63 / 67
第二部:ロスト・ヴァイラスの囁き
第十四話:現当主・治明の葛藤
「……晴明公が、我らを守ろうとしたのではないだと?」
治明の声は、激しい怒りと、それ以上に深い困惑に震えていた。
彼の背後で渦巻く『因果消滅』の闇が、写の放つ青白い光に押し戻されていく。
「そうだ。目を覚ませ、治明」
写は、荒れ狂う呪力の嵐の中を、一歩ずつ確実に前進した。
「晴明が妹・琥珀を救うために瑠璃を利用したのは事実だ。だが、彼は同時に悟っていた。……因果を無理やり繋ぎ合わせるという行為が、後の世にどれほどの『歪み』を生むかをね」
写が掲げた写本の頁が、治明の目の前で激しくめくれ、ある一節で止まった。
そこには、晴明が死の間際に、密かに業平へ送ったとされる文が記されていた。
『在原業平殿。私は妹を救い、罪を犯した。……だが、この歪んだ因果が千年ののちに牙を剥く時、それを正すのは私の血族であってはならない。……それは、貴殿が愛したあの娘と、貴殿の魂を継ぐ者が成すべきことだ』
「……嘘だ。そんなはずがあるものか!」
治明は叫んだ。
「私は、先祖の声を聴いてきた! 歴史を守れ、血を絶やすなと、そう命じられてきたんだ!」
「それは晴明の声じゃない。……お前の中に巣食った、土御門という『家系』そのものが持つ生存本能という名の亡霊だ」
写の言葉は、治明の心の奥底に突き刺さった。
治明は、物心ついた時から「陰陽師の末裔」として、個人の感情を殺して生きてきた。瑠璃を殺そうとしたのも、彼女への憎しみからではない。それが自分の運命だと信じ込んでいたからだ。
ふと、治明は星哉と瑠璃の方を見た。
泥だらけになりながら、必死に端末を操作し、妹の命を繋ごうとする兄。
兄を信じ、千年前の旋律を必死に歌い続ける妹。
その姿は、かつて晴明が守ろうとした、琥珀と晴明自身の姿そのものではなかったか。
「……私は……。何を守るために、この尊い光を消そうとしているのだ」
治明の手から、力が抜けた。
空に浮かぶ五芒星が、カチリと音を立てて逆回転を始める。
「……治明様!? 何をなさるのです!」
闇の中から、土御門一族の亡霊たちが非難の声を上げる。だが、治明はそれを一喝した。
「黙れ。……私は、土御門の当主としてではなく、一人の人間として、この『今』を選ばせてもらう」
治明は、懐から最高位の呪符を取り出し、それを自分の胸へと貼り付けた。
「天城先生! 瑠璃くん!……ワクチンを完成させろ! 因果の揺り戻しは、私がすべて引き受ける!」
「治明、お前……まさか、自分たちの力を封印するつもりか!?」
写が驚きに目を見開く。
「……晴明公が望んだ本当の歴史改変は、陰陽師という『異能』が消えた、人が人の手で命を救う世界だったのかもしれん。……さらばだ、因果の呪縛よ!」
治明が印を組むと、富士の禁足地全体を包み込むような、純白の光が爆発した。
土御門家すべての陰陽師の力を代償に、歴史の歪みを強引に固定する――。
それは、一族の「力」の死を意味すると同時に、瑠璃たちの「未来」を確定させる唯一の儀式だった。
光の中で、星哉の端末が最後の一行を弾き出した。
『ワクチン精製――成功』
治明の声は、激しい怒りと、それ以上に深い困惑に震えていた。
彼の背後で渦巻く『因果消滅』の闇が、写の放つ青白い光に押し戻されていく。
「そうだ。目を覚ませ、治明」
写は、荒れ狂う呪力の嵐の中を、一歩ずつ確実に前進した。
「晴明が妹・琥珀を救うために瑠璃を利用したのは事実だ。だが、彼は同時に悟っていた。……因果を無理やり繋ぎ合わせるという行為が、後の世にどれほどの『歪み』を生むかをね」
写が掲げた写本の頁が、治明の目の前で激しくめくれ、ある一節で止まった。
そこには、晴明が死の間際に、密かに業平へ送ったとされる文が記されていた。
『在原業平殿。私は妹を救い、罪を犯した。……だが、この歪んだ因果が千年ののちに牙を剥く時、それを正すのは私の血族であってはならない。……それは、貴殿が愛したあの娘と、貴殿の魂を継ぐ者が成すべきことだ』
「……嘘だ。そんなはずがあるものか!」
治明は叫んだ。
「私は、先祖の声を聴いてきた! 歴史を守れ、血を絶やすなと、そう命じられてきたんだ!」
