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第3章 第5話

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 タカミは小学生の頃から友人を作るのが苦手な性格の少年だった。

 早くから塾通いをさせられていたため勉強は良くできたが、運動は苦手で、特に球技が大の苦手だった。
 体育の授業や運動会で足手まといになるようなクラスメイトは、教室に居場所など出来ず、それどころ下手に勉強ができたがためにいじめの対象にすらなっていた。

 中学生になると、クラスメイト全員が馬鹿に見えるようになり、なんとかしてうまくクラスに溶け込もうとするのは無駄だと考えるようになった。馬鹿な連中と会話をしても自分が得るものは何もないと。
 だが実際には、どうやって他人に話しかけたらいいのかわからなくなっていただけだった。

 小久保ハルミの千年細胞が世間を賑わし始めた頃、タカミはパソコンにのめり込むようになっていた。
 学校に居場所のなかった彼は、インターネットに居場所を求めたのだ。
 ネット上の友人からルーミーという招待制の会員制SNSに招待されたことが大きかった。

 ネットは現実世界に居場所がない者が居場所を求めるイメージがあるが、実際にはネットにすら居場所を作れない者がいる。
 タカミは最初こそ初心者だから仕方ないと優しくされ、うまく立ち回れていたためルーミーに招待されたが、招待してくれた友人すらすぐにタカミから離れていってしまった。

 ルーミーはゲームに特化したSNSで、そこでしかプレイできないブラウザゲームが無数に存在した。
 タカミはテロリスという対戦用パズルゲームが特にお気に入りだった。
 プレイヤーがテロリスト側と被テロ大国側に分かれ、有名なテロリストがさまざまなポーズを取ったブロックを積み上げていき、テロを成功させるか防ぐかを競うゲームだった。

 タカミはそこで毎日ランキングの上位にランクインした。

 タカミより上位には常にミハルというプレイヤーがおり、おそらく女性であろう彼女には一度も対戦で勝てたことがなかった。
 そんな彼女はある日、対戦後彼にチャットメッセージを送ってきた。

『こんばんは、雨野タカミくん』

 タカミは大変驚かされた。
 彼はインターネットを始めてからというもの、ずっとシノバズというハンドルネームを使っており、誰にも一度も本名を明かしたことはなかったからだ。

『君は今13歳、もうすぐ14歳になる中学二年生。
 住所は愛知県名八十三(やとみ)市十字山……』

 しかし、ミハルは彼の本名だけでなく、年齢や住所までずばりと言い当てた。
 ちなみに、八十三市というのが現在の雨野市である。

 彼女は、対戦中に彼のパソコンにコンピューターウィルスを送り込み、彼の預かり知らぬところでパソコンを遠隔操作していたのだという。
 彼はまだクレジットカードを持っておらず、電子マネーも普及していない時代だったから、通販サイトの類いも利用していなかった。
 ネット上には彼の個人情報はどこにもないはずだったが、パソコンを遠隔操作することで、学校の課題などに使用していたワードやエクセルのファイル、契約しているプロバイダーなどから個人情報の特定に至ったのだという。

 本来なら恐怖や危機感を感じるべきだったのだろうが、それよりもたった数分間の対戦中にそんなことが可能なのか、という驚きの方が勝った。

 タカミは彼女に勝つために全力でゲームをプレイしていた。
 一回のミスが大きな命取りになる対戦中、結果として彼は敗北を喫っしてしまった。にも関わらず、彼女にとってゲームの勝利は、ハッキングの片手間にプレイした結果に過ぎなかったのだ。

『ねぇ、君の携帯に電話をかけてもいい?』

 彼女は突然そんなことを言い、タカミが返事をする間もなく、携帯電話に着信があった。
 何故だか電話に出なければいけない気がした。
 今思えば、人生の転機になるような予感があったのかもしれない。

「さっき挨拶したばかりだけど、こんばんは、タカミくん。ミハルだよ」

 大人の女性の声のようでもあり、少女の声のようでもある、不思議な声だった。
 そして、タカミはその声をどこかで聞いたことのある気がした。

「ねぇ、タカミくん、わたしが小久保ハルミだって言ったら、君は信じてくれる?」

 小久保ハルミ。
 その名前を聞いた瞬間、道理で声に聞き覚えがあるはずだ、とタカミは思った。

 だから、

「信じるよ」

 と、彼は答えた。
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