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第2章 治癒の国『ハイレン』〜大切な人を癒す為に〜
第84話
しおりを挟む歓声と拍手に送り出されるようにレインとローフェンは闘技場を後にする。
他にいた治癒系の覚醒者たちは専用の控室があるようでそちらへ戻っていった。
レインの目の前には白いローブで全身を包み込んだローフェンだけが歩いている。既にスキルを使っているはずなのに全身から魔力が溢れ出ている。
魔力量だけでいえば本当にレインを凌駕するレベルかもしれない。
「それで……先程の件ですが……」
ローフェンは聞きづらそうに口を開いた。前方を意識しながらも視線はレインの方を向いている。
「神話級ポーションを求める理由はご家族、もしくは恋人が病気に侵されている……という事でしょうか?」
全ての病気を治すといわれている神話級ポーションを求める理由なんてそれしかない。
どこかの貴族はコレクションの為だとか言う奴もいるんだろうか?いたらそいつの屋敷を襲撃して全部持って行ってやりたい。
「そうです。家族が原因不明の病気にかかりもう何年も苦しんでいます。
治すためにはどうしたらいいか分からないので神話級ポーションで……」
「確実に治してしまおうという事ですね。非常に理にかなっていると思います。
……ただですね?これは贔屓になってしまうので大きな声では言えませんが……」
「……何ですか?」
ローフェンは周囲を見渡す。誰かいないか確認しているようだけど、ここは通路の真ん中で前と後ろに人はいない。気配も察知できない。
「……次の…明日の決勝戦の相手はあの『魔道の神覚者』です」
ローフェンの言葉を理解するのに少し時間がかかった。数秒間、沈黙が続いた後、レインが発言する。
「……何で分かるんですか?」
「次の試合、『魔道の神覚者』の相手はSランク覚醒者です。運良く神覚者と対戦する事なく準決勝まで来たようですが……。
『魔道の神覚者』はSランク覚醒者数十人分、神覚者であっても数人分の強さを持つとされています。そのSランクではどう足掻いても勝てません」
ここまでハッキリ言われてしまうとそのSランク覚醒者も可哀想に思えてしまう。
「最後の相手は分かりました。……それで何でそれを教えたんですか?それって良くないんじゃ?」
「仰る通りです。私はレインさんに提案があったのでこの話をしました。
レインさんの目的は神話級ポーションを手に入れる事……これで間違いないですか?」
ローフェンの真剣な表情から真面目な話である事は理解できた。いつものように考えておくとかで誤魔化す事は出来ない。レインもそれ相応の答えを用意しないといけないだろう。
「……はい、さっきも言いましたが、家族の病気を治すために俺はここに来ました」
「教えていただきありがとうございます。ここからが私の提案です。
この国に来てくださいませんか?神話級ポーションを必ずお渡しすると誓います」
ローフェンの提案は勧誘だった。しかし見返りは他の人たちが口を揃えて上げていた興味のない地位やこれ以上必要のない金銭ではない。
レインが全てを賭けてでも手に入れたいと思っていた物が提示された。
「……そうですか」
レインは考える。別にあの国に思い入れがあるわけじゃない。エリスも……アメリアたちもレインが行くと言えばこの国に来てくれるだろう。
さらに『ハイレン』は戦闘系の職業を持つ人が少ないからダンジョン攻略に支障が出ていると言っていた。
レインが行けばその問題を解決できるし、報酬も多くなるだろう。『イグニス』と比べてここは環境もいいだろうし、エリスに怪我とかの事態が起きた時にすぐに治癒も可能となる。
そしてレインがその選択をしても責める人、責めることができる人は誰もいないだろう。それほどの強さをレインは持っていて、既にそれを証明している。
だがレインはエリスの言葉を思い出す。
――お兄ちゃん!ここはみんな親切だね。私、今とても楽しいよ!――
ここを出発する時にエリスが言っていた。みんなが親切なのはレインがいる事が大きいと思う。
レインが神覚者でなかった時に親切にしてくれた人はほとんどいない。強いてあげるならアッシュくらいだ。
でもエリスにいちいちそんな事は言わなくていい。
ただあの場所を楽しいと言ったエリスが本当にあの国を離れたいと言うだろうか。
レインの行動は全てエリスのためだ。どんな条件を出されたとしてもエリスが嫌がれば引き受ける事は絶対にない。
「俺は勝ちますよ。だからすいませんが……」
「しかしですね!レインさん!次の相手はもう何度も優勝しています。
出場した時は毎回無傷で勝ち続けている世界最強の魔道士です。接近戦を主とするレインさんは……」
「勝てないと言うんですか?」
「恐れながら……それに彼女は3人のSランクをこれまでの『決闘』で葬っています。私がスキルを使う余地などないくらいに身体が吹き飛ばされていて……。
本気で優勝を狙うレインさんに相手も手加減しないでしょう。もしかすると……」
ローフェンはレインが死ぬかもしれないと伝えたいのだろう。
「忠告ありがとうございます。ただ俺は負けませんよ。絶対に勝ちます。この『決闘』において俺に敗北は許されない。相手を殺してでも勝ちます」
「………そうですか。覚悟はされているのですね。でしたら私からはもう何も言いません。ただ相手は……いえこんな情報もいらないですね。明日は頑張って下さ……」
ズドォンッ!!!!!―――という轟音と振動がこの場所を包み込んだ。この魔法石で作られた闘技場をここまで揺らすなんて何があったんだ?
「この揺れは……」
「ちょうど言おうと思ってた所です。これが彼女の魔法です。全ての魔法が殲滅級の一撃を放ちます。この振動だと相手に相当不快な思いをしたんでしょう。彼女の性格を考えれば当然でしょうけど……。
私は戻ります。おそらく相手の方は生きてはいないでしょう。身体が半分以上残っていればいいのですが……。話をしていただいてありがとうございました。ではまた明日」
それだけを言い残しローフェンはここまで来た通路を走って戻って行った。
「……これは覚悟しないとな。ここまでの振動は俺だって起こせないだろうし」
レインは覚悟する。明日は相当危険な戦闘になる。開幕速攻でケリをつける。相手が魔道士なら魔法を詠唱し発動する前に殺す。それしかない。
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