アジル・イマの晩餐 ―偽神の解剖録―

あめの みかな

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​第1話:『肋骨の徴(しるし)』

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​《外来起源記(がいらいきげんき)》

序章 星より来たりしもの

太初、地は乾き、虚無の球にすぎず、
水なく、命なく、ただ天の塵のみ漂えり。

あるとき天の彼方より、
命の蔵を宿せし石、流星となりて地に降る。
その内に宿れるは、
水に抱かれし微なる命の種なり。

この命の種は、
いつか人となるべく、あらかじめ定められし構文を刻まれていた。


第一章 外骨と内骨の分岐

命の種は地の海に溶け、
やがて二つの系を生ず。

一つは外骨の民、
堅き殻をまとう異郷の血族。

一つは内骨の民、
柔き肉と骨を抱く流転の系譜。

されど両者とも、
地に生まれしものにあらず。
すべては天より来たる外来の命なり。


第二章 人の王権

内骨の系より、
ついに人と呼ばるる者あらわる。

人は地を治め、
外骨の民を下し、
己を地の王と称す。

されど知らず。
王たる者もまた天の漂流者なることを。


第三章 知性の役目

人にのみ、
特別なる光——知性授けらる。

それは力のためにあらず。
富のためにあらず。

世界を観測し、
神の存在を知るための器なり。


第四章 神の正体

神と呼ばるるもの、
宇宙を作りし者にあらず。

神はただ、
物理法則の刻まれた創造の器を与えられ、
その上に世界を組み上げし存在なり。

神の世界において、
神は最下層の弱き者。
孤高にあらず、ただ孤独。

崇められたく、
畏れられたく、
されど近寄らるることを望まず。
救済も慈悲も与えず。
ただ信仰という距離のみを欲す。


第五章 神の羨望

人の世に、ときおり
レオナルド、
ニコラ、
アルベルトのごとき
天才現る。

その瞬間、
神はひそかに目を伏せ、
胸の奥で思う。

「……あれほどの光、我には持てぬ」

神は創造主にして、
人の才能を羨む者なり。


終章 最大の逆説

人は異星の民を恐れる。
されど人こそが、
この星に降り立ちし最大の異星の民なり。

そして今日も神は、
誰にも触れられぬ場所より、
この世界を見つめ、
孤独のまま、
ただ観測し続ける。

ーーアジル・イマ神話《外来起源記(がいらいきげんき)》より


 午前二時。大学病院の地下にある第一解剖室は、死の静寂を保つための墓所だった。

 九条 湊(くじょう みなと)は、無機質なLEDライトに照らされたステンレス製の解剖台に向き合っていた。横たわっているのは、昨夜、繁華街の路地裏で行き倒れていたという身元不明の男。警察の見立てでは急性心不全。外傷もなく、どこにでもある「孤独死」の遺体だ。

​ だが、九条は男の胸部にメスを走らせた瞬間、違和感を覚えた。
 皮膚の下の組織が、妙に硬い。脂肪や筋肉の層を切り進む感触が、まるで強靭な炭素繊維を断ち切るような、不自然な抵抗をナイフに返してくるのだ。

​「……何だ、これは」

​ 九条は胸骨を切り開き、肋骨を露出させた。その瞬間、彼の背筋に氷のような戦慄が走った。

 人間の肋骨は、白く滑らかなものであるはずだ。しかし、この男の骨は、内側から「侵食」されていた。肋骨の裏側、肺と接する面に、肉眼で辛うじて判別できるほど微細な、黒い「文字」のような紋様がびっしりと刻まれていたのだ。

​ 九条は震える手でルーペを手に取った。
 倍率を上げ、その紋様を凝視する。それは古代の碑文でも、既存の言語でもなかった。幾何学的でありながら、まるで血管のように枝分かれし、規則正しく配列された「生物学的プログラム」――。

​『命の種は地の海に溶け、やがて二つの系を生ず。一つは外骨の民、堅き殻をまとう異郷の血族……』

​ 九条の脳裏に、今は亡き祖父の書庫に眠っていた禁書『アジル・イマ外来起源記』の一節が、呪いのように蘇る。

 もし、この記述が単なる神話ではなく、この男の骨に刻まれた「設計図」なのだとしたら。

​ その時だった。

 解剖台の上で、死んでいるはずの男の身体が、弓なりに跳ね上がった。

​「――っ!?」

​ バキ、バキバキッ。
 不快な破砕音が解剖室に響き渡る。男の背中の肉が異常な速度で盛り上がり、内側から皮膚を突き破って、漆黒の「殻」のようなものが突き出してきた。それは内骨格の変異ではない。内側にあるはずの命が、人間という「内骨の檻」を破壊し、本来の姿――「外骨の民」へと先祖返りしようとしているのだ。

​「先生……、……あつい……、あついよ……」

​ 男の喉から、声帯を通さない、空気が漏れるような異質な声が漏れた。
 開かれた胸腔の中から、真っ赤に充血した、昆虫のような複眼を持つ「何か」が、九条をじっと見つめていた。その目は、慈悲も悪意もなく、ただ「帰還」を望む、宇宙的な空虚に満ちている。

​「……これが、……アジル・イマの真実か」

​ 九条は恐怖に膝を震わせながらも、解剖医としての本能に突き動かされ、その異形を観察し続けた。
 男の肉体は崩壊し、中から這い出し始めたのは、美しくも悍ましい、多節棍のような脚を持つ黒い生命体だった。

​ それは、この地球が育んだものではない。
 遥か太古、流星と共に降り立ち、人間という皮の下に潜んでいた「外来の主」の再誕。

 九条は、自分が開けてしまった扉の重さを、その時初めて悟った。この夜を境に、彼にとっての「人間」という定義は、永遠に瓦解したのだ。

​ ――偽神の時代は終わり、無名の、そして非情なる宇宙の時代が、再び幕を開ける。


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