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第13話:V12の咆哮
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知多の埠頭でロリコのアクアが安倍を退けた翌日。
事態は収束するどころか、さらに泥沼化していた。
安倍薫が、自身のハッキング失敗と敗北を隠蔽するため、親のコネクションを使い「公道での危険走行」として、大学側へ強引な圧力をかけてきたのだ。
「……最悪。大学の正門に警察がいるわ。私たち、完全にロックオンされてる」
地下ガレージで、ロリコが震える声で報告する。
ミライースの修理は終わったが、ガレージを出た瞬間に検挙されるリスク。
さらに、ロリコの「パパ活」疑惑を材料に、安倍の背後にいる「本物の権力」がオートマタを社会的に抹殺しようと動き始めていた。
「……計算外ね。安倍薫……あそこまでプライドを捨てて権力に縋るとは。……私たちのロジックでは、もう太刀打ちできない」
れいんが珍しく焦りの色を見せる。
だがその時、ガレージの隅で微睡(まどろ)んでいた巨躯が、静かに目覚めた。
「……騒々しいな。……少しは『礼儀』というものを教えてやらねばならんか」
夜行百鬼。
彼がセンチュリーの運転席に乗り込み、イグニッションを回した。
キュル、という短い始動音。次の瞬間、世界が震えた。
ガレージの空気が、密度の高い重低音に支配される。
日本の頂点に君臨する5.0リッターV12、1GZ-FEエンジン。
それは「静粛」を旨とするはずの機械だが、百鬼が手を加えたそれは、地を這う獣の唸り声を上げていた。
「……百鬼さん? まさか、その車で……」
「……逢魔。……後ろについてこい。……大人の『掃除』の仕方を、特等席で見せてやる」
漆黒のセンチュリーが、地下から地上へと這い出す。
正門で待ち構えていたパトカーが、その姿を認めた瞬間、なぜか道を譲った。
鳳凰のエンブレム。そして、名古屋の夜を象徴する「あのナンバー」。
鳳凰は、トヨタ・センチュリーの象徴だ。
普通のトヨタ車は「T」のマークだが、センチュリーだけは、熟練の職人が一つひとつ手彫りした型から作られる「金色の鳳凰」をフロントグリルに冠している。
日本においてこのマークは、皇室、首相、あるいは巨大財閥のトップといった、「この国の設計図を書き換える者」だけが背負うことを許される、絶対的な権威の象徴だ。
そして、ナンバーを見た警官たちが道を譲ったのは、単にセンチュリーが『高級車だから』ではなかった。
警察や行政さえも「照会」することをためらう、特別な管理下に置かれた秘匿ナンバーか、あるいは地元の経済界や裏社会を束ねる組織が、代々その看板として引き継いでいる特定の番号か。
権力の末端である警官たちが、本能的に「触れてはいけないもの」だと、「その番号の車を止めたら、自分の明日(キャリア)が消える」と察知したのだ。
「……な、なんだ? あのセンチュリーは……!」
安倍薫が、父の代理人とともに高級ラウンジの窓からその光景を見ていた。
彼らの前に、センチュリーは不気味なほど静かに、かつ圧倒的な威圧感を放って停車した。
「……安倍薫、だったか。……君の父親には、私からも宜しく伝えておく。……だが、私の『仲間』を玩具にするのは、この辺りにしておいてもらおうか」
百鬼が車から降り、安倍の前に立つ。
その影が、安倍を完全に飲み込んだ。
「……っ、何様だあんたは! 警察だって呼んでるんだ、今すぐ……」
「……警察? ……ああ、あれのことか」
百鬼が指差した先、正門にいたパトカーは、一台の黒塗りの車が近づいただけで、何事もなかったかのように走り去っていった。
本物の「権力」とは、大声を出すものではない。
ただそこに存在するだけで、法さえも沈黙させる静かな力だ。
「……一度だけ言う。……データの拡散を止め、大学への圧力を取り下げろ。……さもなければ、君の父親が隠している『三河の案件』を、明日には公にする」
「……三河の……!? なぜ、それを……」
安倍の顔から血の気が引く。
百鬼は答えず、再びセンチュリーに乗り込んだ。
「……逢魔、甲斐。……仕上げだ。……こいつに、本物の『自動変速』の誇りを刻んでやれ」
百鬼がアクセルを僅かに煽った。
V12が咆哮を上げる。
センチュリーが、その巨体を感じさせない俊敏さで、安倍のオーラNISMOの横を、コンマ数ミリの隙間で駆け抜けた。
衝撃波だけでオーラNISMOの窓ガラスが震える。
それは、速度による勝利ではない。
圧倒的な「器」による制圧だった。
「……勝利。……安倍の端末、すべてのデータが消去されたわ。……百鬼さんのコネクション……怖ろしいわね」
れいんがタブレットを見て呟く。
安倍薫は、もはや言葉を失い、膝をついていた。
夜の名古屋。
センチュリーを先頭に、ミライース、ロードスター、アクアが隊列を組んで走る。
彼らは知ったのだ。
自分たちが足を踏み入れた「深淵」には、ただ速いだけではない、もっと深く、暗い闇が広がっていることを。
「……百鬼さん。……ありがとうございました」
逢魔の言葉に、百鬼はミラー越しに不敵な笑みを返した。
「……勘違いするな。……私はただ、私の『庭』を汚されたのが気に入らなかっただけだ。……さあ、みんな……ここからは、本当の修羅場だぞ」
その言葉通り、センチュリーの向かう先には、名古屋港に停泊する巨大な貨物船が待っていた。
