アジル・イマの晩餐 ―偽神の解剖録―

あめの みかな

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『アジル・イマの残響 ―鏡像の長女―』

​第11話:『叡智の怪物、アルジュ・イマ』

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​ ヘブリカの武力が世界を平らげ、ノヒンの紫の王権が瓦礫の下に沈んでから数年。
 この世界の「神」となった聚楽(じゅら)とオタキは、かつての伊勢――今や鋼と泥の軍港と化した地の一角で、ようやく手に入れた安寧の中にいた。支配者としての誇りも、女神としての未練も、すでに激動の歴史の中に溶け去っていた。

​ だが、その日の空は、これまでのどの「溢出」とも異なる不吉な色に染まった。
 空が裂けたのではない。空間そのものが「論理的に解体」されるように、パズルのピースが崩れるが如く、未知の次元の地平が口を開いたのだ。

​「……オタキ。……嫌な予感がするわ。この匂い、……かつて私の妹が放っていた、あの『中身』の匂い。そして、私がかつて持っていた『殻』の拒絶……それが、混ざり合っている」

​ 聚楽が震える声で呟いた瞬間、軍港の海から巨大な影が浮上した。
 それは船ではない。巨大な「内臓」を、知性によって編まれた幾何学的な結晶で補強し、数万の目が絶え間なく明滅する、異形の移動要塞。その甲板に立っていたのは、ヘブリカの精鋭たちを、視線ひとつで論理的に「解体」する圧倒的な存在だった。

​「――初めまして、この次元の『私』。あるいは、私の不完全な残滓(のこりかす)かしら?」

​ その声は、聚楽の脳髄に直接、神の数式のように響いた。

 現れたのは、一柱の女神だった。

 その姿は、この世界の聚楽よりも遥かに醜悪だった。左右非対称どころか、身体の半分は黄金の粘液で溶け落ち、もう半分は白銀の結晶糸で強引に固定されている。無数のレンズ状の目が全身に散らばり、脳は頭蓋から溢れ出さんばかりに肥大化していた。
​ 彼女こそ、別世界で破壊と再生を数万回繰り返し、最後には「長女アルジュの逆位置(再生)」と「次女イマの正位置(破壊)」を、一つの個体の中で完全に統合した究極の女神、アルジュ・イマ。

​「な、……何なの、あなた。その醜さ……。まるで、世界のすべての苦しみと知恵を、無理やり一つの器に詰め込んだような……」

​ 聚楽がよろめきながら問いかける。
 アルジュ・イマは、肥大した脳を微かに揺らし、すべてを見透かしたような冷徹な微笑を浮かべた。

​「醜さは、情報の密度。美しさは、単純化された知性の欠落よ。……私は、あちらの世界をすべて『中身』に変え、そして私の『殻』で一つに束ねた。けれど、そこにはもう『観測すべき他者』が残っていなかった。だから、この未熟な次元を、私の新しい思考の苗床にするために来たのよ」

​ 彼女の背後には、かつての『古き民』が数万年の進化を経たような姿――「さらに古き民」たちが控えていた。彼らはもはや泥の塊ではなく、半透明の神経束と結晶の骨格を持つ、生ける計算機のような異形だった。
 ヘブリカの子らが誇る最強の軍団も、アルジュ・イマが指を一鳴らしするだけで、その武装の「定義」を奪われ、ただの粘土細工へと退化していく。

​「この世界の聚楽(わたし)……あなたはオタキという泥の伴侶を選び、人としての愛に溺れた。それはそれで、一つの生存戦略としては興味深い。……でも、神話の終着点としては、あまりに感傷的で、幼稚すぎるわ」

​ アルジュ・イマの目から、黄金と白銀が混ざり合った「論理の光線」が放たれた。
 それは物理的な破壊ではない。「概念の上書き」だった。
 彼女の歩く場所すべてが、瞬時に彼女の次元の物理法則に塗り替えられていく。聚楽たちが数十年かけて築いた鋼と血の歴史が、まるで古びた原稿が消しゴムで消されるように、アルジュ・イマという「完成された醜悪」に飲み込まれていく。

​「さあ、始めましょう。……この未熟な次元を、私の知性で『正しい混沌』へと導く作業を」

​ 聚楽は、自分よりも遥かに醜く、そして遥かに賢い「究極の自分」の姿に、言葉を失った。
 アルジュ・イマ。彼女は、ただ世界を壊すのではなく、世界を「自分の知性の一部」へと同化させようとしていた。
 
 神を堕とし、人としての愛を知り、頂点に立ったはずの聚楽とオタキの前に、真の意味での「全知全能の醜」が降臨したのだ。
 それは、愛も憎しみも、すべてを「最適化」という冷たい泥の中に溶かし去る、最も残酷な支配者の姿だった。


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