夏雲 女子高生売春強要事件

あめの みかな

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スピンオフ 二代目花房ルリヲ「イモウトパラレル」

8 years after(あとがき)

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 あれから八年の歳月が流れた。 


 二十七歳になったぼくは今、文壇にいる。 

 と、言いたいところだけれど、実家から車で十分の距離にある、一応はJAの傘下にある地元の小さな精米工場に事務員として勤務している。

 正規の職員ではなく、契約社員として。

 勤務しはじめて、最初の一年はパートとして過ごし、二年目から契約社員になった。

 今年が三年目になる。

 JAは社員を職員、 契約社員を雇員と呼ぶから、ぼくは雇員ということになる。

 受注部署をまかされるリーダーの役割がぼくには与えられていたけれど、月給は手取りでわずか十三万。

 随分安く見られたものだなと給与明細を見るたびにぼくは思う。 



 きみは何故と思うだろうけれど、きみを失ってしまったぼくは、その後学校にもいかず、アパートの部屋で砂嵐のテレビを見て毎日を過ごし、大学を留年した。

 学校の行きや帰りに足しげくぼくの部屋に通ってくれた部長をぼくは拒絶し続け、ある朝、部長と未亡人の管理人さんがぼくを部屋からひきずりだし、町の小さな精神科へぼくを連れていった。

 ぼくは典型的なうつ病と診断され薬を処方された。 


 ぼくはきみがいないことがあたりまえの世界で生まれ育ち、だけどこちら側に迷いこんだきみに出会ってしまって、ぼくはいつの間にか、きみなしでは満足に生きることさえままならなくなってしまっていた。 

 きみが知ったら、そんな兄をきみはどう思うだろうか。

 もうきみがそれを知るすべも、ぼくがそれを伝えるすべもないけれど。 


 留年して、大学を五年かけて卒業した。

 復学した後、ぼくは文学部に転向し、民俗学の佐野教授のもとで、ぼくときみの体験をもとに神隠しについての研究を行った。

 研究はぼくたちの経験した分だけ進み、ぼくはきみに再び出会うための方法をそこで模索したのだけれど、結局きみに再び出会うどころか、きみが何故こちら側に迷い込んでしまったのかさえわからずじまいのまま、ぼくは大学を卒業した。

 大学院に残って研究を続けることもできたけれど、そのころに はもう、ぼくはきみと再び出会うことを諦めてしまっていた。 


 大学を卒業したにもかかわらず働きもしないで小説を書くことすらやめてしまったぼくは、しばらく自宅にひきこもり、形式上父の助手として過ごした。 

 そんなぼくをそれでも好きだと言ってくれた部長とぼくは結婚した。

 身内だけが集まり、外国の小さな教会で式を挙げた。

 きみの席を用意しようとしたぼくに、部長はただ首を横に振って、ぼくはあのとききみの席を用意してあげることができなかったことを少し悔やんでいる。 


 ぼくが愛しているのはきみだけだということを部長は知っていたのだろう。

 夫婦生活は長く続かず、新婚のおままごとのような数ヵ月が終わると、ある日部長は彼女の名前と捺印がおされた離婚届けを置いて姿を消した。

 きみを失ったときのような喪失感はなかった。

 部長を愛していなかったからかもしれないし、医師から処方された薬のおかげかもしれない。

 ぼくは無感情に彼女がもうぼくのそばにはいてくれないことを受け入れた。 



 それから間もなくして父は死んだ。過労だった。 



 復帰してからわずか数年で68作の小説を書き、すぐに直木賞と芥川賞をとった。

 そのうちの半分以上は花房ルリヲではないペンネームで、花房ルリヲとは違った筆致で書かれ、誰にも花房ルリヲであると悟られることなく、ありとあらゆる新人賞で大賞をとった。

