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第10章 第16´話

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 アシーナはおそらく何かを企んでいた。

 その証拠に、本来ならば魔導人工頭脳が持つ並列化の機能によって、アマヤの疑問はすぐにアシーナの思考が並列化されることによって解決するはずだった。
 だが、アマヤには彼女が何を企んでいるのか全く伺い知ることができなかったのだ。

「アシーナ様……あなたは一体何を企んでいらっしゃるのですか?」

 アマヤがそう訊ねたとき、

「10万年ぶりですか。こんなにきれいな夕日を見るのも」

 アシーナは遠くの空に沈む夕日を見ていた。

「10万年ぶりに目覚めたかと思えば、初日からお互いに大変な1日になってしまいましたね」

 彼女たちアリステラの歴代の女王らが、人造人間兵士たちの魔導人工頭脳の中に再誕してからまだ数時間しか経っていなかった。

「もっともこの体は疲れを知らず、食事や睡眠を摂る必要もなさそうですが」

 アシーナは自らの機械の手足や翼を見て、自嘲した。

「答えなさい、アシーナ!
 あなたは一体何を企んでいるのです!?」

 声を荒げるアマヤの目の前で、アシーナの背中から翼が1枚、そして脚が1本抜け落ちた。翼と脚は甲板にゴトリと音を立てて転がった。

「なぜ、翼と脚が……?」

 身体の修復が不完全だったのか?
 いや、違う。
 彼女が自ら身体パージしたのだ。
 アマヤの目にはそのようにしか見えなかった。

 並列化によりあらゆる情報を共有した女王たちであったが、女王としての力はそれぞれ異なっていた。
 あくまでヒト型であった人造人間兵士の体に、翼が生え、脚が増えたのは、より戦闘に特化した姿が、女王たちの創意によって定められたからだった。
 翼や脚の数は女王としての力に比例していた。
 それをわざわざパージし、力を落とすようなまねをなぜするのか、アマヤには全く理解できなかった。

「ごめんなさいね、アマヤ。『偶数翼の女王』には何も教えてあげられないの」

「偶数翼……? アシーナ様、何を言っているの?」

 アマヤはアシーナの体から落ちた翼や脚に気を取られすぎていた。

 だから、背後に9枚の翼と9本の脚を持つ新たな女王が現れたことに気付けなかった。

「同じ魔導人工頭脳を持ちながら、アシーナ様と情報の並列化ができない時点で、気付いてほしかったわ。
 かわいそうなアマヤ。あなたは本当に残念な子ね」

 新たに現れた女王のその9枚の翼に優しく抱(いだ)かれて、アマヤはようやくその存在に気づいた。

「その声は……もしかしてお母様……?」

 9翼の女王は、アマヤの母親であり、先代の女王である存在、アレクサだった。

「あなたは子供の頃からちっとも変わっていないのね。
 いつも言い聞かせていたでしょう?
 落ち着きがなく、注意力が散漫で、感情的になりやすく、集中するとすぐまわりがまったく見えなくなる。
 何度も何度も治しなさいと注意したはずですよ。
 そのくせ、あなたは学問も芸術も魔法も何も取り柄がなかった。
 国を治める器もなかったのに、わたしの死後、姉のアマラを殺してまで女王になり、最後には国を滅ぼした。
 そうよね? アマヤ」

 アレクサは、アマヤを抱く9枚の翼から彼女の体をその身に取り込み始めていた。

「お母様? 一体何をなさってるの!?」

「馬鹿な子にはお仕置きをしなくちゃいけないでしょう?
 大丈夫。痛くはしないから」

「お母様! ごめんなさい!! わたしが悪かったわ!」

「あなたの謝罪はいつも口だけ。
 アリステラを滅ぼしたのは、他の誰ででもなく、あなただということに、一体いつになったら気付くのかしら」

「本当にごめんなさい! 気付いていました!
 わたしは女王になるべきじゃなかった!!
 アマラお姉様が女王になっていれば、アリステラはきっと滅びなかったわ!!」

「ですって、アマラ。
 あなたはどう思う? この子、本当に反省しているのかしら?」

 アレクサは、アマヤに殺されたという、どこかにいるもうひとりの娘、アマラに話しかけた。

「……そう。やっぱり、あなたもそう思うのね」

 アマヤには、アレクサが何を考えているのか、姉のアマラとどんな会話を交わしたのか、その情報の並列化が全くできなかった。

「お母様! 命だけは! わたしの命だけは助けて……」

「わたしの命だけ? ほら、やっぱりあなたは何もわかっていない。
 それに、皇女たるもの、どんなときも常におしとやかに、常に王族の品格を保つようにと口酸っぱく教えたはずですよ」

「いや……わたし、消えたくない……せっかく黄泉返ることができたのに……今度こそ野蛮なホモサ……」

 アマヤの体は完全にアレクサに取り込まれた。
 アレクサの体は、アマヤを取り込んだからか、9枚の翼は15枚に、9本の脚は15本になっていた。

「アシーナ様、娘が大変ご無礼を致しました。申し訳ありません」

「構わないわ。でも、偶数翼の強硬派のふりをするのはさすがに疲れるわね」

 アシーナはタカミの死体に目を向けた。

「何より、死ぬ必要のなかった青年を死なせてしまいました」

 彼女は本当に彼の死を悲しんでいた。

「アマヤだけならまだしも、アシーナ様も相手にして、あれだけの立ち振舞い。
 まさに英雄アンフィスの名を受け継ぐに相応しい青年でしたね……」

 アレクサもまた、タカミの勇姿を褒め称えた。

 アシーナは彼の死体を抱き上げると、愛おしそうにその唇にキスをした。

「随分その殿方をお気に入りになられたようですね」

「ええ、わたしの夫に本当にそっくりだわ」

 ふたりは空高く舞い上がった。
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