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スピンオフ 二代目花房ルリヲ「イモウトパラレル」
②
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「ねぇ加藤くん、知ってる?」
講義を終えて部室に戻ると、部長が目を輝かせてぼくにそう訊ねてきた。
「モーニング娘にね、今外国人がいるんだって!」
部長のことだからてっきりぼくの父花房ルリヲの続報かと思っていたぼくは、心底落胆した。
そういえば父は元気にしているだろうか。
連絡はない。
父の執筆再開を伝えるミクシィニュースに続報はなく、そのニュースについて書かれた日記も69件のまま止まっていた。
父について書かれた不特定多数の人たちの日記に一通り目を通してはいたが、父の復帰は賛否両論といったところだ。
どちらかといえば、否の方が多かった。
断筆宣言をしファンから復帰を心待ちにされる巨匠とは違い、一度作家として「死んだ」と酷評された父が再び息を吹き返したところでたかが知れているだとか、どうせ金がなくなったんだろうだとか、人というものはどうして他人にこれほどまでに興味を持ち、それほどまでに興味を持ちながら何故父の小説に理解を示すことができないのか、ぼくには不思議でならない。
死んだと酷評された、もう最後ではなくなった小説だって、そこらの書店に平積みにされているベストセラーよりもはるかにおもしろいものであったし、ぼくの小説など比べることさえおこがましいとさえ思えるものであったというのに。
父の新しい小説がたかが知れているかどうかは、来月になればすぐにわかることだ。
連絡がないということは、元気にしているということなのだろう。
ぼくは、ため息をつきながら、
「ジュンジュンと、リンリンでしょ」
と、部長に返事を返す。
第7期生の久住小春が、きらりんレボリューションで声優デビューしたことは記憶に新しいが、ジュンジュンやリンリン、それから光井愛佳、3人の第8期生の知名度はあまり高いとは言えない。
「知ってるんだ…しかもさらりと言えちゃうんだ……」
部長の反応を見て、ぼくはしまった、と思った。
「まさか、とは思ってはいましたけど……」
後輩の山羊琴弓が、ごくりと生唾を飲み込んでそう言った。
ぼくはなんとか取り繕おうと、
「えっとさ、加護ちゃんも芸能界に無事復帰して、まぁ無事かどうかはあやしいところだけど、ゴマキも弟の逮捕でハロプロ脱退してエイベックスに移籍して、オタ奴隷なんてのがいた、なんてのが夏の終わりにニュースになったりしてさ、なんていうか、こう、モー娘ブーム再来っていうか、その……」
なんとかとりつく島もなかった。
かと思えば、ぼくの発言から、昨年のゴマキの弟の逮捕やなっちの人身事故の話など、話題は元モーニング娘の女の子たちのその後についてに向かっていったので、ぼくはほっと胸を撫で下ろした。
「ゴマキも安倍なつみもモー娘卒業してからぱっとしないですねー」
「のんちゃんは出来ちゃった結婚しちゃったしね」
「えーっと、あの子誰でしたっけ? ちょっと男の子っぽい子」
「ヨッシーのこと?」
「ていうか、加藤さん、なんでモー娘のメンバーを愛称で呼んでるんですか?」
ぼくはまた、しまったと思った。
「……吉澤ってまだいましたっけ?」
「……い、いや、そ、卒業、したよ…?
あの子、弟を交通事故で亡くしたりして大変だったんだけど。涙も見せずに、立派に卒業ライブを…。
その前に卒業したのは、まこっちゃじゃないや小川真琴とこんこ、紺野あさみで……だ、だいぶ、前だけど」
「加藤くん、なんでモー娘のメンバーの入れ替わりまで把握してるの?」
部長の思わぬ発言にぼくの心は激しく揺さぶられた。
「さ、さぁ、どう、どうして、だろうね」
だ、だめだ!
