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「いつか君が、明石家珠莉たちの万引きを止めさせるために、紫帆を使ったことがあったね。そのとき君はこんな風にして逐一場所を紫帆に報告していたと聞いてるよ。懐かしいだろ?」

それは、わたしと紫帆先生しか知らないはずのことだった。珠莉や亜美や梨沙は、わたしが彼女たちを先生に売ったことを知らない。誰にも話したことはなかった。
本当に要先生は紫帆先生の恋人だったのだ。
わたしたちに会う前から、わたしたちのことを紫帆先生から聞いて知っていたのだ。

「それに、あのグループチャットは、いくら口では説明しづらいからって、佐野さんには簡単に開けるものじゃないんじゃないかな」

今度は星野くんの声だった。

「だって、昨夜まで洗脳状態にあって、今もまだ洗脳が解けているかどうかもわからないんだよ。また自殺したくなるかもしれないのに、よく開けたよね」

「アリステラピノアに本当に洗脳されかかっていた者が、自殺を決行する直前に思いとどまり、僕に助けを求めてきたのだとしたら、あのグループチャットは恐怖の対象でしかないはずだ。
いくら隣に真理がいるからといって、音声だけじゃ判断材料は限られるけど、呼吸に乱れが起きないのは不自然だった。画面を見ただけで取り乱すのが自然なんだよ」

わたしはまんまと罠にはめられてしまったというわけだった。

「今、藤本さんとも通話が繋がってる。もちろん、スピーカー通話だよ。藤本さんと話すかい?」

星野くんは言った。その言葉にわたしは驚きを隠しきれなかった。
わたしが紫帆先生殺人計画の首謀者であることだけじゃなく、ふたりは藤本花梨が集団自殺事件の首謀者であることにもたどり着いていたのだから。
いや、驚きではないのかもしれない。感心だ。
さすがは星野くんと要先生といったところだろうか。
花梨とわたしに、ふたつの事件の探偵役と助手役という役割を与えられただけのことはある。

花梨がたどり着けなかった真相に、ふたりはたどり着いてくれた。

わたしは嬉しかった。


藤本花梨と話すか? という星野修司の問いに、

「必要ないわ」

と、わたしは応えた。

「だって、その子、わたしにたどり着けなかったし、犯人が誰だかわからないからってクラス全員皆殺しにしようだなんて馬鹿丸出し。やってることが全然美しくないもの」

「そう、残念ね。じゃあ、久しぶりに私と話してみる?」

花梨の代わりに聞こえてきたのは、紫帆先生の声だった。
あり得ない事態に、わたしの体は小刻みに震え始めた。

「どうして? どうして先生の声が聞こえるの? 先生は死んだはずでしょ!?」

「簡単なことよ。藤本さんは私なの。そして私は藤本さんなの。藤本さんはずっと、私みたいになりたいと思ってくれてた。だから藤本さんとわたしはひとつになった。ただそれだけのこと」

「あんた、いつまで神様先生をやってるつもり!? とっくにバレてんだよ。最初からわかってんだよ。あんたが先生のふりをしてたことは。
わたしがあんたにスマホを送ったんだ! あんたがここまでヤバイやつだとは思わなかったけど、そうなるように仕組んだんだのはわたしなんだよ!!」

わたしは頭がおかしくなりそうだった。

「やっぱり君には、藤本さんの声が紫帆の声に聞こえるんだな」

「ぼくには紫帆先生の声には聞こえない。ただ口調を真似ているだけで、藤本さんの声だよ」

いや、わたしはすでにおかしくなっていたのだ。
花梨の声だけじゃない。
グループチャットの中のアリステラピノアの言葉を読むとき、わたしの頭の中でそれはいつも紫帆先生の声で再生されていた。先生に耳元でささやかれているような感覚に陥っていたことを思い出した。
その正体が花梨だということをわたしは最初から知っていたのに、それでもそう感じていた。


「じゃあ、もしかしてわたしが自殺をしなかったのは……」

助けを求める必要もない相手に、助けを求めるよう操られていた?
そういうことなのだろうか。

「今、あなたが考えている通りよ。佐野さん、あなたはね、とっくに私の洗脳下にあるの。びっくりした?」

一体いつ洗脳された?
こんな先生の物真似くらいしか出来ないような馬鹿な女に、わたしが操られていたなんて信じられなかった。信じたくなかった。

正体を知りながら、個人的なチャットでは悩みを打ち明け、知りたい真実を告白した。彼女はすべてに答えてくれた。

わたしの悩みは、誰からも理解されず、評価もされていないこと。
自分が生まれてきた意味がわからないこと。
生きているだけで、毎食のように動植物の命を犠牲にしていることが耐えられないこと。
人を傷つける生き方しか出来ないということ。



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