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第7章 第7話

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 人類が生き残れるかどうかは、すべてはレインに託されていた。

 レインほどのエーテルの使い手は、アリステラの女王候補になりえる、と遣田ハオトが言っていたという。
 しかもそれが生まれつきであることから、彼女にも女王の血が流れているのだろう、と。
 女王の血はふたつに分かれていたと考えてまず間違いない、と。

 女王の血を引き、女王になる資格を持つ者は体内にエーテルを持つ。
 そのため、小久保ハルミが千年細胞を元にエーテルを生み出す前から、幼いレインはエーテルの扱いに長け、炎や氷に変える力があったのだろう。

 だから遣田はレインを殺害しようとし、アンナがその犠牲になってしまった。
 彼にとって、レインはアリステラや女王の存在と同等の脅威だったのだ。

 タカミが考えた人類が生き残るための方法とは、アンナが殺されたときの監視カメラの映像の中で遣田が見せた「別の場所と繋がるゲート」を、彼が作ったような自衛隊駐屯地の武器庫からマシンガンを取り出すためだけの小さなものではなく、半径数十~数百キロのものを作ることにより、新生アリステラを元々存在していた異世界へ帰す、というものだった。

 それが可能なのはレインだけだ、とタカミから言われたが、彼女は自分にそんなことが出来るとは到底思えなかった。

「そんなことが可能なら、アリステラの歴代女王がすでにしていてもおかしくはないのではないですか?」

「確かにね。でも女王はこの間の放送で、10万年前にこの世界に転移してきたアリステラが、エーテルの力で野蛮なホモサピエンスと戦って、一度は大陸全土を支配したと言っていただろ。
 だけど、エーテルを使いきってしまったために、その支配は100年ほどしか持たずに逆に滅ぼされてしまったって」

 確かにそう言っていた。その放送は、レインもアンナといっしょに観ていた。
 アンナはそれを観て、このまま地上にいるのは危険だと判断し、教団に連絡をとってヘリを手配していた。
 レインが教祖になる意思を表示したと嘘をつき、今後起こり得るだろう大地震や大洪水などを回避可能な空へ、地上から5000メートル程の高さの雲の上へと逃げようと考えたのだ。

 転移してきたばかりのアリステラは戦時下にあり、それどころではなかったのではないか、というのがタカミの考えだった。

「戦争でほとんどエーテルを使いきってしまって、大陸全土を支配してもその後は100年しかもたなかったわけだから、戦争の後にはもう帰りたくても帰るために必要なエーテルがなかったとも考えられるよね」

 というのはショウゴの考えだった。

「100年の間に女王は2回か3回は代替わりしていたと思うから、エーテルが足りなかっただけじゃなく、元の世界に帰りたくても帰るべき世界がどこにあるのかが、もうわからなくなっていたかもしれないね」

 なるほど、と思った。このふたりは頭がいい。憶測だと言われてしまえばそれまでだが、たったあれだけの情報からここまで推理ができるのかと感心した。

「あるいは、歴代女王にも今の女王にも、そこまでの力がなかったのかもしれない」

 だから、新生アリステラの女王は小久保ハルミが作り出した新たなエーテルを手に入れても、元の世界に帰れないでいるのだ。

 だが、それは女王だけではなく、レインもまた同じだった。

 新生アリステラが帰るべき異世界がどこにあるのかなんて誰もわかるはずがなかった。
 人類は自分たちが存在する宇宙のことですらほとんどわかっていなかった。
 宇宙が無数に存在するというマルチバース理論も、その証明さえされていないのだ。

 だけど、レインが見つけるしかなかった。
 それは他の誰にも出来ないことだからだ。

 厄介なことに、超巨大台風の出現により、新生アリステラには飛行機などでたどり着くことが困難になってしまってもいた。

 レインは新生アリステラに繋がるゲートを作り、ゲートをくぐった先の中東に、さらにアリステラを元の世界に帰すゲートを作らなければいけなくなってしまったのだ。

 気象衛星の映像から、首都アルコンには巨大な翡翠色の建造物が建っていることが確認できた。
 一週間前の映像にはそれはまだなく、5日前の映像に突如としてそれは現れていた。
 レインはそれを一目見て、結晶化したエーテルによる建造物だとわかった。

 エーテルは、手のひらに集束させ凝縮させることで炎や氷、風、土、雷に変えることができる。
 凝縮させればさせるほど、そこから変化した炎や氷などの威力が高まるのだが、凝縮させすぎると結晶化してしまう。
 結晶化したエーテルは、翡翠色の鉱物となる。それは、どんな金属よりも硬く、おそらくは世界中の神話に登場するオリハルコンやヒヒイロカネなどいった神の金属と呼ばれるものだった。

 レインは幼い頃からその結晶化を何度も経験していた。
 何度も経験し、結晶化する寸前のタイミングで炎や氷などに変化させるすべを身に付けてもいた。

 結晶化したエーテルは、ただ硬いだけでなく、非常にしなやかでもあった。
 結晶化したエーテルで作られた武器にはおそらく切れないものも貫けないものもない。防具は可動領域を確保するためにどうしても関節部が弱点となってしまうが、結晶化したエーテルであればそれも克服できてしまうだろう。

 だが硬さやしなかやかさは、結晶化したエーテルが持つ特性の一端でしかなかった。
 結晶化したエーテルは、形状を記憶する液体金属という一面を持っていた。
 人の脳の微弱な電気信号によって、思うままに形を変化させることができるのだ。構造さえ理解していれば、拳銃などをまるで3Dプリンターのように作ることが可能だった。
 レインは実際にアンナのために拳銃を作ったことがあった。その拳銃は警察が正式採用しているものの設計図を見ながら作ったのだが、その射程距離や殺傷能力は警察の拳銃の何倍もあった。

 レインがエーテルを結晶化させて作ったことがあるものは、玩具やアクセサリーや拳銃といったものばかりだったが、大量のエーテルを用いれば建築物を作ることもまた可能だということなのだろう。頭の中か目の前に設計図があればレインにも作れるかもしれなかった。

 超巨大台風に周囲を守られ、その目の中に位置する翡翠色の巨大な建築物はもはや要塞だった。
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