このままではぼくにアニメオタクというレッテルだけでなく、アイドルオタクという色眼鏡までかけられてしまう!
このままでは今ここにいない佳苗貴子や他の後輩たちにも、明日にはもうぼくがアイドルオタクだということが伝わってしまう!
なんとかしなければ、なんとかしなければ、なんとか、なんとか、そ、そうだ!
「福田明日香が今何してるか知ってる? 高校を中退してお母さんがやってるスナックで働いて……」
「もうやめて!」
部長が泣き叫ぶようにそう言った。
「加藤くんがものすごいアイドルオタクだってこともうわかったから……」
ぼくは部長の肩をぐいと掴み、声を荒げた。
「ち、違うんだ! 部長!!」
ちなみに、ジュンジュンとリンリンは中国人である。
後輩の佳苗貴子がぼくの目の前の席に座っている。
ぼくは昨日彼女から、彼女の彼氏がオタクかもしれないという相談を受けたばかりだ。
ぼくは彼女が部室にやってくる前に、ぼくがアイドルオタクであるということが部長たちにばれたばかりだ。
彼女は今日も元気がなく、うつむきがちに黙々と携帯電話を操作していた。
「佳苗さん」
と、ぼくは後輩にも、さん付けで呼ぶ。
声をかけると、ぼくを見上げる彼女の目にはきらりと光るものがあった。
涙、だった。
その悲しそうな、売られていく子牛のような瞳を見てしまったら、
「どうしたの? また何かあったの?」
ぼくはそう声をかける他なかった。
ぼくが他の女の子にそんな風に優しい言葉をかけることを、隣にいる妹があまりよくは思っていないことは知っていたけれど。
「か、か、がどうざぁぁぁん」
佳苗貴子の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「わたしの彼、やっぱりオタクだったんですぅぅぅぅ!」
ぼくは今日、彼女の相談を再び、受けることになったのである。
「今度彼と箱根に旅行に行くことになったんです。芦ノ湖も見に行こうって」
それで昨日、佳苗貴子と彼はふたりでるるぶを見ながら旅行の予定を立てていたそうなのだが、
「彼が行きたがるところが全部ちょっとおかしいんです」
という。
彼が行きたがったところというのは、
箱根湯本駅、
芦ノ湖脇の桃源台、
大湧谷、
彼はそんな場所にばかり行きたがり、佳苗貴子が行きたいと思う場所はすべて却下されてしまったという。
彼女はなぜ彼がそんな場所にばかり行きたがるのかまるでわかっていない様子だったが、ぼくにはどこかで聞いたことのある地名ばかりだった。
だからぼくは、
「そうか、聖地巡礼か」
そう思い至ったのである。
「聖地巡礼!? なんですかそれは!!?」
一般の女の子にはなじみのない言葉かもしれない。
聖地巡礼とは、本来の意味は、宗教等において重要な意味を持つ聖なる地(発祥の地など)に赴くこと。
転じて、映画・ドラマ・漫画・アニメ等の作品の「物語の舞台となった地」や、スポーツの名勝負の舞台となった地等を実際に訪れ、思いを馳せることを指すようにもなった。この場合、特段の宗教的な意味は持たない。
このような「聖地」は、観光地のように予め整備されているわけではなく、場合によっては私有地であったり、何も知らない一般人が居住している場合もあるので、「聖地」を訪れる人は現地の方々に迷惑をかけることの無いよう、充分に心がける必要がある。
「そそそ、そんなものが……」
佳苗貴子はめまいを起こしながらも、なんとか平常心を保とうと必死の様子であった。
「例えば、冬のソナタがきっかけで韓流ブームが起きて、ロケ地を廻るなんていう旅行ツアーが組まれたりしてたよね。あれも聖地巡礼」
問題なのは、
