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第7章 第2話

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 タカミは一条の死体を、マンション周辺の監視カメラをハッキングして確認することにした。
 死体を見つけ、弔ってやらなければと思った。アンナの死体もいっしょに弔ってやらなければいけない。

 土葬になってしまうが、ユワが好きだった堤防沿いの藤公園がいいだろう。
 遺伝子改良によって一年中花を咲かせるあのきれいな万年藤の藤棚が、今もまだ枯れずに残っているといいが。

 そこに中学生時代のショウゴやユワの友人であった山汐リン(やましお りん)や返璧マヨリ(たまがえし まより)の遺体が、ショウゴの手により埋められていることなど、タカミは思いもよらなかった。
 同じ市内に生まれ育った者というのは、まだ関わりがなかった時期でさえ同じ場所の思い出を共有しているものだ。自然と行動パターンが一致するのだろう。

 生身で運ぶには少し遠いが、地下駐車場には一条の車がある。アンナも車を持っていたかもしれない。
 問題は運転免許を持っているのが、死んでしまった一条と、年齢的にアンナくらいだということだったが。ショウゴやアナスタシアは災厄前には免許を取れる年ではなかった。
 免許くらい取っておけばよかったか。
 いや、きっと自分には無理だっただろう。
 運転を覚えることは容易いだろうが、狭い密室で教官とふたりきりになることがまずタカミには無理だった。
 タカミは中学生の頃から引きこもりであったから、ゲームセンターにあるような本物の車の運転に近いレースゲームを遊んだことすらなかった。家庭用ゲーム機のマルオカートやF-零式といったものしか遊んだことのなかった。

 タカミはパソコンでハッキングプログラムを起動させた。
 あらゆるプログラム言語に対応するよう作られた彼のハッキングプログラムの名は「W.E.X.M.(ウィクスム)」。
 彼が好きなアルファベットを並べただけの名前であったが、ネット上ではアルファベットはそれぞれ単語の頭文字であるとされ、かつて「機械仕掛けの魔女(witch ex machina)」と呼ばれていた。
「魔女ディローネ」と呼ぶものもいた。4年前に日本中の数百万台のドローンをハッキングしたことがあったから、"drone"からディローネと名付けた者がいたのだろう。
 機械仕掛けの魔女ディローネ。
 悪くない名前だった。

 タカミはディローネを使い、監視カメラだけでなく、ドローンも何台かハッキングし操作したが、一条の死体はどこにも見つからなかった。
 その代わり、一条としか思えないほどよく似た、全裸の男が、一条ではありえない怪我ひとつない手足で颯爽と歩いている姿を見つけた。半裸ならまだわかる。だが何故全裸なのか。

 その男はタカミが操るドローンの気配に気付くと、右手に持っていた拳銃で即座に撃ち落とした。
 新たに投入したドローンには、常に拳銃の射程距離以上から男を尾行させたが、またしても気付かれてしまった。
 建物の壁を上り、建物から建物へと飛び移る驚くべき身体能力で一瞬にして距離を詰められ、ドローンは手刀で叩き潰された。

 その男が一条によく似た男などではなく、驚異的な治癒能力を持つ細胞を開花させた一条ソウマの体を乗っ取った遣田ハオトのコピー人格であることや、一条の記憶さえも持っていること、ドローンを操作しているのがタカミであることを見抜かれていることなど、タカミは知るよしもなかった。

 タカミはドローンでの追跡を諦め、監視カメラだけでその男を追うことにした。
 しかし、それすらも見抜かれていた。
 監視カメラは次々と拳銃で撃ち抜かれ、追跡するのは困難となってしまった。拳銃はとうに弾が切れているはずであり、リロードするそぶりは一切なかったにもかかわらず、監視カメラは撃ち続けられた。

 だが、それでもタカミは追跡の手を止めなかった。
 人工衛星をハッキングし、街中の至るところに乗り捨てられたドライブレコーダーを同時にハッキングしたのだ。

 一条に似たその男は、やがてマンションから少し離れた公園に待機する一台のヘリコプターにたどり着いた。マンション前にある小さな公園とは別の大きな公園だ。
 ヘリコプターのドライブレコーダー(?)に映るその男がやや驚いた表情を見せたことから、それは男にとって予定外の存在であったようだ。

 タカミがドローンや監視カメラで追跡したことにより、その男をそのヘリにたどり着かせてしまった。
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