ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

あめの みかな

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第3章 第6話

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 小久保ハルミがなぜタカミを気に入り、ハッキング技術をはじめ、いろいろなことを教えてくれたのかについては、よくわからなかった。

「タカミくんは素直でかわいいからね」

 と言ってくれていたし、

「わたしが小久保ハルミだと知っても、変な目で見ないし」

 とも言っていたが、本当にそれだけが理由だったのだろうか。

 たとえ彼女がその頃にはもうアリステラの再興のために動いており、妹のユワが王族の末裔だと知っていたとしても、彼女がタカミをハッカーとして育てたり、さまざまな知識を与えることに何の意味があったのかわからないからだ。

 彼女は自分を止めてくれる誰かが欲しかった?
 それが雨野タカミという当時中学生の少年だった?
 あの頃、もしタカミが彼女のパソコンをハッキングしていたら、10年後に起きる災厄を止めることができたのだろうか。
 4年前ではなく、14年前にユワの死を止める何らかの方法があったのだろうか。

 年こそ一回り以上離れていたが、純粋に気の合う仲だったから、楽しかったから、だと考えてしまうのは、タカミが女性経験のないまま大人になってしまったからだろうか。
 いまだに我ながら女性に夢を見ているなとタカミは思う。女性は神聖な存在で、女神や聖母のような存在だとどうしても考えてしまう。
 彼が心を許したハルミやユワが遠くに行ってしまったことで、手が届かない故にますます彼の中で神格化されていっているような気もした。

 学生時代に観たり読んだりしておいた方がいい映画や小説、彼の知的好奇心を満たしてくれる中学生にはやや難しい学術書など、タカミは彼女に薦められるままに図書館やレンタルビデオ店を利用して知識を深めていった。
 数ヶ月もしないうちに、得意な分野のものであれば、偏差値の高い大学の入試問題や官僚を目指す者が受ける公務員試験の問題を、タカミはすらすらと解けるようになっていた。

 ハルミと過ごす時間は楽しかった。
 学校に行くより、ハルミとパソコン越しや電話越しに過ごす時間ははるかに有意義で、気がつけば何ヵ月も学校に行っていなかった。
 両親との確執が生まれたのはこの頃だ。
 学校に行かなくなった彼を、父は出来損ないと罵り、母は育て方を間違えたと泣いた。

 タカミのハッキング技術や様々な知識が、ハルミの認めるレベルになった頃、彼女はタカミを警視庁公安部に所属する一条刑事を紹介した。
 希代の詐欺師というレッテルをマスコミや世間に貼られてしまっていた彼女から、警察の人間を紹介されたのはとても意外だった。
 だが、学生時代からの友人だと知らされ、一条刑事の人となりを知るうちに納得した。
 彼は長いものに巻かれるタイプでは決してなく、自分の目で見、感じたことだけを信じる、実直でまっすぐに芯の通った刑事だったからだ。
 タカミはハルミに恋心を抱いていたから、ふたりの関係が本当にただの友人なのか気になったりはしたが、一条刑事が相手なら仕方がないと思えた。

 タカミのハッカーとしての警察への捜査協力はそんな風に始まった。
 早々に、過激派テロ組織「九頭龍獄(くずりゅうごく)」による核兵器の密輸入や、カルト教団「千のコスモの会」による首相暗殺を、驚くほど簡単に未然に防いでしまった。

「育て方を間違えた」「出来損ない」の息子の口座に、毎月両親の年収以上の大金が振り込まれ、警察から感謝状が送られてくるようになると、両親はもうタカミが学校に行かず部屋からでることさえなくなっても何も言わなくなった。その代わり、褒めてくれさえもしなかった。

 子どもというものは、出来損ないでも出来すぎてもいけないということを、タカミは14歳にして知った。




 家族の中では妹のユワだけが変わらずにタカミに接してくれた。

 その頃のユワはまだ幼稚園児で、何もわかっていなかっただけなのかもしれない。
 だが、小さな子どもは大人が思っている以上にいろいろなことを感じ、考えているものだ。それを言語化する能力が追い付いていないだけだ。
 ユワは、家の中にぴりついた空気が流れていることを察知して、タカミが孤立しないように振る舞ってくれていたように思う。

「おにいちゃん、さいきん、いつもだれとおでんわしてるの? もしかして、かのじょ?」

 ユワが、そんなことを聞いてくるくらい、彼は毎日のようにハルミと電話やビデオ通話をしていた。

「わたしもね、ようちえんにすきなおとこのこがいるんだよ」

 ユワからはじめてショウゴのことを聞いたのも、確かこの頃だった。
 ふたりが付き合いはじめたのは中学に入ってからだったから、ユワは長い初恋を実らせて、大好きな男の子に最期を看取られたのだ。

 ユワは幸せだったのだろうか。
 そうであってほしかったが、きっともっと普通に生きたかったに違いなかった。
 だが世界がそうさせてはくれなかった。


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