「佳苗さんの彼の場合、どうもエヴァンゲリオンみたいだね」
ということだ。
箱根には「新世紀エヴァンゲリオン」で描かれた光景が広がっている。
箱根湯本駅に行けば、父親の碇ゲンドウと仲違いした碇シンジが送り届けられた新箱根湯本駅がそこにあり、芦ノ湖脇の桃源台へと行けば展望台からタ ワーのそびえる新第三東京市を湖岸にそなえた芦ノ湖の光景を瞼の裏に見ることができる。
逃亡したシンジが寂しさを抱えながら見下ろした雲のたなびく大湧谷はまさにそのままの光景。
箱根はまさに「エヴァ」の聖地。
すなわちアニメファンの聖地なのだ。
「やっぱり……。薄々感じてたんです……。一緒にDVD観たし、なんかどこかで聞いたことがあるような、見たことがあるような場所ばっかりだったから……」
「きっと彼氏さん、鋼鉄のガールフレンドの同梱DVDでも見ちゃったんじゃないかな……」
エヴァンゲリオンのプレイステーション2専用ゲームである「鋼鉄のガールフレンド」には「中川翔子のデリケートにゲームして♡出張版」という、しょこたんがエヴァの舞台である箱根・芦ノ湖を訪れ紹介するというDVDが特典としてついていた。
聖地巡礼なんてものを一度も考えたことないぼくでさえ、しょこたんと第3新東京市を歩きたいと思ったものである。だってぼくはアニメオタクで、アイドルオタクなのだから。
「それ、ひょっとして中川翔子の……?」
さすがに、
「彼氏の部屋に、ありました……」
本当に観ているとは思わなかったけれど。
その後、佳苗貴子の彼はるるぶの巻末の地図を広げ、そこにコンパスでいくつか円を描いたそうだ。
「だから、わたし何してるのって聞いたんです!
そしたら、そしたら、戦略自衛隊がN2爆弾を落としたとこだって……」
「また地図を書き直さなきゃならんな」
ぼくは冬月副司令になりきって、今にも泣き出しそうな彼女にそう感想を述べた。
「わたし、見ないふりしてたけど、青い髪の白いパイロットスーツの女の子のフィギュアが、彼の部屋にあって、なんか部屋に行くたびにポーズが違ってるんです。
前に行ったときは胸をこう抱きかかえるようにしてひざ立ちしてたんですけど、昨日行ったらなんかすごく長い槍持ってて……」
「フロイラインリボルテック、綾波レイか……」
「まさか加藤さんも持ってるんですか!?」
「うん、毎日家に帰ったらこねくりまわしてるよ?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ。これ以上私の中に入ってこないで! 私の心を汚さないで!!」
佳苗貴子は使徒に精神干渉された惣流アスカ・ラングレーのように泣き叫んだ。
「わたし嫌なんです! 彼氏がオタクだなんて! 絶対嫌なんです! 加藤さん、何ていいましたっけ、さっき」
「え? 聖地巡礼のこと?」
「それです! 彼氏と聖地巡礼なんて絶対いやなんです! そんな言葉口にするのもいやなんです!」
それだけ言うと、佳苗貴子はすっと席を立って部室を後にした。
部室にはぼくと妹だけが残された。
「ねぇ」と、妹がぼくに訊ねる。
「本当にフィギュア、こねくりまわしたりしてるの?」
ぼくは笑った。
「してないよ。ぼくがそういうことしてるように見える?」
「うん、見える」
妹の言葉に、ぼくは少し落胆した。
「そういうお兄ちゃんも嫌いじゃないからいいけど」
今日の講義はもう終わりだ。まだ3時前。このまま部室で過ごすのも悪くはないけれど、どこかに出かけるのも悪くない、ぼくはそう思って隣に座る妹の顔を覗き込んだ。
「これから、日帰りで旅行にでも行こっか?」
妹は「うん」と目を輝かせて、ぼくに抱きついてきた。
