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新章:円環の凶星
第1話:『貪食のプロローグ(前編)』
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天城星哉(あまぎ せいや)は、クリニックの椅子に深く腰掛け、手元にある一枚のレンズを見つめていた。
それは、前回の円環で砕け散ったはずの、あるいはこれから砕け散る運命にある、透明なガラス玉。だが、今の彼の眼には、それが「獲物」を映し出すための、曇りなき照準器に見えていた。
「……星を喰らえば、この渇きは癒えるのだろうか」
天城の呟きは、消毒液の匂いが充満する診察室に虚しく響く。
彼の中に宿る「アマツミカボシ」の魂は、もはや国木田への反逆を望んでいなかった。それは、永遠に繰り返される絶望の円環を維持するための「燃料」を求めて、咆哮を上げている。
電話が鳴る。国木田からの「提供」だ。
『――星哉。一人目だ。北斗七星の一番星「貪狼(どんろう)」の因子を持つ娘が見つかった。名前は、佐伯 陽菜(さえき ひな)。看護学校に通う、どこにでもいる善良な娘だよ』
佐伯 陽菜?開田 陽菜(かいだ ひな)ではないのか? 天城はふとそんなことを思った。
最初に殺すのは、開陽星(Mizar)にまつわる名前を持つ、開田 陽菜(かいだ ひな)ではなかったかと。
明るく、誰からも好かれる女だが、それは表向きの顔でしかなく、二重星であるミザールの暗示を含んだ名前のはずだった。
天枢星(Dubhe)は、枢木 天音(くるるぎ あまね)。「枢」とは中心・要を意味し、北斗の軸である天枢を、人の名に落とし込んでいた。
天璇星(Merak)は、璇堂 美玲(せんどう みれい)。「璇」は美しい玉・星を意味する漢字であり、知的で冷たい印象の女性だった。
天璣星(Phecda)は、璣原(きはら) ふみ。「璣」は機微・精密を意味する。小さく控えめで、しかし必要不可欠な歯車になる存在だった。
天権星(Megrez)は、権藤(ごんどう)かずみ。「権」は権能や位置だ。北斗の接点の星であるメグレズの不安定さを表していた。
玉衡星(Alioth)は玉城(たまき)ひとみ。「玉」とは高貴・均衡。玉衡は秤を意する。正しさを信じる女性だった。
瑤光星(Alkaid)は、瑤島 光(ようじま ひかり)。瑤とは美しい玉。北斗の終端、そして死を司る星。最後に残る、あるいは最初に殺されるに相応しい名。
ささやかな仕掛けとして、事件関係者が後から気づく、とても嫌な共通点として――名字か名前に「枢・璇・璣・権・玉・開・瑤」が必ず含まれており、並べ替えると、北斗七星の配列順になる
自分がするのは、そんな仕込みがある殺人事件ではなかったか。
天城はまだ誰ひとり殺してはいなかったが、そんな記憶が彼の頭の中にはあった。
どうやら今回は、北斗七星にまつわる名前を持つ女たちではなく、北斗七星の因子を持つ女がターゲットらしい。そんなことを考えて、今回は? 一体何の話をしているんだ? と、そんな自分を一笑に付す。
「……了解した。……検眼(スキャン)しに行くよ」
天城は立ち上がり、汚れ一つない純白の白衣を羽織った。だが、その背後に広がる影は、すでに光を吸い込む漆黒の孔(あな)へと変貌していた。
数日後。夜の帳が下りた住宅街の公園。
陽菜は、夜勤明けの疲れを癒すように、ブランコに揺られていた。彼女の胸の奥には、自分でも気づかない「星の欠片」が、温かな光を放っている。それは、世界を維持するための聖なるエネルギー。
「……こんばんは。少し、お疲れのようだね」
声をかけたのは、穏やかな笑みを湛えた、非の打ち所がない美男子だった。天城星哉――世間では高名な眼科医。陽菜は、その端正な顔立ちと優しい声に、無警戒な笑みを返してしまう。
「あ……はい、少し。先生、こんなところでどうされたんですか?」
「君の『眼』が、とても美しく輝いているのが見えてね。……少しだけ、検診をさせてもらえないかな。無料の、特別なサービスだ」
天城はポケットから、鈍い銀光を放つ検眼枠(テストフレーム)を取り出した。
陽菜は、その不思議な道具に興味を惹かれ、天城のなすがままに、その冷たいフレームを顔に当てられた。
「……じっとして。すぐに……『楽』になるから」
カチャ。
レンズが回る。
その瞬間、陽菜の視界から、色が消えた。
天城の瞳が、深淵のような黒に染まる。
彼女の中に眠る「貪狼」の魂が、天城のレンズを通じて、無理やり外側へと引きずり出されていく。
「――ぁ、……が……っ!」
陽菜の喉が、音もなく喘ぐ。
天城の指先が、彼女の頬を優しく撫でる。だが、その指には、すでに彼女の「存在」を削り取るための、虚無の力が込められていた。
