公道オートマ最速伝説『アビス・シフト(深淵の自動変速) 〜左足を封印せし漆黒の疾走者〜』

あめの みかな

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第14話:鋼の心臓(アイアン・ハブ)

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​深夜の名古屋港。
潮風に混じる鉄錆と重油の匂い。百鬼のセンチュリーに導かれ、逢魔たちは一般の立ち入りが禁じられた保税区域へと足を踏み入れていた。

​「……見て。あの船よ」

​れいんが指差した先。漆黒の海に浮かぶ、船名の消された老朽化した貨物船。
タラップの周囲には、ガラの悪い男たちと、それとは対照的な「あまりに場違いな高級車」が数台、エンジンをかけたまま停まっていた。

​「……あそこに、世界中の闇レースを支配する『変速機(トランスミッション)』の試作体が眠っている」
​百鬼が車を降り、鋭い視線で船を睨む。

「……今回の標的は、ドイツの軍需産業が開発したとされる『極圧流体プーリー』。CVTの構造を保ちながら、1000馬力以上の入力に耐え、熱垂れを一切起こさない。……逢魔のミライースを『完成体』にするための、最後の一欠片だ」

​「……1000馬力に耐える、CVT……」

逢魔は唾を呑んだ。そんなものが手に入れば、5800回転固定の負荷など、そよ風のようなものだ。
​だが、船内に入った彼らを待っていたのは、冷たい銃口と、不敵な笑みを浮かべる「招かれざる客」たちだった。

​「……おっと。長久手の『オートマタ』の連中が、こんなゴミ拾いに来るとはな」

​コンテナの影から現れたのは、真っ白なスーツを着た細身の男。
ゲシュタルトのリーダー、瀬戸享(せととおる)だ。彼の後ろには、重武装したようなフォルクスワーゲン・ゴルフGTIが控えている。

​「……瀬戸。……安倍薫の不手際を、君が埋め合わせるつもりか?」

百鬼の声が、氷点下の温度まで下がる。

​「……百鬼さん、違うわ。……瀬戸は、レプリカントのためじゃない。……自分のマシンのために、そのパーツを狙っている」

れいんがタブレットで周囲をスキャンし、警告を発した。

「……気を付けて、逢魔。……瀬戸のゴルフは、すでにDSG(デュアルクラッチ)の限界を越えた、独自の『思考型変速』を組み込んでいる。……このパーツを彼に渡せば、もう二度と追いつけなくなる」

​「……交渉は決裂だな。……力ずくで奪わせてもらうよ」

​瀬戸の合図とともに、船着き場が戦場に変わった。
ルール無用の港湾バトル。
コンテナが積み上げられた狭い迷路のような通路で、ゴルフGTIとミライース、そして甲斐のロードスターが火花を散らす。

​「……狭い! これじゃパワーが出せない……!」

甲斐が叫ぶ。

​「……逢魔、今よ。……ミライースの『小ささ』を武器にして。……港湾の隙間、計算上の最短ルートを走れ!」

​れいんの指示が、逢魔の脳内に叩き込まれる。
ミライースは、ゴルフが入れないコンテナの隙間を縫うように疾走した。
だが、瀬戸のゴルフは、DSGの超高速変速を駆使し、短い加速区間だけで恐るべき速度を稼ぎ、逢魔を追い詰める。

​「……無駄だ、軽自動車! コンピューターの計算速度で、僕に勝てるわけがない!」

​激突寸前。
逢魔は、前方のコンテナから吊り下げられた「巨大なクレーンのワイヤー」を視界に捉えた。

​「……れいん! あのワイヤーに、CVTの慣性をぶつける!」

​「……!? ……無茶よ、逢魔! 失敗すれば海に……」

​「……やるんだ! ミライース、頼むぜ!」

​アクセルを底まで叩きつける。
ミライースはコンテナの山を駆け上がり、空中へと飛び出した。
プーリーが火花を散らしながら、一瞬だけ「逆位相」へと変速。
空中で姿勢を変えたミライースが、瀬戸のゴルフの頭上を飛び越し、パーツの入ったアタッシュケースを運ぶ男の目の前に着地した。

​「……なっ……!?」

​瀬戸が呆然とする中、逢魔はアタッシュケースを掴み取り、再びアクセルを全開にした。

「……鋼の心臓……。……これは、俺たちのものだ!」

​暗い海に、ミライースのテールランプが鮮やかに刻まれる。
百鬼のセンチュリーが、追っ手の高級車たちをその巨体でブロックし、撤退の道を切り開いた。


​夜の底。
手に入れたアタッシュケースを開けると、そこには鈍い銀色に輝く、見たこともない形状のプーリーが鎮座していた。

​「……これで、準備は整ったわ。……本当の『深淵』の幕開けね」

​れいんの呟きとともに、ミライースの「最終改装(ラスト・ビルド)」が始まろうとしていた。
だが、その時。逢魔の耳に、聞き慣れた「あの音」が響いてきた。

​――パァァァァン!
​かつて聞いた、どのエンジンよりも高く、澄んだ音。
闇の向こうから、一台の「白い影」が近づいてくる。

それは、オートマタの誰のデータにも存在しない、未知の怪物だった。

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