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第11章 第2話
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「アシーナ様の時代の人類とのファーストコンタクトから数百年ほどの間こそ人類とアリステラの関係は最悪でしたが、人類が我々アリステラと共存可能であることは、この星での10万年の歴史が証明しています。
偶数翼の強硬派は、この頭の中にある魔導人工頭脳によって、歴代の女王の知識や記憶、経験などの記録の並列化を行ったにも関わらず、そのことを理解できなかったわけですから……」
「やっぱり、お馬鹿さんばかりということね。まったく仕方のない人たちだわ。
すでに人類の半分に、アリステラの血が混じっているんでしょう? 自分たちの子孫でも、野蛮なホモサピエンスの血が混じっていれば皆殺しにするつもりなのかしら。
一体どちらが本当に野蛮なのかわからないわね。どうかしてるとしか思えないわ」
「歴代の女王たちはほとんど第43代の女王ステラ様と大賢者ピノア様の呼び掛けに応じていますから、我々奇数翼の穏健派が大多数を占めています。
ですが、問題はアリステラの滅亡後に差別や迫害を受け続けてきた王族の末裔たちですね」
「そうね。機械の体を与えられたのは、わたしたちのような女王だけではないものね。
アリステラが最初に転移してきた土地は、今はヤルダバと言ったかしら、あの地に残っている純血のアリステラ人は、いまだに差別や迫害を受けているのでしょう?」
「はい、80年ほど前には、とある国の独裁者によって、純血・混血に関わらず、160万人以上のアリステラ人が強制収容所に捕らわれ、ガス室に送られては虐殺されたという歴史もあります。
アリステラ人としてではなく、あくまでヤルダバ人としてではありましたが。
160万人という数もあくまで推測でしかないようで、それ以上の、2倍3倍の人数が虐殺されたとする説もあるようです。
そのため、アリステラの末裔たちの中には、いまだに人類を野蛮なホモサピエンスと呼称する者も少なくありません。新生アリステラなどという組織が生まれることにもなりました」
青年にはふたりが何を話しているのかさっぱりわからなかったが、耳だけはちゃんと聞こえていた。
ふたりが何者かもわからないが、その会話はさすがに幻聴というわけではないだろう。
だが、手も足も首も目も口も鼻も耳も、自分がそういうものを持っており、どんな風に使っていたかはなんとなくわかったが、それらが今の自分のどこにあるのかさえ、青年にはわからなかった。
そうやって脳で考えていることもわかっているのだが、その脳がどこにあるのかわからないのだ。
青年は、自分がベッドか何かに寝かされているのか、それともSFチックな医療ポッドの中で漂っているのかすらもわからなかった。
事故にでもあったのだろうか?
一命はとりとめたものの大怪我をおってしまったために、体を動かすことができない、そういうことなのだろうか。
事故?
自分がどこか高いところから落下しているようなイメージが、ふと頭の中にフラッシュバックした。
翡翠色の、城か神殿のような大きな建造物の外壁のようなものと、美しい夕焼けが見えた。
落下している自分が見た景色だろうか。
あれは一体どこだっただろう。いつ起きた出来事だったのだろう。
何枚もの翼と何本もの脚が生えた、機械のような存在の姿も見えた。
その存在は、天使のようにも悪魔のようにも見え、神のようにも見えたし、そして女性のようにも見えた。
落下していく自分を悲しそうな表情で見ていた。
青年は、
--あぁ、ぼくは一度死んだんだ。
と、それだけは思い出すことができた。
だとしたら、今ここにいるぼくは何なのだろう。
死んだことを思い出すと、青年には新たな疑問が生まれてしまった。
それにここは死後の世界というやつだろうか。
だとしたら、会えるなら会いたい人が何人かいたような気がした。
だが、その人たちの顔も名前も青年には思いだせなかった。
「アンフィスの弟子の亜人のひとり、あの男は何て言ったかしら?
