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第2章 治癒の国『ハイレン』〜大切な人を癒す為に〜
第82話
しおりを挟む◇◇◇
「…………さま」
誰かに呼ばれている気がする。うっすらと自分の目が開くのが分かる。カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。
「………ご主人様」
その眩しさから逃れようと布団を深く被ろうとする。こういう時の二度寝が世界で一番気持ちいいと思う。この布団の、え?暖か……っていう感じはいつも最高だ。
「……今何時だ!!!」
そういえば決闘の期間中だった。寝坊なんて事をやらかす訳にはいかない。レインは布団を引き剥がし上体を起こそうとする。その時、視界の端に異様な光景が映る。
"なぜ俺は阿頼耶の肩を抱いているんだ?一緒に寝た覚えはないが?"
まだ頭が寝ていて寝惚けている。レインの思考はまとまらない。阿頼耶は顔を真っ赤にしてレインに寄り添っている。
「ごめん……何があった?」
「ご、ごしゅ……ご主人様…数分前に…えーと…け、けけ決闘の職員が受付に……来ているようです。起こそうとした所……寒いと言って……私を同じ布団に……はい」
「ああ、そうでしたか……えーと…失礼しました」
咄嗟に出た敬語で謝り阿頼耶の肩から手を離した。しかし阿頼耶は離れない。
「阿頼耶……離れてくれ。簡単に準備だけしていくから」
「………………かしこまりました」
不服そうな顔をしないで欲しい。自分なんかと一緒に寝たって何の得もないだろ?ベッドだって狭いんだから。そもそもお前睡眠いらないじゃん!
言葉に出さない言い訳を続けながら身支度を急いで済ませ、阿頼耶に声をかけて部屋を出た。宿の受付の前の席に職員が座っていた。
職員の男性はレインを確認すると立ち上がりこちらへ小走りで向かってきた。
「レイン様、おはようございます。昨日は休めましたでしょうか?」
「まあ割と。待たせてしまってすみません。行きましょうか」
「いえまだ時間に余裕はあります。食事はどうされますか?控室に運ばせることも可能ですが、この宿の食堂の方が美味しくはあります」
それは既に知っている。ここの食事は美味しくは……ある。けどアメリアの作ったご飯の方が断然美味しいからどっちでもよかった。
「いや控室の方で大丈夫です。あと次の対戦相手って聞いてもいいんですか?」
「申し訳ありません。原則入場の際に初めて開示されるようになっております」
そりゃそうだよな。規則がかなり厳しく設定されているから答えられないのも仕方ないか。あわよくば教えてくれたりしないかなぁと思っただけだ。
「いえ大丈夫です。では行きましょう」
レインは闘技場控室に向かいながら考える。誰が相手だろうと勝つことに変わりはない。
ただオーウェンが言っていた相性の悪い2人の神覚者。この2人は当たりたくないもんだな。楽に勝てるに越した事はないから。
◇◇◇
食事も済ませ昨日と同じように入場口の扉の前に立つ。既に歓声が鳴り止まない。
ここから先は全員が神覚者、その中でも強者に数えられる者たちしか残っていないから熱気が初日と比べ物にならない。
「大変長らくお待たせしました!!これより準決勝第一試合を開始致します!!まずは覚醒者の入場です!!」
あの声が聞こえてくると同時にレインの目の前の扉が開く。今回もレインが先に入場するようだ。
「初出場ながら圧倒的な力で全ての試合を突破し!!相手を棄権すらさせ、今や優勝候補にすらその名を載せた神覚者!!レイン・エタニアー!!」
優勝候補になっているのを初めて知った。もう入場のタイミングも分かってきていたから職員の指示なく入る。
レインが闘技場内に入るとその歓声は最高潮へと昇り詰める。
レインが中央へ歩き始めると反対側の扉が開く。そこから出てくるのが次の対戦相手だ。
