その殺人鬼、『星喰いの凶星(ステラ・ディヴォアラー)』につき。

あめの みかな

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​第6.2話:『崩壊のセレナーデ ―鏡像の処刑―』

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​ 警察庁長官官房・監査官、日向 真司(ひなた しんじ)。
 彼は署内でも「正義の鑑」と謳われていた。武御雷(たけみ らい)の倍近い年でありながら、かつての雷がそうであったように、法を信じ、組織の浄化を本気で願っている男である。
 しかし、その輝かしい経歴の第一歩は、二十年前の「天城一家殺害事件」における、幼い生存者(星哉のことだ)の証言を「子供の錯乱」として握りつぶし、証拠物件を物理的に廃棄したという、組織への「忠誠の証」によって築かれたものだった。
​ 皮肉なことに、日向は雷の変化に誰よりも早く気づいていた。大河内、佐伯、氷室……。連続する「不自然に完璧な死」の影に、以前から目をかけていた若き刑事・武御雷の足跡を感じ取っていたのだ。

​「武御……お前は今、どこに立っている?」

​ 深夜の廃ビルの一室。日向は雷に向かって、震える手で拳銃を構えていた。
 だが、その指先は迷いに満ちている。彼にとって、雷はかつて自分が理想としていた、こうなりたかった刑事像そのものだったからだ。人生をやり直せるなら、彼のように生きたいと思っていた。
 しかし、今の雷は違う。彼は変わってしまった。まるで、必殺仕事人だ。いや、ダークナイトと言ったところだろうか。

​「……日向さん。あんたのその真っ直ぐな瞳は、二十年前、炎の中で家族を失った子供を見つめた時も、同じように輝いていたのか?」

​ 雷の声は、廃ビルのコンクリートに冷たく反響した。
 雷の背後には、闇に溶け込むようにして天城星哉が立っている。その姿は、日向には見えていない。ただ、雷の影が異様に長く、禍々しく伸びているようにしか見えなかった。

​「二十年前……? 何の話だ!? 私は、私はただ、この組織を正しくしたいだけで――」

​『あはっ! 正しくしたいだって。面白いこと言うねぇ、偽善者さん』

​ 日向の耳元で、彼が装着している警察無線の周波数を乗っ取った織葉紬(おりは つむぎ)の声が弾ける。

『日向真司。あんたが隠してた秘密のフォルダ、今、あんたの家族や親族、子供たちの結婚相手やその家族のスマホにも全送信しちゃった。あんたが捏造した報告書、受け取った裏金。……あ、もちろん全部私の創作だけど、世界中の誰もがそれを真実だと信じるよ』

​「な、……なんだと……!?」

​ 日向の顔から血の気が引く。紬の「電脳の繭」は、一瞬にして一人の男の社会的生命を剥奪し、彼を「汚職に手を染め、絶望した犯罪者」へと書き換えた。

​「日向さん、あんたが信じた『光』は、この腐った土台の上に立っていたんだ。あんたが守ろうとした正義が、天城さんの人生を奪った。……その責任、あんたが一番よくわかっているはずだ」

​ 雷はゆっくりと歩を進める。日向の銃口が揺れる。
 天城が、雷の肩に手を置いた。その瞬間、雷の内に眠るの闇が、日向の精神を圧倒する。

​「……撃てよ、日向。お前が俺を殺すか。それとも、お前がその罪を背負って消えるか。……どちらを選んでも、お前はもう『こちら側』だ」

​「う、うわあああああああ!!」

​ 日向は絶叫し、自分のこめかみに銃口を押し当てた。
 紬が操作する「遺書」の送信完了の通知音が、夜の静寂に空虚に響く。

 その直後、乾いた銃声が一発響いた。

​ 雷は、崩れ落ちる日向の遺体を見下ろし、その手から転がり落ちた拳銃を拾い上げた。
 一滴の涙も出ない。ただ、胸の奥で何かが完全に「パチン」と音を立てて壊れたのを感じた。

​「……これでいいんだろう、天城」

​ 天城は満足げに微笑み、雷の頬に付着した返り血を、愛おしそうに指で拭った。

​「素晴らしいよ、雷。君は今、自分自身の『未来の可能性のひとつ』を殺したんだ。……さあ、私の元へ来なさい。君に、私の魂の半分を……『星喰い』の真実を継承させよう」

​ 天城は懐から、一対の古びた、しかし不気味な光沢を放つ勾玉(まがたま)を取り出した。

 一つは漆黒。
 もう一つは、血のような深紅。

 天城は深紅の勾玉を雷の首にかけ、自らは漆黒を握りしめる。

​「これは、二十年前のあの日、父が死の間際に守り抜いたもの……。光を拒絶し、夜を統べる者の証だ。……雷、君はもう私の所有物(パートナー)ではない。君は、私自身だ」

​ 雷は、首にかけられた勾玉の熱い温度に、恍惚とした表情を浮かべた。

 もはや、武御雷という男は死んだ。

 今ここにいるのは、天城星哉という巨大な闇の一部となり、神話の戦場へと赴く「凶星」の半身。
​ 夜空では、北斗七星の傍らで、一際赤く輝く不吉な星が、その輝きを増していた。


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