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第6話:10勝10敗10引き分け
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塩竈神社の死闘から一ヶ月。
A学院大学のキャンパスで、逢魔と甲斐の二人は、もはや「奇人」としてその名を知られ始めていた。
彼らの会話には、もはや「単位」や「就活」といった単語は登場しない。
「CVTフルードの熱垂れ」
「プーリーのクランプ圧」
「0.1秒の変速ラグ」
昼休みの学食で、彼らは向かい合わせに座りながら、スマートフォンのロガーデータを見つめ、互いの欠点を指摘し合う。
「甘いんだよ逢魔。昨日の第3コーナー、アクセルオフのタイミングがコンマ2秒遅い。だからCVTの油圧が立ち上がる前にトラクションが抜けるんだ」
「……分かってる。だが、そこを詰めるとエンジンのレブリミットに干渉する。れいんのプログラムでも、あそこの制御は『物理の壁』に当たってるんだ」
彼らは毎夜、戸越峠や御幸山の坂道でバトルを繰り返していた。
ある時はミライースの軽さがロードスターを突き放し、ある時はロードスターのパワーがミライースをねじ伏せる。
勝敗は常に紙一重。
戦績はいつしか、10勝10敗10引き分けという、呪われた均衡に達していた。
「……計算通り。二人のシンクロ率が上がれば上がるほど、データは美しく収束していくわ」
地下の「備品倉庫」で、れいんが静かに呟く。
彼女にとって、二人のバトルは「最適解」を導き出すための壮大な実験に過ぎなかった。
だが、その実験の代償は、着実に彼らの生活を蝕んでいく。
「ねえ、二人とも。これ、見てよ」
ロリコが、パパ活のおじさんから貢がれた最新のタブレットを突き出す。
そこには、大学のポータルサイトに表示された、二人の成績表が映し出されていた。
「逢魔君は『必修科目:英語』欠席回数超過。甲斐さんは『経済学原論』のレポート未提出。……おめでとう、このままだと二人揃って『留年確定』のイエローカードだよ?」
「……フン、単位なんて後でどうにでもなる」
甲斐が強がって鼻を鳴らすが、その顔は少しだけ引き攣っている。
「……俺は、後悔していない。あの加速の瞬間に比べれば、教室の椅子に座っている時間は死んでいるのと同じだ」
逢魔もまた、虚ろな、だが確信に満ちた瞳で答える。
彼らの優先順位は、完全に壊れていた。
昼間は睡眠不足で講義中に爆睡し、夜になれば「寿命の前借り」をしたマシンに跨り、名古屋の闇へ消えていく。
そんなある夜。
戸越峠の展望台で、二人が11回目の引き分けを演じた直後のことだった。
「……おい。随分と楽しそうに『ままごと』をやってるじゃないか、オートマタの諸君」
暗闇から、聞き慣れない、だが刺すような冷気を含んだ声が響いた。
現れたのは、蛍光色のラインが不気味に光る、日産・ノート オーラ NISMO。
エンジン音はない。ただ、高周波のモーター音が、不快な耳鳴りのように空気を震わせる。
車から降りてきたのは、銀縁の眼鏡をかけ、潔癖症そうなほど整った身なりの男。
別の大学で公道オートマ最速を目指すチーム「レプリカント」のトップ、安倍 薫(あべ かおる)という男らしい。
「……安倍、か。『ゲシュタルト』の瀬戸はどうした?」
百鬼がセンチュリーの影から姿を現し、冷ややかに問いかける。
「ゲシュタルト」もまた、別のの大学で公道オートマ最速を目指すチームだという。
「瀬戸なら、東谷山で走り屋狩りに精を出しているよ。……百鬼、君が始めたこの『オートマタ』という遊び……少し目障りなんだよね。特に、その軽自動車」
安倍が、逢魔のミライースを汚物でも見るかのように指差した。
「電気を介さない、古い油圧式の変速機。そんなものが、これからの『最適解』を名乗るなんて……滑稽だと思わないか?」
「……なんだと」
逢魔が前に出ようとするが、百鬼がそれを制した。
「……いいだろう。ちょうど、二人のナンバー2が退屈していたところだ」
百鬼は、不敵な笑みを浮かべ、安倍のオーラNISMOを指した。
「一ヶ月後、東谷山。オートマタ、レプリカント、そしてゲシュタルト。……三つ巴の戦いで、誰の『自動変速(プログラム)』が公道オートマ最速か、決着をつけようじゃないか」
「……いいだろう。絶望させてあげるよ、原始的な機械の限界に」
安倍はそう言い残すと、オーラNISMOの強烈なトルクで、一瞬のうちに闇の中へ消えていった。
「……。……逢魔、甲斐。聞いたわね」
れいんが、二人の横に立ち、モニターを閉じた。
「……今のままじゃ、勝てない。……レプリカントの電気駆動(e-POWER)は、変速という概念そのものを超越している。……勝つためには、さらに『命』を削る必要があるわ」
「……望むところだ」
逢魔は、熱を持ったミライースのボンネットに手を置いた。