そこには、海外から密輸された、さらに狂った「自動変速機(トランスミッション)」が積み込まれていることを、逢魔たちはまだ知らなかった。
事態は収束するどころか、さらに泥沼化していた。
安倍薫が、自身のハッキング失敗と敗北を隠蔽するため、親のコネクションを使い「公道での危険走行」として、大学側へ強引な圧力をかけてきたのだ。
「……最悪。大学の正門に警察がいるわ。私たち、完全にロックオンされてる」
地下ガレージで、ロリコが震える声で報告する。
ミライースの修理は終わったが、ガレージを出た瞬間に検挙されるリスク。
さらに、ロリコの「パパ活」疑惑を材料に、安倍の背後にいる「本物の権力」がオートマタを社会的に抹殺しようと動き始めていた。
「……計算外ね。安倍薫……あそこまでプライドを捨てて権力に縋るとは。……私たちのロジックでは、もう太刀打ちできない」
れいんが珍しく焦りの色を見せる。
だがその時、ガレージの隅で微睡(まどろ)んでいた巨躯が、静かに目覚めた。
「……騒々しいな。……少しは『礼儀』というものを教えてやらねばならんか」
夜行百鬼。
彼がセンチュリーの運転席に乗り込み、イグニッションを回した。
キュル、という短い始動音。次の瞬間、世界が震えた。
ガレージの空気が、密度の高い重低音に支配される。
日本の頂点に君臨する5.0リッターV12、1GZ-FEエンジン。
それは「静粛」を旨とするはずの機械だが、百鬼が手を加えたそれは、地を這う獣の唸り声を上げていた。
「……百鬼さん? まさか、その車で……」
「……逢魔。……後ろについてこい。……大人の『掃除』の仕方を、特等席で見せてやる」
漆黒のセンチュリーが、地下から地上へと這い出す。
正門で待ち構えていたパトカーが、その姿を認めた瞬間、なぜか道を譲った。
鳳凰のエンブレム。そして、名古屋の夜を象徴する「あのナンバー」。
鳳凰は、トヨタ・センチュリーの象徴だ。
普通のトヨタ車は「T」のマークだが、センチュリーだけは、熟練の職人が一つひとつ手彫りした型から作られる「金色の鳳凰」をフロントグリルに冠している。
日本においてこのマークは、皇室、首相、あるいは巨大財閥のトップといった、「この国の設計図を書き換える者」だけが背負うことを許される、絶対的な権威の象徴だ。
そして、ナンバーを見た警官たちが道を譲ったのは、単にセンチュリーが『高級車だから』ではなかった。
警察や行政さえも「照会」することをためらう、特別な管理下に置かれた秘匿ナンバーか、あるいは地元の経済界や裏社会を束ねる組織が、代々その看板として引き継いでいる特定の番号か。
権力の末端である警官たちが、本能的に「触れてはいけないもの」だと、「その番号の車を止めたら、自分の明日(キャリア)が消える」と察知したのだ。
「……な、なんだ? あのセンチュリーは……!」
安倍薫が、父の代理人とともに高級ラウンジの窓からその光景を見ていた。
彼らの前に、センチュリーは不気味なほど静かに、かつ圧倒的な威圧感を放って停車した。
「……安倍薫、だったか。……君の父親には、私からも宜しく伝えておく。……だが、私の『仲間』を玩具にするのは、この辺りにしておいてもらおうか」
百鬼が車から降り、安倍の前に立つ。
その影が、安倍を完全に飲み込んだ。
「……っ、何様だあんたは! 警察だって呼んでるんだ、今すぐ……」
「……警察? ……ああ、あれのことか」
百鬼が指差した先、正門にいたパトカーは、一台の黒塗りの車が近づいただけで、何事もなかったかのように走り去っていった。
本物の「権力」とは、大声を出すものではない。
ただそこに存在するだけで、法さえも沈黙させる静かな力だ。
「……一度だけ言う。……データの拡散を止め、大学への圧力を取り下げろ。……さもなければ、君の父親が隠している『三河の案件』を、明日には公にする」
「……三河の……!? なぜ、それを……」
安倍の顔から血の気が引く。
百鬼は答えず、再びセンチュリーに乗り込んだ。
「……逢魔、甲斐。……仕上げだ。……こいつに、本物の『自動変速』の誇りを刻んでやれ」
百鬼がアクセルを僅かに煽った。
V12が咆哮を上げる。
センチュリーが、その巨体を感じさせない俊敏さで、安倍のオーラNISMOの横を、コンマ数ミリの隙間で駆け抜けた。
衝撃波だけでオーラNISMOの窓ガラスが震える。
それは、速度による勝利ではない。
圧倒的な「器」による制圧だった。
「……勝利。……安倍の端末、すべてのデータが消去されたわ。……百鬼さんのコネクション……怖ろしいわね」
れいんがタブレットを見て呟く。
安倍薫は、もはや言葉を失い、膝をついていた。
夜の名古屋。
センチュリーを先頭に、ミライース、ロードスター、アクアが隊列を組んで走る。
彼らは知ったのだ。
自分たちが足を踏み入れた「深淵」には、ただ速いだけではない、もっと深く、暗い闇が広がっていることを。
「……百鬼さん。……ありがとうございました」
逢魔の言葉に、百鬼はミラー越しに不敵な笑みを返した。
「……勘違いするな。……私はただ、私の『庭』を汚されたのが気に入らなかっただけだ。……さあ、みんな……ここからは、本当の修羅場だぞ」
その言葉通り、センチュリーの向かう先には、名古屋港に停泊する巨大な貨物船が待っていた。
そこには、海外から密輸された、さらに狂った「自動変速機(トランスミッション)」が積み込まれていることを、逢魔たちはまだ知らなかった。
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