「対するは!!過去に1度の優勝経験あり!これまでの試合も一切ダメージを受けず我々もどうやって勝利を収めたのか理解ができない謎の覚醒者!!『霧海の神覚者』!!フェル・ネブロー!!」
オーウェンが言っていた相性の悪い神覚者に早速当たった。運がいいのか悪いのか。
反対側の入場口から女性が出てきた。黒髪の短髪で鎧も着ていない。レインや阿頼耶に近い軽装だ。短剣と刀剣を1本ずつ腰から下げている。
……女性か?見た目的に男と言われても信じられような中性的な見た目だ。あとは声だな。
少し歩きお互いが近くで向かい合う。『霧海の神覚者』フェルは常に微笑みを絶やさない。これは余裕なのか性格なのかは分からない。
「よろしく」
レインは一応最低限の礼儀として握手をする為に手を差し出した。
しかしフェルは手をパンッ――と弾いて握手を拒否する。
「君の快進撃もここまでだよ。傀儡くん?」
声を聞くと普通に女性だった。そして初めて挑発されたことにレインは怒りよりも驚きの方が大きかった。そして普通に引いた。
「…………はぁ…まあ……お手柔らかに」
「圧倒してあげるよ」
この会話で挨拶は終わり定位置で向かい合う。今の審判が観客を盛り上げる為にパフォーマンスを発揮している。
"あんな奴もいるんだなぁ……"
「それでは!!『決闘』準決勝!!開始!!」
パフォーマンスを終え観客の熱気が天を打つ闘技場内に開始の合図が響き渡った。
「………………ん?」
レインはすぐに刀剣2本を召喚し、構えた。〈最上位強化〉も発動する。傀儡もいつでも召喚出来ようにしていた。最大限に目の前の相手と周囲を警戒する。
それはオーウェンからの忠告を素直に受け止めていたからだ。負ける事は許されない戦いで、過信か余裕かの態度を見せた相手に警戒しないわけがない。
しかし……。
"何も見えない?"
開始の合図と同時にフェルを中心に真っ白な煙が噴き出した。
それはレインが反応するよりも速く闘技場内を包み込んだ。まるで霧の海。この神覚者がなぜその称号を得たのか。この光景がその理由を理解させる。
「……これは……結構ヤバいな」
濃霧による視界不良。しかしレインには〈魔色視〉があり覚醒者、その中でも膨大な魔力を持つSランクや神覚者であれば察知できないなんて事はない。
しかしこの霧はスキルによって作られている為、全て魔力で構成されている。そのせいで周囲全てが白く濁ったような風景となって相手を見つけられない。
次に気配を探る。それも駄目だ。この邪魔な霧が気配の察知を阻害してくる。
最後に音。観客の歓声が続いており足音を判別出来ない。歓声が聞こえるという事はレインが何らかの幻覚系のスキルの影響を受けたという事はないと予想できる。
アルティから学んだ事だ。未知のスキルに関しては色々な事を考え、色々とやって対処する。
"霧なら突風でも起こせば吹き飛ぶか?"
レインは召喚した剣を構える。そして力の限り前方へ振るった。
ブォンッ――という音が響くが霧に影響は見られなかった。少し揺らいだ程度で視界は改善されない。
「なるほど……こういう事か……。ヴァルゼル、来い」
レインは自分の後ろに鋼魔ヴァルゼルを召喚した。オーウェンの時と同じように顔を隠し大剣を肩に担いで地面から出てきた。
「おーおー……また面白い空間にいるなぁ。何だぁここ?」
「敵のスキルのせいっぽいな。どうしたらいいか見当もつかん。攻撃されてから対処するしかなさそうだ。とりあえず斬っていいぞ」
とりあえず思いつく手はこれ以上なかった。だったらいたずらに動いて無駄な体力を消耗するよりは敵が攻撃のために接近した時を狙うしかない。
「……旦那の言う斬っていい相手ってのはそこの奴か?だったら旦那……左に顔を逸らしな?そのままだと串刺しだぜ?」
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