佳苗貴子の話を聞いて、ぼくも聖地巡礼がしたくなってしまった、とは言えなかった。
「浜松に行こう。うなぎ、おいしいよ」
浜松は、ぼくが好きな漫画「苺ましまろ」の舞台である。
講義を終えて部室に戻ると、部長が目を輝かせてぼくにそう訊ねてきた。
「モーニング娘にね、今外国人がいるんだって!」
部長のことだからてっきりぼくの父花房ルリヲの続報かと思っていたぼくは、心底落胆した。
そういえば父は元気にしているだろうか。
連絡はない。
父の執筆再開を伝えるミクシィニュースに続報はなく、そのニュースについて書かれた日記も69件のまま止まっていた。
父について書かれた不特定多数の人たちの日記に一通り目を通してはいたが、父の復帰は賛否両論といったところだ。
どちらかといえば、否の方が多かった。
断筆宣言をしファンから復帰を心待ちにされる巨匠とは違い、一度作家として「死んだ」と酷評された父が再び息を吹き返したところでたかが知れているだとか、どうせ金がなくなったんだろうだとか、人というものはどうして他人にこれほどまでに興味を持ち、それほどまでに興味を持ちながら何故父の小説に理解を示すことができないのか、ぼくには不思議でならない。
死んだと酷評された、もう最後ではなくなった小説だって、そこらの書店に平積みにされているベストセラーよりもはるかにおもしろいものであったし、ぼくの小説など比べることさえおこがましいとさえ思えるものであったというのに。
父の新しい小説がたかが知れているかどうかは、来月になればすぐにわかることだ。
連絡がないということは、元気にしているということなのだろう。
ぼくは、ため息をつきながら、
「ジュンジュンと、リンリンでしょ」
と、部長に返事を返す。
第7期生の久住小春が、きらりんレボリューションで声優デビューしたことは記憶に新しいが、ジュンジュンやリンリン、それから光井愛佳、3人の第8期生の知名度はあまり高いとは言えない。
「知ってるんだ…しかもさらりと言えちゃうんだ……」
部長の反応を見て、ぼくはしまった、と思った。
「まさか、とは思ってはいましたけど……」
後輩の山羊琴弓が、ごくりと生唾を飲み込んでそう言った。
ぼくはなんとか取り繕おうと、
「えっとさ、加護ちゃんも芸能界に無事復帰して、まぁ無事かどうかはあやしいところだけど、ゴマキも弟の逮捕でハロプロ脱退してエイベックスに移籍して、オタ奴隷なんてのがいた、なんてのが夏の終わりにニュースになったりしてさ、なんていうか、こう、モー娘ブーム再来っていうか、その……」
なんとかとりつく島もなかった。
かと思えば、ぼくの発言から、昨年のゴマキの弟の逮捕やなっちの人身事故の話など、話題は元モーニング娘の女の子たちのその後についてに向かっていったので、ぼくはほっと胸を撫で下ろした。
「ゴマキも安倍なつみもモー娘卒業してからぱっとしないですねー」
「のんちゃんは出来ちゃった結婚しちゃったしね」
「えーっと、あの子誰でしたっけ? ちょっと男の子っぽい子」
「ヨッシーのこと?」
「ていうか、加藤さん、なんでモー娘のメンバーを愛称で呼んでるんですか?」
ぼくはまた、しまったと思った。
「……吉澤ってまだいましたっけ?」
「……い、いや、そ、卒業、したよ…?
あの子、弟を交通事故で亡くしたりして大変だったんだけど。涙も見せずに、立派に卒業ライブを…。
その前に卒業したのは、まこっちゃじゃないや小川真琴とこんこ、紺野あさみで……だ、だいぶ、前だけど」
「加藤くん、なんでモー娘のメンバーの入れ替わりまで把握してるの?」
部長の思わぬ発言にぼくの心は激しく揺さぶられた。
「さ、さぁ、どう、どうして、だろうね」
だ、だめだ!
