と、彼は言った。

「先生には恋人がいるんだ」

言葉に続いて、今度は私の目の前が本当に真っ暗になった。


目を覚ますと、私は自宅の自室にいた。
赤堀が心配そうな顔で私を見つめていた。
私は悪い夢でも見ていたのだろうか。

「お加減はいかがですか?」

赤堀は私の首に手を当ててそう訊いた。

「熱はありませんね」

安心したようにそう言って、

「とりあえずお水を飲んでください」

赤堀は私の体を支えながら起こしてくれた。ペットボトルの蓋を開け、渡してくれた。
私の喉はからからに乾いていた。それもそのはずで、ひどい寝汗をかいていた。ベビードールも下着もシーツも何もかも汗でびしょびしょに濡れていた。
赤堀が着替えさせてくれたのだろう。
制服は壁にかけられていた。
彼には風邪を引いたときなどにも着替えさせてもらったことが何度かあった。裸を見られたことは別に気にはならなかった。

彼は毎日私の送り迎えをしてくれていた。
部活動が終わる時間にいつも迎えに来てくれていた。
30分が過ぎても姿を見せない私を心配し、電話をかけたところ、星野くんが代わりに出てくれたらしかった。
私が星野くんの言葉に目の前が真っ暗になり、意識を失うようにして倒れたのは、その数十秒前のことだったそうだ。
電話に出た星野くんは赤堀に事情を説明してくれ、

「星野さんは自分が不用意にしてしまった発言が、お嬢様を深く傷つけてしまったと仰っていました。
その発言の内容については教えていただけませんでしたが」

屋上に駆けつけた彼といっしょに私を車まで運んでくれたのだという。

ふたりへの感謝よりも先に、やはりあれは夢ではなかったのだという絶望が私を支配した。
その絶望も二度目だからか、言葉を失ったり目の前が真っ暗になるようなことはもうなかった。
その代わりに、私は二口だけ飲んだペットボトルを壁に投げつけていた。そんな乱暴なことをしたことははじめてのことだった。

けれど、赤堀は怒らなかった。
ペットボトルを投げた私の手を、両手で包み込むようにして優しく握った。

星野くんが何も言わなくても、私に何も訊かなくても、彼はきっと私のことなら大体のことはわかってしまうのだろう。
私は赤堀に抱きついてしまっていた。
彼はわたしを抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。
私は泣いた。子どものように泣いた。何時間も泣き続けた。
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