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第7話:東谷山の迷宮
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名古屋市守山区、東谷山。
ここは他の峠とは異なり、道幅が極端に変化し、不自然なほどタイトな低速コーナーが連続する。まさに「迷宮(ラビリンス)」の名にふさわしい、マシンの挙動を狂わせる難所だ。
「……寒いな」
逢魔は、かじかむ指をミライースのヒーターにかざした。
外気温は氷点下に近い。だが、マシンの内部は、れいんが施した「最終調整」によって、沸騰せんばかりの熱を溜め込んでいる。
「逢魔、甲斐。……最終チェックよ」
れいんが、二人の車にタブレットを接続した。
「……今回の書き換えは、今までとはレベルが違う。……CVTの滑りを完全にゼロにするために、油圧を設計限界の1.5倍まで上げたわ。……ベルトが切れるか、勝つか。……確率は、五分五分」
「……へっ、上等だよ。大人しく単位を落とすだけの冬じゃ、寒すぎて死んじまうからな」
甲斐がロードスターのパドルを弾き、乾いた音を響かせる。
頂上の駐車場には、すでに「敵」が待っていた。
青白い光を放つ、安倍薫のノート オーラ NISMO。
そして、その後方に控える、ドイツ工学の結晶――フォルクスワーゲン・ゴルフGTI。
そこから降りてきたのは、理知的で冷静な瞳を持つ男、「ゲシュタルト」のリーダー・瀬戸享(せととおる)だ。
「……来たか、オートマタ。……無駄な足掻きをデータで上書きされる準備はできているかな?」
安倍が眼鏡を指で押し上げ、冷笑する。
「……ルールは単純。山頂から麓までのダウンヒル、三チーム同時スタートのバトルロイヤルよ」
百鬼のセンチュリーが、審判のように中央に居座る。
『――システム、限界稼働(オーバーロード)。……カウントダウン。』
れいんの声が、無線を通して四台のマシンに響く。
3、2、1……。
静寂を切り裂いたのは、安倍のオーラNISMOだった。
モーター駆動特有の「0回転からの最大トルク」が、重力を無視して車体を弾き出す。
「……遅いよ、内燃機関(エンジン)車。変速なんていう『無駄な儀式』をいつまで続けるつもりだい?」
一瞬で数馬身の差をつけられる逢魔たち。
しかし、逢魔は冷静だった。
東谷山の迷宮は、直線だけでは攻略できない。
最初の連続S字コーナー。
安倍の電気駆動が、回生ブレーキと駆動制御で完璧なコーナリングを見せる。
だが、そのすぐ背後に、死神のように張り付く影があった。
甲斐尊のロードスターだ。
「……電気だか何だか知らねえが、路面との対話(フィール)を忘れた機械に、この迷宮は抜けられねえよ!」
甲斐が、パドルシフトを電光石火で操る。
DSGを積んだ瀬戸のゴルフも、人間の限界を超えた変速速度で甲斐を追う。
まさに、公道オートマの頂点。
「……俺を、忘れるな」
最後尾から、逢魔のミライースが動いた。
パワーで劣るミライースが選んだのは、他の三台が「リスク」として避ける、極限のインコース。
凍りついた落ち葉が舞う路肩スレスレを、ミライースは一切の減速なしに駆け抜けていく。
「……熱い。……右足が、熱い……!」
れいんのプログラムが、CVTを「最強の加速ポイント」に固定し続けている。
プーリーが金属の悲鳴を上げ、ベルトが摩擦熱で焦げ始める。
だが、ミライースは止まらない。
まるで意思を持った機械人形(オートマタ)のように、逢魔の神経と同期して、複雑な迷宮を最短ルートで切り裂いていく。
「なっ……!? あの軽、ブレーキを捨てたのか!?」
ゴルフを操る瀬戸が驚愕する。
中間地点。
トップを走る安倍のノートの背後に、ミライースの漆黒のノーズが食い込んだ。
「……逢魔、今よ。……計算上の『特異点』を突いて」
無線の向こうで、れいんが小さく囁いた。
直角に近いクランク。
安倍が電子制御に頼り、完璧な減速を見せたその瞬間。
逢魔はアクセルをさらに踏み込んだ。
CVTが、限界を超えた比率へと強制変速。
弾けるようなトルクが、ミライースの車体を安倍の懐へと放り込む。
「……これが、俺とミライースの……『命』の変速だあああ!」
火花を散らしながら、ミライースがノート オーラを抜き去った。
同時に、横からは甲斐のロードスターがゴルフを刺す。
夜の東谷山に、二台の「オートマタ」のテールランプが、美しい残像を描いて消えていった。
麓のゴール地点。
ミライースのボンネットからは、もはや煙が上がっていた。
逢魔はハンドルを握ったまま、動けない。
「……勝った、のか」
「……ええ。……ミッションケースはもうボロボロだけど、勝利のログは刻まれたわ」
歩み寄ってきたれいんが、スマホの画面を逢魔に見せた。
そこには、三チームの頂点に立った証である、ラップタイムの記録。
だが、その勝利の余韻をかき消すように、甲斐が顔を真っ青にして走り寄ってきた。
「……おい逢魔! 大変だ! 今、掲示板を見た奴から連絡が来た!」
「……単位か?」
「……それどころじゃねえ! 明日の『必修科目の試験』、開始時間が一時間繰り上がってる! 今すぐ帰って寝ないと、俺たち……本当に死ぬぞ!」
「……えっ」
漆黒のミライースと、勝利の栄光。
