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新章:円環の凶星
第2話:『貪食のプロローグ(後編)』
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夜の公園のベンチ。陽菜の顔に装着された検眼枠(テストフレーム)は、今や彼女の魂を絞り出すための「万力」と化していた。
カチャ、カチャ……と、無機質な機械音が響くたび、陽菜の網膜に焼き付いた世界が、物理的に剥がれ落ちていく。
「あ、……ぁ……、せん……せ……?」
陽菜の手が、助けを求めるように天城の白衣を掴む。だが、天城はその手を冷たく払い除けることはしなかった。それどころか、震える彼女の指を一本ずつ丁寧に握り直し、まるで恋人に愛を囁くような距離まで顔を近づけた。
「怖いかい? 陽菜。……無理もない。君が今まで見てきた『世界』という名のデータが、今、私のレンズの中に強制的に移行されているんだからね」
天城の瞳は、もはや人間のそれではない。漆黒の孔が、陽菜の眼球から溢れ出す「貪狼」の輝きを貪欲に吸い取っていく。
陽菜の脳裏に、彼女の人生の断片がフラッシュバックする。
幼い頃に見た星空、看護学校での厳しい演習、初めて患者に感謝された時の震える手。その美しく輝かしい記憶の一つ一つが、天城の指が彼女の眼窩(がんか)に触れるたび、墨汁をぶちまけたように真っ黒に塗りつぶされていく。
「――ひっ、いやぁぁあああっ!!」
陽菜の短い悲鳴が、夜の静寂に吸い込まれる。
天城は彼女の首筋を片手で固定し、空いた方の手で、検眼枠のレンズを「最終段階」へと回した。
「貪狼星の特質は『欲望』と『慈愛』の表裏一体。……君が抱く『人を救いたい』という献身的な愛は、裏返せば『他人の生命に干渉したい』という傲慢な食欲だ。……さあ、その美しき傲慢を、私に献上しなさい」
天城がレンズを押し込むと、陽菜の瞳孔が限界まで見開かれ、そこから黄金色の神性物質が、糸を引くように溢れ出した。
天城はそれを、自らの口で直接吸い上げる。
それは食事というよりも、魂の「簒奪」だった。
陽菜の肉体から、みるみるうちに「生気」が失われていく。
肌は土気色に変わり、看護師を目指していた若々しい肢体は、まるで数十年も放置されたミイラのように萎びていく。彼女の喉からは、もはや言葉にならない乾いた喘ぎさえ漏れなくなった。
「……ごちそうさま。……いい『光』だったよ」
天城が検眼枠を外すと、陽菜の身体は糸の切れた人形のように、ブランコから地面へと崩れ落ちた。
彼女の眼球にはもう、何も映っていない。
光を完全に奪われたその瞳は、ただの濁ったガラス玉へと成り果て、その奥に潜んでいた「貪狼」の魂は、天城の胃の腑の中で、暗い炎となって燃え上がっていた。
天城は、懐から取り出した絹のハンカチで、唇についた彼女の「存在の残滓」を静かに拭った。
彼の背後には、アマツミカボシの影が、満足げに尾を振っている。
「……残り、六人。……円環は、順調に回り始めた」
天城は、物言わぬ肉塊となった陽菜をその場に残し、夜の闇へと消えていった。
翌朝、彼女を発見した人々は、その「死因不明」の遺体があまりに美しく、そしてあまりに空っぽであることに、言葉を失うことになる。
星を喰らう殺人鬼――『星喰いの凶星』。
彼の「二番目の晩餐」が、どこかで手ぐすねを引いて待っている。
カチャ、カチャ……と、無機質な機械音が響くたび、陽菜の網膜に焼き付いた世界が、物理的に剥がれ落ちていく。
「あ、……ぁ……、せん……せ……?」
陽菜の手が、助けを求めるように天城の白衣を掴む。だが、天城はその手を冷たく払い除けることはしなかった。それどころか、震える彼女の指を一本ずつ丁寧に握り直し、まるで恋人に愛を囁くような距離まで顔を近づけた。
「怖いかい? 陽菜。……無理もない。君が今まで見てきた『世界』という名のデータが、今、私のレンズの中に強制的に移行されているんだからね」
天城の瞳は、もはや人間のそれではない。漆黒の孔が、陽菜の眼球から溢れ出す「貪狼」の輝きを貪欲に吸い取っていく。
陽菜の脳裏に、彼女の人生の断片がフラッシュバックする。
幼い頃に見た星空、看護学校での厳しい演習、初めて患者に感謝された時の震える手。その美しく輝かしい記憶の一つ一つが、天城の指が彼女の眼窩(がんか)に触れるたび、墨汁をぶちまけたように真っ黒に塗りつぶされていく。
「――ひっ、いやぁぁあああっ!!」
陽菜の短い悲鳴が、夜の静寂に吸い込まれる。
天城は彼女の首筋を片手で固定し、空いた方の手で、検眼枠のレンズを「最終段階」へと回した。
「貪狼星の特質は『欲望』と『慈愛』の表裏一体。……君が抱く『人を救いたい』という献身的な愛は、裏返せば『他人の生命に干渉したい』という傲慢な食欲だ。……さあ、その美しき傲慢を、私に献上しなさい」
天城がレンズを押し込むと、陽菜の瞳孔が限界まで見開かれ、そこから黄金色の神性物質が、糸を引くように溢れ出した。
天城はそれを、自らの口で直接吸い上げる。
それは食事というよりも、魂の「簒奪」だった。
陽菜の肉体から、みるみるうちに「生気」が失われていく。
肌は土気色に変わり、看護師を目指していた若々しい肢体は、まるで数十年も放置されたミイラのように萎びていく。彼女の喉からは、もはや言葉にならない乾いた喘ぎさえ漏れなくなった。
「……ごちそうさま。……いい『光』だったよ」
天城が検眼枠を外すと、陽菜の身体は糸の切れた人形のように、ブランコから地面へと崩れ落ちた。
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光を完全に奪われたその瞳は、ただの濁ったガラス玉へと成り果て、その奥に潜んでいた「貪狼」の魂は、天城の胃の腑の中で、暗い炎となって燃え上がっていた。
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