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第三話『電脳の織姫(タケハヅチ)』
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「――あーあ、やっぱり。警察の人って、正義感が強いほど壊れる時の音が綺麗だよね」
キャンピングカーの助手席。モニターの青白い光に照らされた少女――織葉 紬(おりは つむぎ)は、ポテトチップスをかじりながら、タブレットを指先で弾いた。
画面には、昨夜の大河内警部補の最期……保管庫の前で呆然と立ち尽くす武御 雷(たけみ らい)の姿が、ハッキングされた監視カメラの映像として映し出されていた。
「星哉(せいや)さん、この刑事(おじさん)。次はもう、自分から『殺し方、教えてください』って言ってくるよ。……わかるんだ、私のフォロワーにもよくいるタイプ。……自分が特別な存在だって、誰かに認めてほしいだけの寂しい羊さん」
紬は、学校の制服を着崩したまま、くるりと椅子を回した。
インフルエンサーとしての彼女を知る数百万人のファンは、彼女が今、指先一つで国家権力の通信網を糸のように操り、殺人鬼の「眼」として街を監視していることなど、夢にも思わないだろう。
「さてと。それじゃあ、次の『お掃除』の準備、しちゃおっか。……ターゲットは、このおじさんや大河内と同じ警察署の鑑識課の佐伯(さえき)だったよね? あのじいさん、証拠品を捏造して何人の無実の人を地獄に送ったか、本人はもう数えてもないみたい」
紬の指がキーボードの上で舞う。画面には佐伯のスケジュール、自宅のスマート家電の制御ログ、そして愛用している人工透析機のバイタルデータが次々と展開された。
「……ねえ、星哉さん。私、思うんだ。……この世界は、私が編み上げる『電脳の繭(まゆ)』の中に閉じ込められてる。……誰が死んで、誰が生き残るか。……決めるのは、神様じゃなくて、この端末(デバイス)を握ってる私なんだって」
彼女は、モニターに映る雷の顔に、いたずらっぽく指を突き立てると、
「武御さん。君が次に踏み外す一歩も、私がちゃんと……特等席で『拡散(ウォッチ)』してあげるからね」
恍惚とした表情で、そう言った。
深夜の警察署、鑑識課の実験室は、無機質な青白い蛍光灯に照らされていた。
佐伯は、顕微鏡を覗き込みながら、鼻歌混じりに証拠品の鑑定書を書き換えていた。特定の有力者に有利なように、DNAのデータを数文字改ざんする。彼にとって、それは「真実」を整える日常のルーチンに過ぎない。
その時、実験室のスピーカーから、ノイズ混じりの幼い声が響いた。
「――おじいさん、その鑑定書。明日の朝には、全部『本物』に書き換わっちゃうよ?」
「……っ、誰だ!」
佐伯が顔を上げると、部屋中のモニターが、不気味な笑い顔のアイコンで埋め尽くされていた。織葉 紬による電脳介入だった。
「私はただの、星空の観測者。……あ、武御(たけみ)さん。今、ドアの前に着いたよね? ロックは解除しておいたから。どうぞ、お掃除のお時間だよ」
プシュッ、という小さな電子音と共に、重厚な電磁ロックが解錠された。
ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、血走った瞳を隠そうともしない武御 雷だった。その手には特殊な「液体窒素の圧力容器」が握られている。
「……武御? お前、夜中に何をしとる。それにその容器は……」
「佐伯さん。あんたが捏造した鑑定書のせいで、自殺した同僚の家族を知ってるか」
雷の声は、底なしの沼のように低く、冷たかった。
彼は天城から教えられた通り、実験室の排気ダクトを紬に遠隔操作で遮断させた。密閉された空間。そこに、液体窒素を一気に解放すればどうなるか。
「紬、遮断(シャットダウン)だ」
雷は紬とは一切面識がなかった。ただ、今回の計画には協力者がいるとは聞かされていた。
しかし彼女は彼の前には現れなかった。その代わりに、つい先程スマホをハッキングされ、イヤホンマイクをつけるよう指示されただけだった。
計画について聞かされたのもその時だった。「液体窒素の圧力容器」も、紬から署内の隠し場所を教えられ、つい先程手に入れたばかりだ。天城か彼女が署内に忍び込み、それを置いたのか、別の協力者がいるのかまではわからなかった。さすがに署内に協力者がいるということはないだろう。
だが、彼女とは自然と馬が合う気がした。だから連携がとれていた。顔も知らないというのに、まるで昔から知っているような気さえした。
「了解(りょーかい)! この部屋、今から五分間だけ、宇宙空間と同じ『無音の地獄』にしてあげる」
紬の操作で、部屋のすべての通信と換気が停止した。
雷は容器のバルブを全開にした。白濁した冷気が、瞬く間に床を這い、佐伯の足元を包み込んでいく。