そして、目の前に突きつけられた「留年」という名の残酷な現実。
夜景の綺麗な東谷山の山頂で、彼らの絶叫が冬の空に虚しく響き渡った。
ここは他の峠とは異なり、道幅が極端に変化し、不自然なほどタイトな低速コーナーが連続する。まさに「迷宮(ラビリンス)」の名にふさわしい、マシンの挙動を狂わせる難所だ。
「……寒いな」
逢魔は、かじかむ指をミライースのヒーターにかざした。
外気温は氷点下に近い。だが、マシンの内部は、れいんが施した「最終調整」によって、沸騰せんばかりの熱を溜め込んでいる。
「逢魔、甲斐。……最終チェックよ」
れいんが、二人の車にタブレットを接続した。
「……今回の書き換えは、今までとはレベルが違う。……CVTの滑りを完全にゼロにするために、油圧を設計限界の1.5倍まで上げたわ。……ベルトが切れるか、勝つか。……確率は、五分五分」
「……へっ、上等だよ。大人しく単位を落とすだけの冬じゃ、寒すぎて死んじまうからな」
甲斐がロードスターのパドルを弾き、乾いた音を響かせる。
頂上の駐車場には、すでに「敵」が待っていた。
青白い光を放つ、安倍薫のノート オーラ NISMO。
そして、その後方に控える、ドイツ工学の結晶――フォルクスワーゲン・ゴルフGTI。
そこから降りてきたのは、理知的で冷静な瞳を持つ男、「ゲシュタルト」のリーダー・瀬戸享(せととおる)だ。
「……来たか、オートマタ。……無駄な足掻きをデータで上書きされる準備はできているかな?」
安倍が眼鏡を指で押し上げ、冷笑する。
「……ルールは単純。山頂から麓までのダウンヒル、三チーム同時スタートのバトルロイヤルよ」
百鬼のセンチュリーが、審判のように中央に居座る。
『――システム、限界稼働(オーバーロード)。……カウントダウン。』
れいんの声が、無線を通して四台のマシンに響く。
3、2、1……。
静寂を切り裂いたのは、安倍のオーラNISMOだった。
モーター駆動特有の「0回転からの最大トルク」が、重力を無視して車体を弾き出す。
「……遅いよ、内燃機関(エンジン)車。変速なんていう『無駄な儀式』をいつまで続けるつもりだい?」
一瞬で数馬身の差をつけられる逢魔たち。
しかし、逢魔は冷静だった。
東谷山の迷宮は、直線だけでは攻略できない。
最初の連続S字コーナー。
安倍の電気駆動が、回生ブレーキと駆動制御で完璧なコーナリングを見せる。
だが、そのすぐ背後に、死神のように張り付く影があった。
甲斐尊のロードスターだ。
「……電気だか何だか知らねえが、路面との対話(フィール)を忘れた機械に、この迷宮は抜けられねえよ!」
甲斐が、パドルシフトを電光石火で操る。
DSGを積んだ瀬戸のゴルフも、人間の限界を超えた変速速度で甲斐を追う。
まさに、公道オートマの頂点。
「……俺を、忘れるな」
最後尾から、逢魔のミライースが動いた。
パワーで劣るミライースが選んだのは、他の三台が「リスク」として避ける、極限のインコース。
凍りついた落ち葉が舞う路肩スレスレを、ミライースは一切の減速なしに駆け抜けていく。
「……熱い。……右足が、熱い……!」
れいんのプログラムが、CVTを「最強の加速ポイント」に固定し続けている。
プーリーが金属の悲鳴を上げ、ベルトが摩擦熱で焦げ始める。
だが、ミライースは止まらない。
まるで意思を持った機械人形(オートマタ)のように、逢魔の神経と同期して、複雑な迷宮を最短ルートで切り裂いていく。
「なっ……!? あの軽、ブレーキを捨てたのか!?」
ゴルフを操る瀬戸が驚愕する。
中間地点。
トップを走る安倍のノートの背後に、ミライースの漆黒のノーズが食い込んだ。
「……逢魔、今よ。……計算上の『特異点』を突いて」
無線の向こうで、れいんが小さく囁いた。
直角に近いクランク。
安倍が電子制御に頼り、完璧な減速を見せたその瞬間。
逢魔はアクセルをさらに踏み込んだ。
CVTが、限界を超えた比率へと強制変速。
弾けるようなトルクが、ミライースの車体を安倍の懐へと放り込む。
「……これが、俺とミライースの……『命』の変速だあああ!」
火花を散らしながら、ミライースがノート オーラを抜き去った。
同時に、横からは甲斐のロードスターがゴルフを刺す。
夜の東谷山に、二台の「オートマタ」のテールランプが、美しい残像を描いて消えていった。
麓のゴール地点。
ミライースのボンネットからは、もはや煙が上がっていた。
逢魔はハンドルを握ったまま、動けない。
「……勝った、のか」
「……ええ。……ミッションケースはもうボロボロだけど、勝利のログは刻まれたわ」
歩み寄ってきたれいんが、スマホの画面を逢魔に見せた。
そこには、三チームの頂点に立った証である、ラップタイムの記録。
だが、その勝利の余韻をかき消すように、甲斐が顔を真っ青にして走り寄ってきた。
「……おい逢魔! 大変だ! 今、掲示板を見た奴から連絡が来た!」
「……単位か?」
「……それどころじゃねえ! 明日の『必修科目の試験』、開始時間が一時間繰り上がってる! 今すぐ帰って寝ないと、俺たち……本当に死ぬぞ!」
「……えっ」
漆黒のミライースと、勝利の栄光。
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