アジル・イマの晩餐 ―偽神の解剖録―

あめの みかな

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『アジル・イマの残響 ―鏡像の長女―』

​第10話:『ヘブリカの咆哮、滅びの鉄槌』

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​ 東の大陸ヘブリカ。
 そこは、紫帆(しほ)の王権によって「不毛の地」と定められた、吹き曝しの荒野だった。

 追放された聚楽(じゅら)は、この地でかつての神性を封印し、オタキと共に「人間」として生きる道を選んだ。彼女の継ぎ接ぎだらけの肉体は、過酷な労働と歳月によって少しずつ摩耗し、かつての鋭い敵意は、子供たちを育てるための母性へと形を変えていた。

​「……お母様。あっちの海の向こうに、僕たちの本当の家があるの?」

​ 聚楽の膝元で、幼い息子たちが問いかける。
 彼らは、聚楽のセラミックの肌と、オタキの剛健な甲殻を継承していた。だが、それ以上に彼らが受け継いだのは、神すら凌駕する圧倒的な「個」としての力だった。

​「……いいえ。私たちの家は、この荒野よ。……あそこには、もう何もないわ」

​ 聚楽は静かに首を振った。だが、子供たちの瞳に宿る、黄金と紫の混じり合った怪しい光を消すことはできなかった。聚楽が「人」として平穏を望めば望むほど、その血に流れる「神殺しの本能」は、子供たちの身体を巨大な戦いの器へと作り替えていったのだ。

​ やがて、聚楽が老い、そのパッチワークの身体が土に還ろうとする頃、ヘブリカの大地から、かつてない軍団が沸き上がった。
 聚楽の子らは、荒野に沈んでいた「古き民」の末裔たちを統合し、泥と鉄を組み合わせた未知の兵器を作り上げた。彼らにとって、自分たちをこの地に閉じ込めた「紫の神」と、西の大陸で安穏と暮らす「アルジュの民」は、等しく滅ぼすべき「不義の殻」に過ぎなかった。

​「――全軍、進撃せよ。母上が奪われたすべてを、我らが取り戻すのだ!」

​ 聚楽の長男が掲げた漆黒の剣が、空を割った。
 ヘブリカの武力は、想像を絶していた。彼らは「魔法」や「奇跡」に頼らず、純粋な筋肉の熱量と、泥を燃料とした鋼の重圧で世界を蹂躙し始めた。

​ まず犠牲になったのは、西の大陸エウロペだった。
 そこには、醜く再生されたかつての神と、アルジュが築いた「停滞の王国」があった。アルジュはかつてのように結晶の壁を作って防衛を試みたが、ヘブリカの鋼の巨兵たちは、その壁を「単なる脆いガラス」のように粉砕した。
 アルジュの民は悲鳴を上げる間もなく、泥の戦車に踏みつぶされ、エウロペの肥沃な大地は一晩にして焦土へと化した。

​ そして、ヘブリカ軍勢は世界の中心に浮かぶ島国ノヒンへと向けられた。
 そこはかつて、聚楽たちが「伊勢」と呼んだ聖域のなれの果て。紫帆とクヨリゥが統治する、静謐なる支配の地。
​ しかし、ヘブリカの子らにとって、紫帆の高貴さなど「空虚な飾り」でしかなかった。
 彼らは神の威圧(プレッシャー)を、剥き出しの殺意で跳ね返した。ノヒンの美しい紫の森は焼き払われ、結晶の宮殿はヘブリカの投石機から放たれた泥の塊によって、その輝きを失っていった。

​「……ああ、……なんてこと……」

​ 老いた聚楽は、ヘブリカの丘から、遠く燃え盛るノヒンの空を眺めていた。
 自分がかつて願った「醜い愛の勝利」は、いつの間にか、誰も止めることのできない「圧倒的な暴力の連鎖」へと変質していたのだ。

 ノヒンは滅びた。
 紫帆の王権も、クヨリゥの狂信も、ヘブリカの若き王たちの前では、ただの過去の遺物として瓦礫の下に埋もれていった。
​ 世界は、聚楽の子らによって一度完全に「平ら」にされた。
 だが、その勝者たちの背後に、最果ての海の向こうから、もう一つの「影」が近づいていることに、彼らはまだ気づいていなかった。
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