一ヶ月後の決戦。
それは、進級をかけた「後期試験」の期間と、完全に入れ替わっていた。
大学の単位か、公道の誇りか。
彼らは迷うことなく、深淵へと一歩を踏み出す。
A学院大学のキャンパスで、逢魔と甲斐の二人は、もはや「奇人」としてその名を知られ始めていた。
彼らの会話には、もはや「単位」や「就活」といった単語は登場しない。
「CVTフルードの熱垂れ」
「プーリーのクランプ圧」
「0.1秒の変速ラグ」
昼休みの学食で、彼らは向かい合わせに座りながら、スマートフォンのロガーデータを見つめ、互いの欠点を指摘し合う。
「甘いんだよ逢魔。昨日の第3コーナー、アクセルオフのタイミングがコンマ2秒遅い。だからCVTの油圧が立ち上がる前にトラクションが抜けるんだ」
「……分かってる。だが、そこを詰めるとエンジンのレブリミットに干渉する。れいんのプログラムでも、あそこの制御は『物理の壁』に当たってるんだ」
彼らは毎夜、戸越峠や御幸山の坂道でバトルを繰り返していた。
ある時はミライースの軽さがロードスターを突き放し、ある時はロードスターのパワーがミライースをねじ伏せる。
勝敗は常に紙一重。
戦績はいつしか、10勝10敗10引き分けという、呪われた均衡に達していた。
「……計算通り。二人のシンクロ率が上がれば上がるほど、データは美しく収束していくわ」
地下の「備品倉庫」で、れいんが静かに呟く。
彼女にとって、二人のバトルは「最適解」を導き出すための壮大な実験に過ぎなかった。
だが、その実験の代償は、着実に彼らの生活を蝕んでいく。
「ねえ、二人とも。これ、見てよ」
ロリコが、パパ活のおじさんから貢がれた最新のタブレットを突き出す。
そこには、大学のポータルサイトに表示された、二人の成績表が映し出されていた。
「逢魔君は『必修科目:英語』欠席回数超過。甲斐さんは『経済学原論』のレポート未提出。……おめでとう、このままだと二人揃って『留年確定』のイエローカードだよ?」
「……フン、単位なんて後でどうにでもなる」
甲斐が強がって鼻を鳴らすが、その顔は少しだけ引き攣っている。
「……俺は、後悔していない。あの加速の瞬間に比べれば、教室の椅子に座っている時間は死んでいるのと同じだ」
逢魔もまた、虚ろな、だが確信に満ちた瞳で答える。
彼らの優先順位は、完全に壊れていた。
昼間は睡眠不足で講義中に爆睡し、夜になれば「寿命の前借り」をしたマシンに跨り、名古屋の闇へ消えていく。
そんなある夜。
戸越峠の展望台で、二人が11回目の引き分けを演じた直後のことだった。
「……おい。随分と楽しそうに『ままごと』をやってるじゃないか、オートマタの諸君」
暗闇から、聞き慣れない、だが刺すような冷気を含んだ声が響いた。
現れたのは、蛍光色のラインが不気味に光る、日産・ノート オーラ NISMO。
エンジン音はない。ただ、高周波のモーター音が、不快な耳鳴りのように空気を震わせる。
車から降りてきたのは、銀縁の眼鏡をかけ、潔癖症そうなほど整った身なりの男。
別の大学で公道オートマ最速を目指すチーム「レプリカント」のトップ、安倍 薫(あべ かおる)という男らしい。
「……安倍、か。『ゲシュタルト』の瀬戸はどうした?」
百鬼がセンチュリーの影から姿を現し、冷ややかに問いかける。
「ゲシュタルト」もまた、別のの大学で公道オートマ最速を目指すチームだという。
「瀬戸なら、東谷山で走り屋狩りに精を出しているよ。……百鬼、君が始めたこの『オートマタ』という遊び……少し目障りなんだよね。特に、その軽自動車」
安倍が、逢魔のミライースを汚物でも見るかのように指差した。
「電気を介さない、古い油圧式の変速機。そんなものが、これからの『最適解』を名乗るなんて……滑稽だと思わないか?」
「……なんだと」
逢魔が前に出ようとするが、百鬼がそれを制した。
「……いいだろう。ちょうど、二人のナンバー2が退屈していたところだ」
百鬼は、不敵な笑みを浮かべ、安倍のオーラNISMOを指した。
「一ヶ月後、東谷山。オートマタ、レプリカント、そしてゲシュタルト。……三つ巴の戦いで、誰の『自動変速(プログラム)』が公道オートマ最速か、決着をつけようじゃないか」
「……いいだろう。絶望させてあげるよ、原始的な機械の限界に」
安倍はそう言い残すと、オーラNISMOの強烈なトルクで、一瞬のうちに闇の中へ消えていった。
「……。……逢魔、甲斐。聞いたわね」
れいんが、二人の横に立ち、モニターを閉じた。
「……今のままじゃ、勝てない。……レプリカントの電気駆動(e-POWER)は、変速という概念そのものを超越している。……勝つためには、さらに『命』を削る必要があるわ」
「……望むところだ」
逢魔は、熱を持ったミライースのボンネットに手を置いた。
一ヶ月後の決戦。
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