そのヤルダバ人の大量虐殺は、あの男が関わっていそうな案件ね」
「ヤルダバオトですか。確かに、あの男は他者の肉体に憑依する能力を持っていましたから、独裁者かその側近に憑依していた可能性は十分にありますね。
独裁者はどうやら随分とオカルティズムに傾倒していたようで、『聖なる遺物』を集めていたようですし」
「聖なる遺物?」
「聖櫃(せいひつ)や聖槍(せいそう)、賢者の石など、それを手にした者は世界を手に入れる力を持つだとか、不老不死を得るなどと伝えられる、神話や伝承の中に登場するような物のことです。
もしかしたら、それらはすべて、滅亡したアリステラの遺物が、その名前や役割を変えたものだったかもしれません。
独裁者がアネタルであったなら、自分ひとりでは到底見つけられないほど、世界中に散らばってしまったアリステラの遺物を、国をあげて集めさせていたとも考えられます」
「そう……死んだのよね、あの男。
アンフィスと他の9人の弟子たちを自害に見せかけて殺して、その能力を奪ったあと、10万年もの間、憑依を繰り返してはその体を使い捨て生き長らえていたようだけれど」
「はい、オリジナルもコピーもどうやらもう存在していないようです。コピーは小久保ソウジという少年の中にいたものが最後だと。
ステラ様やピノア様も、あの男の存在を危惧していらしたようですから、すぐにお調べになられていました」
「それなら安心だわ。
で、実際のところ、偶数翼の強硬派はどれくらいいるのかしら?」
「数だけで言えば、我々の数十倍、あるいは100倍以上の勢力になるでしょう」
「そこに、新生アリステラとかいう組織の残党までが加わるわけね……
正直な話、あなたはどう考えているの? わたしたちは勝てるのかしら?」
「はっきり申し上げて、分が悪いです。
この時代に生きる、女王の最後の末裔までが、つい先程新生アリステラの残党に確保されたようですから、偶数翼の象徴として担ぎ出されることも時間の問題かと」
「あぁ、あの子。確か名前はアナスタシアと言ったかしら。
彼は朝倉レインと呼んでいたようだったけれど。
せっかくわたしが芝居を打ってアマヤから逃がしてあげたのに、随分簡単に捕まってしまったのね」
アナシタシア?
朝倉レイン?
その名前に青年は聞き覚えがある気がした。
だが、それが女の子の名前だろうということはわかっても、それ以上のことは何も思い出せなかった。
偶数翼の強硬派は、この頭の中にある魔導人工頭脳によって、歴代の女王の知識や記憶、経験などの記録の並列化を行ったにも関わらず、そのことを理解できなかったわけですから……」
「やっぱり、お馬鹿さんばかりということね。まったく仕方のない人たちだわ。
すでに人類の半分に、アリステラの血が混じっているんでしょう? 自分たちの子孫でも、野蛮なホモサピエンスの血が混じっていれば皆殺しにするつもりなのかしら。
一体どちらが本当に野蛮なのかわからないわね。どうかしてるとしか思えないわ」
「歴代の女王たちはほとんど第43代の女王ステラ様と大賢者ピノア様の呼び掛けに応じていますから、我々奇数翼の穏健派が大多数を占めています。
ですが、問題はアリステラの滅亡後に差別や迫害を受け続けてきた王族の末裔たちですね」
「そうね。機械の体を与えられたのは、わたしたちのような女王だけではないものね。
アリステラが最初に転移してきた土地は、今はヤルダバと言ったかしら、あの地に残っている純血のアリステラ人は、いまだに差別や迫害を受けているのでしょう?」
「はい、80年ほど前には、とある国の独裁者によって、純血・混血に関わらず、160万人以上のアリステラ人が強制収容所に捕らわれ、ガス室に送られては虐殺されたという歴史もあります。
アリステラ人としてではなく、あくまでヤルダバ人としてではありましたが。
160万人という数もあくまで推測でしかないようで、それ以上の、2倍3倍の人数が虐殺されたとする説もあるようです。
そのため、アリステラの末裔たちの中には、いまだに人類を野蛮なホモサピエンスと呼称する者も少なくありません。新生アリステラなどという組織が生まれることにもなりました」
青年にはふたりが何を話しているのかさっぱりわからなかったが、耳だけはちゃんと聞こえていた。
ふたりが何者かもわからないが、その会話はさすがに幻聴というわけではないだろう。
だが、手も足も首も目も口も鼻も耳も、自分がそういうものを持っており、どんな風に使っていたかはなんとなくわかったが、それらが今の自分のどこにあるのかさえ、青年にはわからなかった。
そうやって脳で考えていることもわかっているのだが、その脳がどこにあるのかわからないのだ。
青年は、自分がベッドか何かに寝かされているのか、それともSFチックな医療ポッドの中で漂っているのかすらもわからなかった。
事故にでもあったのだろうか?