「……一つ目の星。……君の命は、私の円環を回すための、最初の雫だ」
天城の背後から、黒い触手のような影が伸び、陽菜の華奢な体を包み込んでいく。
逃げ場のない夜。
『星喰いの凶星』による、最初の解体が、静かに幕を開けた。
それは、前回の円環で砕け散ったはずの、あるいはこれから砕け散る運命にある、透明なガラス玉。だが、今の彼の眼には、それが「獲物」を映し出すための、曇りなき照準器に見えていた。
「……星を喰らえば、この渇きは癒えるのだろうか」
天城の呟きは、消毒液の匂いが充満する診察室に虚しく響く。
彼の中に宿る「アマツミカボシ」の魂は、もはや国木田への反逆を望んでいなかった。それは、永遠に繰り返される絶望の円環を維持するための「燃料」を求めて、咆哮を上げている。
電話が鳴る。国木田からの「提供」だ。
『――星哉。一人目だ。北斗七星の一番星「貪狼(どんろう)」の因子を持つ娘が見つかった。名前は、佐伯 陽菜(さえき ひな)。看護学校に通う、どこにでもいる善良な娘だよ』
佐伯 陽菜?開田 陽菜(かいだ ひな)ではないのか? 天城はふとそんなことを思った。
最初に殺すのは、開陽星(Mizar)にまつわる名前を持つ、開田 陽菜(かいだ ひな)ではなかったかと。
明るく、誰からも好かれる女だが、それは表向きの顔でしかなく、二重星であるミザールの暗示を含んだ名前のはずだった。
天枢星(Dubhe)は、枢木 天音(くるるぎ あまね)。「枢」とは中心・要を意味し、北斗の軸である天枢を、人の名に落とし込んでいた。
天璇星(Merak)は、璇堂 美玲(せんどう みれい)。「璇」は美しい玉・星を意味する漢字であり、知的で冷たい印象の女性だった。
天璣星(Phecda)は、璣原(きはら) ふみ。「璣」は機微・精密を意味する。小さく控えめで、しかし必要不可欠な歯車になる存在だった。
天権星(Megrez)は、権藤(ごんどう)かずみ。「権」は権能や位置だ。北斗の接点の星であるメグレズの不安定さを表していた。
玉衡星(Alioth)は玉城(たまき)ひとみ。「玉」とは高貴・均衡。玉衡は秤を意する。正しさを信じる女性だった。
瑤光星(Alkaid)は、瑤島 光(ようじま ひかり)。瑤とは美しい玉。北斗の終端、そして死を司る星。最後に残る、あるいは最初に殺されるに相応しい名。
ささやかな仕掛けとして、事件関係者が後から気づく、とても嫌な共通点として――名字か名前に「枢・璇・璣・権・玉・開・瑤」が必ず含まれており、並べ替えると、北斗七星の配列順になる
自分がするのは、そんな仕込みがある殺人事件ではなかったか。
天城はまだ誰ひとり殺してはいなかったが、そんな記憶が彼の頭の中にはあった。
どうやら今回は、北斗七星にまつわる名前を持つ女たちではなく、北斗七星の因子を持つ女がターゲットらしい。そんなことを考えて、今回は? 一体何の話をしているんだ? と、そんな自分を一笑に付す。
「……了解した。……検眼(スキャン)しに行くよ」
天城は立ち上がり、汚れ一つない純白の白衣を羽織った。だが、その背後に広がる影は、すでに光を吸い込む漆黒の孔(あな)へと変貌していた。
数日後。夜の帳が下りた住宅街の公園。
陽菜は、夜勤明けの疲れを癒すように、ブランコに揺られていた。彼女の胸の奥には、自分でも気づかない「星の欠片」が、温かな光を放っている。それは、世界を維持するための聖なるエネルギー。
「……こんばんは。少し、お疲れのようだね」
声をかけたのは、穏やかな笑みを湛えた、非の打ち所がない美男子だった。天城星哉――世間では高名な眼科医。陽菜は、その端正な顔立ちと優しい声に、無警戒な笑みを返してしまう。
「あ……はい、少し。先生、こんなところでどうされたんですか?」
「君の『眼』が、とても美しく輝いているのが見えてね。……少しだけ、検診をさせてもらえないかな。無料の、特別なサービスだ」
天城はポケットから、鈍い銀光を放つ検眼枠(テストフレーム)を取り出した。
陽菜は、その不思議な道具に興味を惹かれ、天城のなすがままに、その冷たいフレームを顔に当てられた。
「……じっとして。すぐに……『楽』になるから」
カチャ。
レンズが回る。
その瞬間、陽菜の視界から、色が消えた。
天城の瞳が、深淵のような黒に染まる。
彼女の中に眠る「貪狼」の魂が、天城のレンズを通じて、無理やり外側へと引きずり出されていく。
「――ぁ、……が……っ!」
陽菜の喉が、音もなく喘ぐ。
天城の指先が、彼女の頬を優しく撫でる。だが、その指には、すでに彼女の「存在」を削り取るための、虚無の力が込められていた。
「……一つ目の星。……君の命は、私の円環を回すための、最初の雫だ」
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