「な、……何を……! 苦し……空気が……っ!」
酸素濃度が急激に低下し、佐伯は喉をかきむしりながら崩れ落ちた。
雷はその様子を、かつての自分が憧れた「正義」が死んでいくのを眺めるような目で、じっと見つめていた。
「……これが、あんたが汚した『真実』の温度だよ」
実験室の床に、真っ白な霧が立ち込める。その中で、一人の老人が物言わぬ「標本」へと変わっていく。
モニターの中では、紬が楽しそうにポップなダンスを踊るアイコンを点滅させていた。
キャンピングカーの助手席。モニターの青白い光に照らされた少女――織葉 紬(おりは つむぎ)は、ポテトチップスをかじりながら、タブレットを指先で弾いた。
画面には、昨夜の大河内警部補の最期……保管庫の前で呆然と立ち尽くす武御 雷(たけみ らい)の姿が、ハッキングされた監視カメラの映像として映し出されていた。
「星哉(せいや)さん、この刑事(おじさん)。次はもう、自分から『殺し方、教えてください』って言ってくるよ。……わかるんだ、私のフォロワーにもよくいるタイプ。……自分が特別な存在だって、誰かに認めてほしいだけの寂しい羊さん」
紬は、学校の制服を着崩したまま、くるりと椅子を回した。
インフルエンサーとしての彼女を知る数百万人のファンは、彼女が今、指先一つで国家権力の通信網を糸のように操り、殺人鬼の「眼」として街を監視していることなど、夢にも思わないだろう。
「さてと。それじゃあ、次の『お掃除』の準備、しちゃおっか。……ターゲットは、このおじさんや大河内と同じ警察署の鑑識課の佐伯(さえき)だったよね? あのじいさん、証拠品を捏造して何人の無実の人を地獄に送ったか、本人はもう数えてもないみたい」
紬の指がキーボードの上で舞う。画面には佐伯のスケジュール、自宅のスマート家電の制御ログ、そして愛用している人工透析機のバイタルデータが次々と展開された。
「……ねえ、星哉さん。私、思うんだ。……この世界は、私が編み上げる『電脳の繭(まゆ)』の中に閉じ込められてる。……誰が死んで、誰が生き残るか。……決めるのは、神様じゃなくて、この端末(デバイス)を握ってる私なんだって」
彼女は、モニターに映る雷の顔に、いたずらっぽく指を突き立てると、
「武御さん。君が次に踏み外す一歩も、私がちゃんと……特等席で『拡散(ウォッチ)』してあげるからね」
恍惚とした表情で、そう言った。
深夜の警察署、鑑識課の実験室は、無機質な青白い蛍光灯に照らされていた。
佐伯は、顕微鏡を覗き込みながら、鼻歌混じりに証拠品の鑑定書を書き換えていた。特定の有力者に有利なように、DNAのデータを数文字改ざんする。彼にとって、それは「真実」を整える日常のルーチンに過ぎない。
その時、実験室のスピーカーから、ノイズ混じりの幼い声が響いた。
「――おじいさん、その鑑定書。明日の朝には、全部『本物』に書き換わっちゃうよ?」
「……っ、誰だ!」
佐伯が顔を上げると、部屋中のモニターが、不気味な笑い顔のアイコンで埋め尽くされていた。織葉 紬による電脳介入だった。
「私はただの、星空の観測者。……あ、武御(たけみ)さん。今、ドアの前に着いたよね? ロックは解除しておいたから。どうぞ、お掃除のお時間だよ」
プシュッ、という小さな電子音と共に、重厚な電磁ロックが解錠された。
ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、血走った瞳を隠そうともしない武御 雷だった。その手には特殊な「液体窒素の圧力容器」が握られている。
「……武御? お前、夜中に何をしとる。それにその容器は……」
「佐伯さん。あんたが捏造した鑑定書のせいで、自殺した同僚の家族を知ってるか」
雷の声は、底なしの沼のように低く、冷たかった。
彼は天城から教えられた通り、実験室の排気ダクトを紬に遠隔操作で遮断させた。密閉された空間。そこに、液体窒素を一気に解放すればどうなるか。
「紬、遮断(シャットダウン)だ」
雷は紬とは一切面識がなかった。ただ、今回の計画には協力者がいるとは聞かされていた。
しかし彼女は彼の前には現れなかった。その代わりに、つい先程スマホをハッキングされ、イヤホンマイクをつけるよう指示されただけだった。
計画について聞かされたのもその時だった。「液体窒素の圧力容器」も、紬から署内の隠し場所を教えられ、つい先程手に入れたばかりだ。天城か彼女が署内に忍び込み、それを置いたのか、別の協力者がいるのかまではわからなかった。さすがに署内に協力者がいるということはないだろう。
だが、彼女とは自然と馬が合う気がした。だから連携がとれていた。顔も知らないというのに、まるで昔から知っているような気さえした。
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