ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

あめの みかな

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第8章 第1話

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 何故アリステラはまだこの世界にいるのか。
 何故この世界にこれからも居座り続けるつもりなのだろうか。
 人類を滅ぼしてまで。

 共存することは可能なはずだった。
 少なくとも、4年前まで、いや、小久保ハルミが千年細胞を発見した14年前までは、10万年もの間共存できていたはずだった。

 そんな風に思ってしまうのは、自分がアリステラ人の末裔ではないからかもしれない。
 日本人の多くが、近隣諸国の反日感情を理解できないように。あるいは、同じ日本人でありながら、内地と呼ばれる場所に住む者が、沖縄の人々の気持ちを理解できないように。

 タカミがパソコンの前で頭を悩ませていると、ショウゴが部屋のドアをノックした。

 ドアを開けると、そこにいたのはショウゴではなくレインであり、

「少しだけよろしいでしょうか。
 湯船に浸かっていたら思い出したことがあるのですが」

 彼女は風呂上がりであり、バスタオルを肩にかけただけで、

「レインさん、とりあえず服を着ようか」

 下着すら身につけておらず、全裸だった。

「幼い頃、母から不思議なおとぎ話を聞いたことがあるのを思い出したのです」

 だから服をね、と言いかけたが、やめた。
 彼女や彼女の母親もまた、アリステラの女王の末裔かもしれないということを思い出したからだ。

「どんな話?」

「クルヌギアという国のお話でした」

「帰還する事のない土地、冥界という意味のシュメール神話の言葉だね」

「そうなのですか? それははじめて知りました」

 タカミが知っていたその言葉は「クル・ヌ・ギア」というものであり、レインの母が話したという「クルヌギア」とは全く別の意味の言葉かもしれなかったが。

「タカミさんは本当に物知りなんですね」

「まぁ、僕も、もういい年なので」

 人生のちょうど半分を引きこもっており、来年にはとうとう引きこもりが人生の半分を超えるような自分を果たしていい年と言っていいものかどうかははなはだ疑問だったが、一応アラサーであったからいい年ではあった。

「クル・ヌ・ギア」は、彼がまだ小学生だった頃、パッケージに惹かれてお年玉をはたいて買ったゲームのタイトルに使われていた言葉であり、小学生だった彼に二度とゲームのジャケ買いはしないと決意させてくれたほどの、ある意味では人生において大切なことをひとつ教えてくれた言葉でもあった、ということはさすがにレインには言えなかった。

 この目の前にいる全裸のお嬢様は、

「そのようなゲームがあるのでしたら是非やりたいですわ!」

 とか言い出しかねないからだ。
 ゲーム機もそのソフトもタカミの部屋にまだあった。

「クルヌギアについて、母は祖母から聞いたと言っていました」

 おそらくその祖母は曾祖母から聞かされており、代々語り継がれてきた話だったのだろう。

「わたくしや母、祖母の遠い遠い先祖が、どうやらその国の出だったそうなのです。
 わたくしがもし、アンナを殺した遣田という人が言っていたように、ユワさんと同じアリステラの王族の末裔だとしたら」

「クルヌギアは、アリステラのことかもしれない?」

 アリステラが滅亡した10万年前から語り継がれてきた話だとしたら、女王やその民の末裔であることを隠さなければいけない時代があったのだろう。
 アリステラの末裔であると知られれば、野蛮なホモサピエンスから迫害や拷問を受けていた時代が、滅亡後の数百年くらいはあってもおかしくはなかった。
 いまだに世界には1000年以上前から迫害を受け続けている民族が存在している。
 新生アリステラがあるヤルダバの人々がそうだった。彼らもまたアリステラの民の末裔だった。
 クルヌギアにヤルダバ、国の名前を変えなければ、祖国を維持することも祖国の話を語り継ぐこともできないのは悲しい話だった。

 レインは、ゆっくりとうなづくと、

「あの……わたくし、いつからこんな破廉恥な姿で……?」

 その視界に、どうやら自分の裸体が入ったらしい。
 ようやく、風呂上がりに全裸でタカミの部屋を訪ねたという、ショウゴに見られたら誤解されかねない状況に気づいてくれたようだった。

 悲鳴を上げてリビングに走っていくレインに、ショウゴが「どうしたの?」と尋ねるのが聞こえた。
 彼女の姿を見て、わっ、と驚きの声を上げていた。
 ショウゴに泣きつくレインの声が聞こえてきたとき、ああ、終わったな、とタカミは思った。


 数分後、服を着て戻ってきたレインのそばには、ジト目でタカミを見るショウゴの姿があった。

 軽蔑。
 不信。
 呆れ。
 タカミを見下すショウゴの負の感情がしっかりと込められた半目で、じっとりと見られていると、

「ぼく、なんにもしてないよ? ほんとに! ほんとだから!」

 本当に何もしていないし、するつもりもないのに、気づくと言い訳のような言葉を口にしていた。

 災厄の時代の前にあったという、痴漢冤罪に問われた人のつらさを、タカミは垣間見た気がした。

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