 ライトノベル、ケータイ小説、児童文学、はては絵本まで、父は齢五十を過ぎて尚若々しくみずみずしい作品を世に生みだし続けた。

 ぼくはおくればせながらその背中を見て育った。

 父が創作活動にいそしんでいるとき、ぼくは常に父の傍らで過ごしていた。 


 ぼくにはもう他に何もすることがなかった。 


 69作目を書いている途中に父の心臓は突然止まった。

 ぼくの目の前での出来事だった。


 父の書斎で、ぼくは父の後ろに座りその自信に満ち溢れた背中をぼんやりと眺めていた。


 パソコンのキーボードを叩く手が急に止まり、力を失った体が前のめりに倒れていった。

 顔がパソコンのディスプレイにぶつかり、 父の顔は最期にぼくに振り返るような形になった。 


 満足そうな死顔だった。 


 寒い冬の日だった。 

 ぼくは救急車を呼ぶこともせず、ただただ父の死顔を眺め続けた。

 一日がすぎ、二日がすぎ、一週間が過ぎる頃、ぼくはようやく119番した。 


 死んだ父を一週間放置したぼくは、なんとかっていう罪で逮捕され、しかしすぐに心神喪失の状態にあったと診断され、釈放された。

 身元引き受け人には要さんがなってくれた。 

 ぼくの代わりに要さんが喪主を務め葬儀を行い、その他の様々な手続きもすべて要さんがしてくれた。

 そうしてぼくは莫大な遺産を手にしたわけだけれど、それを使ってどうこうしようなどという考えは起きなかった。 


 日々見て過ごした父の背中がなくなった。 


 本当に何もすることがなくなってしまった。 


 だからぼくは働かなくちゃと思った。

 精米工場の仕事は新聞の求人広告で見つけた。

 米といえば新潟魚沼コシヒカリ、秋田米あきたこまち、岩手ひとめぼれ、他県の人に百人尋ねて、その中で一体どれくらいの人が愛知県産の米を知っているだろうか。

 そんなとても武器になりそうもない愛知米を武器に、知恵と技術と根性で、中部圏ナンバーワン精米メーカーを目指す、ぼくの勤める会社はそんなつまらない会社だ。

 学歴だけを優先して、仕事がさしてできるわけでもない高学歴の本部採用の職員と、農業高校卒の准職員、ぼくのように中途採用の人間はたとえ大学を卒業していても契約社員、いや雇員止まりで、農業高校卒以下の扱いだ。 


 ぼくのする仕事は、退職する者と新しく入る者の引き継ぎの時間さえ人件費がもったいないと言われるような仕事で、ぼくが何故そんな会社に勤め続けているかといえば、天下のJA様の職員や准職員たちが行っている不正をいつ、地元新聞やテレビ局、週刊誌に内部告発するか、そのタイミングを見計らっているに過ぎない。

 ぼくをまるで奴隷か何かと勘違いしていらっしゃる営業部の男か、もしくは春に退職するまでの二年間ぼくをいびり続けてくれた派遣社員のキ×ガイじみたおばさんの名前で告発するのがおもしろいだろう。 


 ぼくには父が残してくれた莫大な財産があったから、月給手取り13万の仕事など、所詮お遊びのゲームでしかなかった。 

 父の未完の69作目はどこからか原稿のデータを手に入れた者がインターネット上に発表し、ぼくではない誰かが二代目を名乗ってつまらない続きを書いた。 


 要さんは、きみに要さんの話をするのはいただけないと思うけれど、きみにいたずらをしたあちら側の要さんと同様に、こちら側の要さんもまた、児童買春に手を染めており、今は刑務所にて服役中だ。

 少女しか愛せないのだと、一度だけ面会に訪れたぼくに彼は語った。

 小説はもう書かないのかい、と要さんは別れ際に寂しそうにそう言った。 


 だから、というわけではないけれど、八年ぶりに書いたこの小説は、私小説であり、自著伝であり、一応青春小説であるから、物語に登場した人物たちのその後をぼくはここに書き記したいのだけれど、文芸部員たちがその後どうしているかぼくは知らない。

 文芸部員たちの中から小説家としてプロデビューした者がいるという話も聞かない。 


 後輩の花柳だけは、ぼくにいつか自慢げに語ったミクシィで女の子を捕まえる方法を本にしたと聞いている。それがそれなりに売れたこと、それから間もなく女に刺されて死んだことは風の便りで聞いた。 


 他の部員たちのことは何もわからない。 


 妹カフェのつかさちゃんはいつの間にか卒業していた。ぼくはもちろん盛大に行われたという彼女の卒業式に行きそびれた。 


 刑事たちは今も神隠しの研究を続けているのだろう。 


 探偵は、いずれ彼の口からいくつかの事件が物語られることになるだろう。 


 毎日の仕事をきっちり定時に終え、五時半過ぎには、父が晩年を、最期の時を過ごした書斎で、ぼくは窓から見えるいつかきみといっしょにバスに乗った停留所を、日が暮れて見えなくなるまで眺めて過ごす。

 きみと過ごした六日間に想いをはせて。

 きみと過ごした六日間だけが、ぼくの人生でもっとも幸せな六日間だった。

 八年が過ぎた今でも尚、いや、一層輝き続けている。

 ぼくはもう二度とあの六日間のように幸せな時を過ごすことはないだろう。

 ただ毎日を、時間を、天寿をまっとうするその日まで、不毛なまでに消費し続けることだろう。

 ぼくはそれで構わないと思う。

 きみのいない世界に、ぼくは価値を見い出すこ とがもうできなくなってしまった。 

 休みの日は一日中書斎から窓の外のバス停を眺めて過ごす。 



 このあとがきを書き終えたら、今日もぼくはそうやって日が暮れるまで過ごすことだろう。 


 バスが停まる音を耳にして、ぼくはふと、窓の外を眺めた。


 バスは誰かを降ろし、そしてゆっくりと動き出す。 



 セーラー服を着た八年前と変わらないきみが、ぼくを見付けて手をふっているのが見えた。


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