一命はとりとめたものの大怪我をおってしまったために、体を動かすことができない、そういうことなのだろうか。
事故?
自分がどこか高いところから落下しているようなイメージが、ふと頭の中にフラッシュバックした。
翡翠色の、城か神殿のような大きな建造物の外壁のようなものと、美しい夕焼けが見えた。
落下している自分が見た景色だろうか。
あれは一体どこだっただろう。いつ起きた出来事だったのだろう。
何枚もの翼と何本もの脚が生えた、機械のような存在の姿も見えた。
その存在は、天使のようにも悪魔のようにも見え、神のようにも見えたし、そして女性のようにも見えた。
落下していく自分を悲しそうな表情で見ていた。
青年は、
--あぁ、ぼくは一度死んだんだ。
と、それだけは思い出すことができた。
だとしたら、今ここにいるぼくは何なのだろう。
死んだことを思い出すと、青年には新たな疑問が生まれてしまった。
それにここは死後の世界というやつだろうか。
だとしたら、会えるなら会いたい人が何人かいたような気がした。
だが、その人たちの顔も名前も青年には思いだせなかった。
「アンフィスの弟子の亜人のひとり、あの男は何て言ったかしら?
そのヤルダバ人の大量虐殺は、あの男が関わっていそうな案件ね」
「ヤルダバオトですか。確かに、あの男は他者の肉体に憑依する能力を持っていましたから、独裁者かその側近に憑依していた可能性は十分にありますね。
独裁者はどうやら随分とオカルティズムに傾倒していたようで、『聖なる遺物』を集めていたようですし」
「聖なる遺物?」
「聖櫃(せいひつ)や聖槍(せいそう)、賢者の石など、それを手にした者は世界を手に入れる力を持つだとか、不老不死を得るなどと伝えられる、神話や伝承の中に登場するような物のことです。
もしかしたら、それらはすべて、滅亡したアリステラの遺物が、その名前や役割を変えたものだったかもしれません。
独裁者がアネタルであったなら、自分ひとりでは到底見つけられないほど、世界中に散らばってしまったアリステラの遺物を、国をあげて集めさせていたとも考えられます」
「そう……死んだのよね、あの男。
アンフィスと他の9人の弟子たちを自害に見せかけて殺して、その能力を奪ったあと、10万年もの間、憑依を繰り返してはその体を使い捨て生き長らえていたようだけれど」
「はい、オリジナルもコピーもどうやらもう存在していないようです。コピーは小久保ソウジという少年の中にいたものが最後だと。
ステラ様やピノア様も、あの男の存在を危惧していらしたようですから、すぐにお調べになられていました」
「それなら安心だわ。
で、実際のところ、偶数翼の強硬派はどれくらいいるのかしら?」
「数だけで言えば、我々の数十倍、あるいは100倍以上の勢力になるでしょう」
「そこに、新生アリステラとかいう組織の残党までが加わるわけね……
正直な話、あなたはどう考えているの? わたしたちは勝てるのかしら?」
「はっきり申し上げて、分が悪いです。
この時代に生きる、女王の最後の末裔までが、つい先程新生アリステラの残党に確保されたようですから、偶数翼の象徴として担ぎ出されることも時間の問題かと」
「あぁ、あの子。確か名前はアナスタシアと言ったかしら。
彼は朝倉レインと呼んでいたようだったけれど。
せっかくわたしが芝居を打ってアマヤから逃がしてあげたのに、随分簡単に捕まってしまったのね」
アナシタシア?
朝倉レイン?
その名前に青年は聞き覚えがある気がした。
だが、それが女の子の名前だろうということはわかっても、それ以上のことは何も思い出せなかった。
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