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第10章 第14話

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 腕立て伏せも満足に出来ないタカミの腕は、城塞戦車の外壁に刺した2本の剣にぶら下がった後、すぐに限界がやってきた。
 下半身を切り落とされ上半身だけになった8翼のアシーナは、翼のうちの2枚を広げ、そんな彼のそばにまでやってきた。

「わたしをここまで手こずらせ、アマヤにあそこまでダメージを与えるとは……」

 殺すには惜しいホモサピエンスだ、アシーナはそう言いながらも、その手のひらや6枚の翼にはタカミに向けて魔法を放つ準備がすでに整っていた。

「2翼分威力は落ちるが、それでもアマヤが放とうとしていた大量破壊魔法と同じ威力はあるぞ」

 彼女たちの魔導人工頭脳は、情報の並列化により、レインを殺すことはできなかったが、どうやらタカミを殺すことはできるらしい。
 レインと違い、アンナくらいしか生前からタカミを知る者がいないからだろうが、あんまりな話だった。そのアンナとすら、彼は直接会ったのは一度か二度で、挨拶を交わした程度であったから仕方がなかったが。
 ユワの人格は目覚めてはくれなかったのだろうか。

「最後に言い残すことはあるか?」

 アシーナは勝利を確信しているためか、随分と余裕だった。

「山ほどあるよ」

 タカミがそう答えると、それは困った話だな、と彼女は機械の顔についた鼻で笑うような素振りを見せた。

「全部聞いてやりたいところだが、また他の女王たちに邪魔されては困ってしまう。
 それに貴様のその細腕も限界が近いだろう」

 だからこそ、タカミはそこに勝機を見いだすことができた。

「伸びてくれよ! 白雪!!」

 ハルミが千年細胞から産み出したエーテルは本物のエーテルとは異なり、エーテライズを行わなくとも大気中に存在するだけで電力や電波の代わりになってしまう、便利なまがい物だ。
 それはつまり、脳の微弱な電気信号によってその形状を変化させるヒヒイロカネに直接手で触れなくても、タカミの脳波が届きさえすればいいのだ。大気中のエーテルに脳波を乗せることができればよかった。
 それが出来るのはエーテルの扱いに長けた者だけだが、白雪に関してだけは違っていた。
 レインがショウゴのために、脳波だけでなく言葉に反応して形状を変化させることができるようにしていたからだ。
 もしかしたらショウゴの声だけに反応する仕様になっていたかもしれなかった。だから白雪がタカミの声にも反応するかどうかは、正直なところ賭けだった。
 、、、、、、、、、、、、、
 だが、嫌な予感はしなかった。
 だからきっと大丈夫だろうと彼は確信していた。

 アマヤの体に槍と共に刺さったままだった白雪の刀身は、大気中のエーテルを通じてタカミの命令を受信した。
 伸びた刀身は体勢を崩していた彼女の体に刺さったまま、一度女王の間の床に突き刺さり、彼女を逃げられないようにした後で、

「あれはなんだ? まさか、アマヤに刺さっていた刀か?」

 さらに刀身を伸ばし続けてくれたため、柄がタカミやアシーナの真上にくる程まで伸びてくれた。
 その剣先は、女王の間の床を貫き、下の階層やさらに下の階層の床や壁を貫通していたことだろう。

「もっとだ! もっと伸びてくれ! 曲がれ、白雪!! 曲がってきてくれ!!!」

 白雪の伸びた刀身の根本にある柄が、タカミの脳波や言葉に反応し、まるで追跡弾のようにアシーナに向かっていく。

「なんだ……なんなんだ、これは……なぜわたしを追跡できる……?」

 アシーナは追跡してくる白雪の柄をかわすことに気を取られてくれた。
 どこまでも追跡してくる白雪に対し、タカミを殺すために準備していた魔法を放つしかなかった。
 大陸をひとつ消失させるほどの威力を持つ大量破壊魔法を、その対象範囲をタカミひとりに絞ることで威力を極限まで高めていたその魔法は、今の白雪のように素早く動くものを狙い撃つことが難しいだろう。
 案の定、魔法は白雪に当たらず、浮遊するために使っていた翼の1枚にその柄が直撃すると彼女は空中で大きくバランスを崩した。

「いいぞ、白雪! そのまま、その機械の女を捕えろ!!」

 白雪は命令に従い、刀身を縄のようにしてアシーナを捕らえた。
 さらには、同じヒヒイロカネ同士という性質を利用して、その刀身は翼や手のひらを使えないように彼女の体と一体化した。

「すごいな、白雪……
 世が世ならお前は伝説の武器になってたんじゃないか……?」

 白雪が命令以上、期待以上の働きをしてくれたのを見届けると、2本の剣の柄を握っていたタカミの手は離れた。

「本当に最後までくそったれな世界だったなぁ……」

 その言葉とは裏腹に、タカミは満足そうな表情で落下していった。
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