「それは晴明の声じゃない。……お前の中に巣食った、土御門という『家系』そのものが持つ生存本能という名の亡霊だ」
写の言葉は、治明の心の奥底に突き刺さった。
治明は、物心ついた時から「陰陽師の末裔」として、個人の感情を殺して生きてきた。瑠璃を殺そうとしたのも、彼女への憎しみからではない。それが自分の運命だと信じ込んでいたからだ。
ふと、治明は星哉と瑠璃の方を見た。
泥だらけになりながら、必死に端末を操作し、妹の命を繋ごうとする兄。
兄を信じ、千年前の旋律を必死に歌い続ける妹。
その姿は、かつて晴明が守ろうとした、琥珀と晴明自身の姿そのものではなかったか。
「……私は……。何を守るために、この尊い光を消そうとしているのだ」
治明の手から、力が抜けた。
空に浮かぶ五芒星が、カチリと音を立てて逆回転を始める。
「……治明様!? 何をなさるのです!」
闇の中から、土御門一族の亡霊たちが非難の声を上げる。だが、治明はそれを一喝した。
「黙れ。……私は、土御門の当主としてではなく、一人の人間として、この『今』を選ばせてもらう」
治明は、懐から最高位の呪符を取り出し、それを自分の胸へと貼り付けた。
「天城先生! 瑠璃くん!……ワクチンを完成させろ! 因果の揺り戻しは、私がすべて引き受ける!」
「治明、お前……まさか、自分たちの力を封印するつもりか!?」
写が驚きに目を見開く。
「……晴明公が望んだ本当の歴史改変は、陰陽師という『異能』が消えた、人が人の手で命を救う世界だったのかもしれん。……さらばだ、因果の呪縛よ!」
治明が印を組むと、富士の禁足地全体を包み込むような、純白の光が爆発した。
土御門家すべての陰陽師の力を代償に、歴史の歪みを強引に固定する――。
それは、一族の「力」の死を意味すると同時に、瑠璃たちの「未来」を確定させる唯一の儀式だった。
光の中で、星哉の端末が最後の一行を弾き出した。
『ワクチン精製――成功』
あなたにおすすめの小説
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
冷酷公爵と呼ばれる彼は、幼なじみの前でだけ笑う
由香
恋愛
“冷酷”“無慈悲”“氷の貴公子”――そう恐れられる公爵アレクシスには、誰も知らない秘密がある。
それは、幼なじみのリリアーナの前でだけ、優しく笑うこと。
貴族社会の頂点に立つ彼と、身分の低い彼女。
決して交わらないはずの二人なのに、彼は彼女を守り、触れ、独占しようとする。
「俺が笑うのは、お前の前だけだ」
無自覚な彼女と、執着を隠しきれない彼。
やがてその歪な関係は周囲を巻き込み、彼の“冷酷”と呼ばれる理由、そして彼女への想いの深さが暴かれていく――
これは、氷のような男が、たった一人にだけ溺れる物語。
皇太子の執着と義兄の献身
絵夢子
恋愛
【最終話公開】
過保護な義兄に守られて育ち社交界デビューを迎えた侯爵令嬢クリスタ。
皇太子妃候補として扱われていることに気づき、愕然とする。
義妹を本家の姫として崇め、守ってきた義兄ビルヘルムは
義務として皇太子に嫁ぎ、その操を捧げることを強いられる義妹に・・・・
誠実で聡明な皇太子リオネルは高潔な淑女クリスタに執着し、徐々に壊れていく
第一章は全年齢OKな内容です。第二章から性的な表現を含みますのでご注意ください。
*主な登場人物*
・クリスタ
堅実な侯爵家の令嬢で謙虚で欲がない。
立ち振る舞いは美しく教養があるが社交界に憧れがなかったためダンスは練習を熱心にしておらず不得意。
恋愛事に疎い。シンプルで肌の露出の少ない服装を好む。
公の場では完璧な淑女ながら、無邪気な面があり、家族、特に義兄のビルヘルムや侍女のジェンには本音を見せ甘えたがり。
・ビルヘルム
侯爵家の傍系男爵家から養子に入りクリスタの義兄となる。
男3人兄弟で育ち、本家の姫であるクリスタに護衛として付き従う。
何よりもクリスタを優先する。
・皇太子リオネル
勤勉で寛大、誠実と評判の皇太子。
子供時代から知っているクリスタと久しぶりに再会してから、クリスタを妃に望み、独占欲から戦略的に囲い込む。
クリスタへの欲望が高まっていき、クリスタが懐いているビルヘルムに嫉妬する。ダンスの名手。
