その殺人鬼、『星喰いの凶星(ステラ・ディヴォアラー)』につき。

あめの みかな

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第四話『放課後の死神』

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​ 翌朝、鑑識課の実験室で「不運な事故」が発見された。

 佐伯主任が、実験器具の故障による窒息死を遂げたというニュースは、署内を静かな動揺で満たした。だが、現場の状況はあまりに「完璧」だった。防犯カメラの映像には、彼が一人で入室し、不幸にも配管が破裂した様子が(紬の捏造によって)克明に記録されていたからだ。

​ 雷は、自分のデスクで冷めたコーヒーをすすっていた。
 指先にはまだ、昨夜の液体窒素の冷たさが残っているような気がする。だが、その冷気こそが、彼が「正義」を執行した確かな証拠だった。

​「……武御 雷さん、だよね?」

​ 不意に背後からかけられた声に、雷の全身が強張った。
 振り返ると、そこには警察署という場にあまりにも不釣り合いな、ブレザーの制服姿の少女が立っていた。流行りのメイクに、ゆるく巻かれた髪。どこにでもいる、今時の女子高生。

「確かに俺は武御 雷だが……ここは少年課じゃないぞ」

 雷は困惑した。女子高生の知り合いなどいなかったからだ。パパ活などは一度もしたことはないし、女には困ってはいなかったからだ。

「少年課かぁ。お世話になったことないなぁ。ねぇ、少年課はあるのに、どうして少女課はないんだろね?」

​ だが、その舌足らずの、まるでアニメのヒロインのような甘い声には聞き覚えがあった。そして、雷の背筋を氷の刃がなぞった。
 それは、昨夜彼のスマホをハッキングし、共に佐伯を殺したあの「電脳の主」の声だったからだ。

​「織葉……紬か」

​「あは、正解! 警察官にしては察しがいいね。……あ、これ、落としたよ?」

​ 紬は屈託のない笑顔で、雷の足元に一つのキーホルダーを放り投げた。それは、天城のキャンピングカーの予備キーだった。昨夜、雷が動揺して無意識に落としたものだった。探していたものだった。

​「……っ、貴様……!」

​「しーっ。そんな怖い顔しないでよ。……私はただの『星の信者(フォロワー)』。星哉さんから、君がちゃんと『お掃除』できたか見ておいでって言われただけ」

​ 紬は雷のすぐ傍まで歩み寄り、その耳元で、甘く、毒を含んだ声で囁いた。

​「昨夜の映像、素敵だったよ。……おじいさんがもがいてる横で、君、すっごくいい顔してた。……ねえ、もっと見せてよ。君がもっと深く、もっと汚く、この泥沼に沈んでいくところ……。私が全部、世界で一番綺麗な『記録(ログ)』にしてあげるから」

​ 雷は絶句した。
 目の前の少女は、天城以上に底が見えない。自分の人生を、殺人を、ただのコンテンツとして消費しようとしている。
 だが、雷は彼女を拒絶できなかった。彼女の指先一つで、自分の犯行はいつでも白日の下に晒される。

​「……俺に、何をしろというんだ」

​「決まってるじゃん。……次はもっと『大物』を狙おうよ。……あ、星哉さんが待ってるよ。いつもの場所で、君への『ご褒美』を用意してね」

​ 紬はひらひらと手を振りながら、軽やかな足取りで署の廊下を去っていった。
 その背中を見送りながら、雷は自分が、もはや「警察官」ではなく、二人の異常者に飼われる「猟犬」に成り下がったことを痛感していた。


​ 夜の帳が降りた河川敷。いつもの移動販売車は、街の灯りから逃れるようにひっそりと佇んでいた。
 武御 雷が重い足取りでドアを開けると、そこには昼間の署内とは一変した、退廃的な光景が広がっていた。

​「おかえり、雷。……そして紬、最高のナビゲートだったよ」

​ 天城 星哉は、アンティークのソファに深く腰掛け、赤ワインのグラスを傾けていた。その傍らには、先ほど署で見かけたはずの織葉 紬(おりは つむぎ)が、まるで猫のように丸まって、タブレットの画面を覗き込んでいる。

​「もー、星哉さん褒めすぎ! 雷さん、途中で手が震えちゃって、心拍数120超えてたんだよ? 編集してBGMつけたら、すっごいドキドキするホラー動画になっちゃった」

​ 紬がケラケラと笑いながら、雷にタブレットを向ける。そこには、昨夜の実験室で佐伯を「処刑」した自分の姿が、鮮明な高画質映像で映し出されていた。

​「……消せ。そんなもの、今すぐ消せ……!」

​「ダメだよぉ。これは私たちの『友情の証(バックアップ)』。君が裏切らない限り、これはネットの深淵(ディープウェブ)で眠り続ける……。ね? 私、優しいでしょ?」

​ 紬の無邪気な残酷さが、雷の精神を削り取っていく。
 逃げ場はない。目の前には自分を支配する王、背後には自分の弱みを握る魔女。雷は膝から崩れ落ちるように、天城の足元に膝を突いた。

​「天城……。次は、……次は何をすればいい。俺を、……俺を一人にしないでくれ……」

​ 天城は、縋り付く雷の顎を優しく持ち上げ、その瞳を覗き込んだ。

​「いい顔だ。正義を捨て、恐怖を呑み込み、それでもなお『意味』を求める……。雷、君はもう、立派な私の『一部』だ。……さあ、次の標的(ターゲット)を決めようか。次は、より高みにいる『偽善』を喰らうよ」

​「……あ。次は、生活安全課の氷室(ひむろ)女史なんてどう?」

​ 紬がタブレットの画面をスワイプし、次なる獲物のデータを空中に投影する。
 ネオンの光に照らされたアジトの中で、三人の影が重なり合った。それは、かつて神々が争った神話の再現か、あるいは、壊れた世界が生み出した新しい「家族」の姿か。

​「……ふふ、あははははっ!」

​ 雷は、自分でも制御できない笑い声を上げた。
 もはや絶望は消えていた。この異常な空間、自分を必要としてくれる闇。その心地よさに身を委ね、彼は再び、血に染まった「正義」へと手を伸ばした。


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