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3―8(FINAL)

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わたしが知りたかった真実は、なぜ母の卵子にたどり着いた精子が、わたしであったのかということ。
数億の精子が母の膣内で一斉にスタートしたとき、卵子に一番にたどり着く精子はわたしでなくてはいけなかったのか。二番目の精子でも一卵性双生児のようにほとんど同じ顔の子が生まれたはずだ。けれどそれはわたしではない別の人格を持つ女の子だったはずだ。

アリステラピノアは、わたしが不妊治療による体外受精で生まれた子であることを教えてくれた。
調べてみると本当にわたしはそういう形で生を受けた子だった。わたしはわたしでなければならなかった意味があることを知った。彼女が教えてくれた。

あなたを理解しようとしてくれている人はいる。あなたのそばにいる。でもあなたがその人を拒絶しているから気づかないだけ。そんな言葉もかけてもらった。
それは誰? とわたしは尋ねた。
八王子梨沙だと教えてくれた。明石家珠莉でも西日野亜美でもなく、梨沙だと。
わたしはその翌日から梨沙との距離を少しずつ縮めていった。
今では本当に親友になれていた。

わたしもまた、アリステラピノアの立派な信者だった。


「あなたは、自分のことを誰よりも優れていると思ってる。完璧な人間だと思ってる。まわりの人間を皆見下してる。自分だけは人に騙されたりすることはないと思ってる。そうよね?」

だからなんだというのだろう。この女は一体何が言いたいのだろうか。

「そういう人が一番操りやすいの」

「ふざけんな。わたしはあんたに操られてなんかいない」

わたしはとうに敗北を認めていたが、それでも言い返さずにはいられなかった。

「本当に? 今、あなたのそばに誰かいるとか思ってない?」

「え……」

わたしはすぐ隣にいるはずの真理さんを見た。
でもそこには、ただ誰のものかすらわからないスマホがあるだけで、ノートパソコンがあるだけで、わたし以外には誰もいなかった。

「僕は一人っ子だし、一人暮らしだよ。部屋の間取りを見ればわかるだろ?」

わたしが広い家だと思っていた要先生の家は、小さく狭い1Kのマンションの一室だった。
これが現実?
わたしは洗脳によって妄想や虚構の世界に今までいたのだろうか。

わたしは、自分が自分じゃなくなっていくような感覚の中で、

「わたしをどうするつもり? まさか殺すつもりじゃないでしょうね?」

必死にわたしという形を保とうとした。

「罪を償ってもらうわ」

「わたしが紫帆先生を殺したわけじゃない!!
わたしはただ山汐に鍵をかけさせただけ。計画を立てたのだって、元々は亜美よ!
あんたの方が人殺しじゃない!!」

「馬鹿だな。催眠術や洗脳で人を自殺させられるわけないだろ」

要先生の言葉が、冷たくわたしに突き刺さった。

「藤本家の執事の赤堀さんという人が、藤本さんの裏でうまく立ち回り、彼女や僕たちに皆が自殺したと思わせていただけだ。誰も死んだりしていない」

あの運転手も務めていたリムジンの男か、とわたしは思った。

「でも、認めたね。紫帆先生の殺害の首謀者だってことを」

「……どうしてわたしだってわかったの?」

体に力が入らなかった。

「まさか、あんたが先生とひとつになったからとか、アカシックレコードがどうとか言うつもりじゃないでしょうね」

声を張り上げたりすることは、もう無理だった。できることは虚勢を張ることだけだった。

「用具室の鍵をかけたのは、山汐紡くんだった。
あの日は大寒波が来ていたし、普段から必ず中に誰もいないのを確認してから鍵をかけていた彼が、あの日に限って確認しなかったのはおかしいもの。
鍵をかけるときに、その場に立ち会い、中には誰もいないと彼に告げた人がいたとしか考えられなかった」

「藤本さんは山汐くんから聞いたそうだよ。あの日確かにあの場に君がいたって。鍵も君が職員室に返してくれると言ったから渡したはずなのに、次の日の朝鞄の中に入ってたって」

「そんなの、あいつが嘘をついてるか、単なる記憶違いでしょ……」

「君は紫帆を殺したかったわけじゃない。誰でもいいから、誰かを、スクールカーストというゲームの一環として、何人かの人間に些細な指示を出し、その積み重ねだけで人を殺せるのか、試したかっただけなんだろう?」

「君は、そのゲームのプレイヤーであり続けなきゃいけなかった。登場人物のひとりになっちゃいけなかったんだよ」

「あなたは自ら作ったルールを破った。
だから負けたの。
あなたが馬鹿にしていた藤本さんや星野くん、それに要くんにね」

最後にひとつだけいいことを教えてあげる、と花梨は先生の声で言った。


「私が洗脳したのは、佐野さん、あなたひとりだけよ」


その声はもう、紫帆先生の声には聞こえなかった。
花梨の声だった。


「ありがとう、花梨。
星野くんも、要先生も。
私が皆が大好きだった紫帆先生を殺しました」


わたしは通話を切った。

そして、大きく深呼吸をすると、110番通報した。


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