・ウィストリア侯爵
クリスタの父で外務大臣。皇太子はじめ皇族一家の忠臣であり、まじめで信頼を集めている。クリスタのことを思っており、皇太子との結婚で愛娘が幸せになるものと信じている。養子のビルヘルムにも優しく息子として信頼し仕事の補佐をさせている。
・ギルバート・バルモン子爵
クリスタの9歳年上の実兄。ウィストリア侯爵家の跡継ぎ。
外務大臣を務める父に代わり侯爵領を治めながら、皇都の父の補佐も務める。
父からすでにバルモン子爵の位を継承されている。クリスタをつい子ども扱いしてしまう。
伯爵家から嫁いだ妻との間に息子と娘がいる。
※挿絵など画像にはAiを使用しています。
必要とされなくても、私はここにいます
あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。
口出ししない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
ただ静かに、そこにいるだけ。
そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。
張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。
何かを勝ち取る物語ではない。
誰かを打ち負かす物語でもない。
それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。
これは、
声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、
何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました
恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」
交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。
でも、彼は悲しむどころか、見たこともない
暗い瞳で私を追い詰めた。
「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」
私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、
隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
【13章まで完結】25人の花嫁候補から、獣人の愛され花嫁に選ばれました。
こころ ゆい
恋愛
※十三章まで完結しました。🌱
お好みのものからお読み頂けますと幸いです。🌱
※恋愛カテゴリーに変更です。宜しくお願い致します。🌱
※五章は狐のお話のその後です。🌱
※六章は狼のお話のその後です。🌱
※七章はハシビロコウのお話のその後です。🌱
※九章は雪豹のお話のその後です。🌱
※十一章は白熊のお話のその後です。🌱
ーーそれは、100年ほど前から法で定められた。
国が選んだ25人の花嫁候補。
その中から、正式な花嫁に選ばれるのは一人だけ。
選ばれた者に拒否することは許されず、必ず獣人のもとに嫁いでいくという。
目的はひとつ。獣人たちの習性により、どんどん数を減らしている現状を打破すること。
『人間では持ち得ない高い能力を持つ獣人を、絶やしてはならない』と。
抵抗する国民など居なかった。
現実味のない獣人の花嫁など、夢の話。
興味のない者、本気にしない者、他人事だと捉える者。そんな国民たちによって、法は難なく可決された。
国は候補者選びの基準を、一切明かしていない。
もちろん...獣人が一人を選ぶ選定基準も、謎のまま。
全てをベールに包まれて...いつしかそんな法があること自体、国民たちは忘れ去っていく。
さて。時折、絵本や小説でフィクションの世界として語られるだけになった『花嫁たち』は...本当に存在するのだろうかーー。
皆が知らぬ間に、知らぬところで。
法によって...獣人の意思によって...たった一人の花嫁として選ばれた女の子たちが、個性豊かな獣人たちに溺愛される...これはそんなお話です。