このままではぼくにアニメオタクというレッテルだけでなく、アイドルオタクという色眼鏡までかけられてしまう!
このままでは今ここにいない佳苗貴子や他の後輩たちにも、明日にはもうぼくがアイドルオタクだということが伝わってしまう!
なんとかしなければ、なんとかしなければ、なんとか、なんとか、そ、そうだ!
「福田明日香が今何してるか知ってる? 高校を中退してお母さんがやってるスナックで働いて……」
「もうやめて!」
部長が泣き叫ぶようにそう言った。
「加藤くんがものすごいアイドルオタクだってこともうわかったから……」
ぼくは部長の肩をぐいと掴み、声を荒げた。
「ち、違うんだ! 部長!!」
ちなみに、ジュンジュンとリンリンは中国人である。
後輩の佳苗貴子がぼくの目の前の席に座っている。
ぼくは昨日彼女から、彼女の彼氏がオタクかもしれないという相談を受けたばかりだ。
ぼくは彼女が部室にやってくる前に、ぼくがアイドルオタクであるということが部長たちにばれたばかりだ。
彼女は今日も元気がなく、うつむきがちに黙々と携帯電話を操作していた。
「佳苗さん」
と、ぼくは後輩にも、さん付けで呼ぶ。
声をかけると、ぼくを見上げる彼女の目にはきらりと光るものがあった。
涙、だった。
その悲しそうな、売られていく子牛のような瞳を見てしまったら、
「どうしたの? また何かあったの?」
ぼくはそう声をかける他なかった。
ぼくが他の女の子にそんな風に優しい言葉をかけることを、隣にいる妹があまりよくは思っていないことは知っていたけれど。
「か、か、がどうざぁぁぁん」
佳苗貴子の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「わたしの彼、やっぱりオタクだったんですぅぅぅぅ!」
ぼくは今日、彼女の相談を再び、受けることになったのである。
「今度彼と箱根に旅行に行くことになったんです。芦ノ湖も見に行こうって」
それで昨日、佳苗貴子と彼はふたりでるるぶを見ながら旅行の予定を立てていたそうなのだが、
「彼が行きたがるところが全部ちょっとおかしいんです」
という。
彼が行きたがったところというのは、
箱根湯本駅、
芦ノ湖脇の桃源台、
大湧谷、
彼はそんな場所にばかり行きたがり、佳苗貴子が行きたいと思う場所はすべて却下されてしまったという。
彼女はなぜ彼がそんな場所にばかり行きたがるのかまるでわかっていない様子だったが、ぼくにはどこかで聞いたことのある地名ばかりだった。
だからぼくは、
「そうか、聖地巡礼か」
そう思い至ったのである。
「聖地巡礼!? なんですかそれは!!?」
一般の女の子にはなじみのない言葉かもしれない。
聖地巡礼とは、本来の意味は、宗教等において重要な意味を持つ聖なる地(発祥の地など)に赴くこと。
転じて、映画・ドラマ・漫画・アニメ等の作品の「物語の舞台となった地」や、スポーツの名勝負の舞台となった地等を実際に訪れ、思いを馳せることを指すようにもなった。この場合、特段の宗教的な意味は持たない。
このような「聖地」は、観光地のように予め整備されているわけではなく、場合によっては私有地であったり、何も知らない一般人が居住している場合もあるので、「聖地」を訪れる人は現地の方々に迷惑をかけることの無いよう、充分に心がける必要がある。
「そそそ、そんなものが……」
佳苗貴子はめまいを起こしながらも、なんとか平常心を保とうと必死の様子であった。
「例えば、冬のソナタがきっかけで韓流ブームが起きて、ロケ地を廻るなんていう旅行ツアーが組まれたりしてたよね。あれも聖地巡礼」
問題なのは、
「佳苗さんの彼の場合、どうもエヴァンゲリオンみたいだね」
ということだ。
