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第1章 炎の国『イグニス』〜今こそ覚醒の時〜
第40話
しおりを挟む今のは?
レインはすぐに理解できなかった。何故ならレインにトドメを刺そうとした男はこの場所の反対側にいた。
幅が数十メートル以上ある広い空間の反対側の壁に突っ込んでいた。壁は崩れ、男の脚だけがダランと垂れているのが見える。
"……何が?あれ?"
レインは声に出したつもりだった。しかし声が発せられた感覚がない。というより身体の感覚がおかしい。
自分の身体の感覚がなくなっていた。それに視界も変化していた。周囲を俯瞰して見られるようになっている。その視界の中に自分自身の身体も見えた。
自分の意識が身体から離れて近くでフワフワ浮いている感じだ。
"一体何が起きて……"
「レイン……ごめんね。本当は出てくるつもりは無かった。でもこんな所であなたを死なせる訳にはいかないからね。これからも危険な状況になったらちょくちょく出るようにするよ」
自分の声で自分の口調ではない言葉を聞くのは違和感しかない。この口調はアルティだ。レインとアルティが入れ替わった。
"……アルティ?"
「これは本当に最後の手段なんだ。〈支配〉で私の精神とレインの精神を無理やり入れ替えた。
私にとっては問題ないし、レインの精神にも大きな影響はないと思う。ただ身体の方が問題なの。
私の戦い方にレインの身体が持たないかもしれない。数分でケリをつけるけど戻った後、しばらく激痛で動けなくなるかもしれないから気をつけてね?死ぬよりはマシだと思うから我慢だよ」
"…………分かった"
ただあまり話さないでほしいと思った。声はレインのままで口調だけが女性になっている。それがなんとなく嫌だった。だが今はそんな事を言っている場合でもない。
「……あとね?〈支配〉のスキルは使いなよ?出来ることは魔法と大きく変わらないけど
魔法ほど魔力を消費しないから後々有利になってくる。使い方を教えてあげよう」
レイン(アルティ)は右手を少し上げた。左腕は折れている。ダランと垂れて剣を握る事も出来ない。
しかしレイン(アルティ)の周囲には剣が2本、戦鎚、槍、大剣、盾が1つずつ召喚された。それらの武具はレイン(アルティ)に付き従うように周囲をクルクルと回り出した。
〈支配〉のスキルによって武器を遠隔で操る事により武器を握らなくても良くなった。しかしそれらの武器を身体を動かしながら扱うなんて可能なのだろうか。
バガァン――反対側の壁から爆発音が響いた。その音の正体は言うまでもない。
「貴様!!何をした!!」
反対側で男が叫ぶ。レインは自分の後ろからその光景を見ている。振り返ると全員がレインに注目していた。明らかに戦闘のスタイルが変わっている。
「時間もない。さっさと終わらせよう」
レイン(アルティ)は手招きする。
「舐めやがって!!あのまま死んでた方が苦しまずに済んだというのに。殺してやる!!」
男は大剣を肩に担ぎ前傾姿勢を取る。ここに来て初めての構えだ。
「〈加速超上昇〉!!」
男はさらに加速しレイン(アルティ)の横に出現した。今のはレインにも完璧には見えなかった。
ザンッ!――バゴッ!
レイン(アルティ)は容易く反応した。大剣による一撃を盾で弾き、剣で斬って戦鎚で吹っ飛ばした。
"吹っ飛ばした。だけどアイツには俺たちの攻撃は……"
「…………ぐはッ!!……ゴボッ…ふー……ふー……き、貴様……」
男は血を吐いて膝をついた。戦鎚による一撃を腹にくらったようだ。手足がプルプルと痙攣していてうずくまるような体勢になっている。
レインには何が起きたのか理解できなかった。いやレインだけではない。この場にいるほとんどの者が理解できなかった。
「レインも分かってたよね?万能なスキルなんて存在しない。アイツのスキルは1つの種類の攻撃を完全に無効化するっていう感じだと思う。
つまりは斬撃、殴打、刺突、魔法なら各属性2つ以上を組み合わせたらいい」
"そんな……簡単な事だったのか?"
「だけど普通の人間には難しいよね。特にこのメンバーなら尚更だ。攻撃魔法特化の魔法使いがいない。巻き添えにならないよう魔法矢も近接戦中には撃ってなかったし。
つまりレインと阿頼耶だけだよ。コイツを倒せるのはね。相手のスキルが分からない時は色々な攻撃を試すんだ」
「…………ゴホッゴホッ…まだだ!!」
ズドンッ!!ズドンッ!!ザクッ!バァン!!
様々な音があの男を襲った。槍で刺され、戦鎚で殴られ、剣で斬られた。反撃しようにも盾が常に付き纏い大剣が振り上げられる前に入り込み防がれた。
そんな複雑な動作をレイン(アルティ)は右手だけで表情一つ変えずに行なっている。
「ま、負けるか!!俺は魔王になる存在だ!!こんな所でくたばってたまるかー!!スキル!〈剛連撃〉!!」
男は大剣を高速で振り回し、レイン(アルティ)が操作していた剣や盾、槍などを吹き飛ばした。それらはすぐに空中で静止したが、男とレインの間に遮る物は無くなった。
剣や槍はすぐに男の元へ高速で戻るが、それでも数秒かかる。男は加速し、レインの目の前まで再度接近した。
しかし、突如として隆起した地面が槍の形に変わり男の接近を防いだ。そしてレイン(アルティ)の背後に100本近い剣や槍、戦鎚、メイスに大鎌、斧などの大量の近接武器が浮かんでいた。
それらは全て男を狙っている。そしてその男の背後にはさっきまで戦っていた武器たちが戻ってきており逃げ道を塞いでいた。
「……貴様が魔王だと?図に乗るなよ?痴れ者が」
レイン(アルティ)は右手をゆっくりと握る動作をした。それに呼応するように全ての武器が男を突き刺した。
「がッ……ああ…お、お前は……何…者だ?人間ではないな?……まさか」
「まだ生きてたのか?それは好都合。レイン代わるよ?」
レイン(アルティ)は召喚していた武器のほとんどを消した。そして折れていない右手に剣を持った。
"え?代わる?"
「コイツはなかなか使える奴だよ。レインが殺さないと傀儡に出来ないでしょ?でもレインに身体を戻すとすぐに反動で動けなくなる。躊躇わずすぐに殺すんだよ?分かった?!」
"あ、ああ……"
男が何か言いかけたがアルティは気にも留めない。完全に無視して進める。
「行くよ!」
"え!……「…ちょっと待って」
話している途中で自分の身体の支配権が戻った。自分が発した言葉が自分の口から出ている。しかしそんな事を気にする余裕はなくなった。
「…………うッ」
"レイン!!!早くソイツを殺せ!!"
アルティの言った通りだった。身体の支配権が自分に戻った瞬間に左腕の骨折なんか比較にならないほどの激痛が全身を襲う。ただこの激痛に身に覚えがあった。
"あの時か"
"レイン!!"
レインは足を一歩前に出して踏ん張った。倒れそうになる身体を支えるために。
この激痛はあの時と同じだ。アルティに魔力の器を拡げてもらった時の痛みと似ている。一度経験したなら多少は耐えられる。戦闘なんてもっての外だが……。
「…………………………」
レインは既に言葉すら話せなくなっている男を見た。コイツを倒したのはアルティだ。レインではない。コイツを傀儡にすれば戦力強化が物凄い捗る。
しかし良いのだろうか……自分の力で倒さないと意味がないのではないか……とレインは自問することなく男の背中に剣を突き刺した。
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