箱根には「新世紀エヴァンゲリオン」で描かれた光景が広がっている。
箱根湯本駅に行けば、父親の碇ゲンドウと仲違いした碇シンジが送り届けられた新箱根湯本駅がそこにあり、芦ノ湖脇の桃源台へと行けば展望台からタ ワーのそびえる新第三東京市を湖岸にそなえた芦ノ湖の光景を瞼の裏に見ることができる。
逃亡したシンジが寂しさを抱えながら見下ろした雲のたなびく大湧谷はまさにそのままの光景。
箱根はまさに「エヴァ」の聖地。
すなわちアニメファンの聖地なのだ。
「やっぱり……。薄々感じてたんです……。一緒にDVD観たし、なんかどこかで聞いたことがあるような、見たことがあるような場所ばっかりだったから……」
「きっと彼氏さん、鋼鉄のガールフレンドの同梱DVDでも見ちゃったんじゃないかな……」
エヴァンゲリオンのプレイステーション2専用ゲームである「鋼鉄のガールフレンド」には「中川翔子のデリケートにゲームして♡出張版」という、しょこたんがエヴァの舞台である箱根・芦ノ湖を訪れ紹介するというDVDが特典としてついていた。
聖地巡礼なんてものを一度も考えたことないぼくでさえ、しょこたんと第3新東京市を歩きたいと思ったものである。だってぼくはアニメオタクで、アイドルオタクなのだから。
「それ、ひょっとして中川翔子の……?」
さすがに、
「彼氏の部屋に、ありました……」
本当に観ているとは思わなかったけれど。
その後、佳苗貴子の彼はるるぶの巻末の地図を広げ、そこにコンパスでいくつか円を描いたそうだ。
「だから、わたし何してるのって聞いたんです!
そしたら、そしたら、戦略自衛隊がN2爆弾を落としたとこだって……」
「また地図を書き直さなきゃならんな」
ぼくは冬月副司令になりきって、今にも泣き出しそうな彼女にそう感想を述べた。
「わたし、見ないふりしてたけど、青い髪の白いパイロットスーツの女の子のフィギュアが、彼の部屋にあって、なんか部屋に行くたびにポーズが違ってるんです。
前に行ったときは胸をこう抱きかかえるようにしてひざ立ちしてたんですけど、昨日行ったらなんかすごく長い槍持ってて……」
「フロイラインリボルテック、綾波レイか……」
「まさか加藤さんも持ってるんですか!?」
「うん、毎日家に帰ったらこねくりまわしてるよ?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ。これ以上私の中に入ってこないで! 私の心を汚さないで!!」
佳苗貴子は使徒に精神干渉された惣流アスカ・ラングレーのように泣き叫んだ。
「わたし嫌なんです! 彼氏がオタクだなんて! 絶対嫌なんです! 加藤さん、何ていいましたっけ、さっき」
「え? 聖地巡礼のこと?」
「それです! 彼氏と聖地巡礼なんて絶対いやなんです! そんな言葉口にするのもいやなんです!」
それだけ言うと、佳苗貴子はすっと席を立って部室を後にした。
部室にはぼくと妹だけが残された。
「ねぇ」と、妹がぼくに訊ねる。
「本当にフィギュア、こねくりまわしたりしてるの?」
ぼくは笑った。
「してないよ。ぼくがそういうことしてるように見える?」
「うん、見える」
妹の言葉に、ぼくは少し落胆した。
「そういうお兄ちゃんも嫌いじゃないからいいけど」
今日の講義はもう終わりだ。まだ3時前。このまま部室で過ごすのも悪くはないけれど、どこかに出かけるのも悪くない、ぼくはそう思って隣に座る妹の顔を覗き込んだ。
「これから、日帰りで旅行にでも行こっか?」
妹は「うん」と目を輝かせて、ぼくに抱きついてきた。
佳苗貴子の話を聞いて、ぼくも聖地巡礼がしたくなってしまった、とは言えなかった。
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