Are you my……?

広瀬 晶

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 夜中にマンションの通路で長話をするわけにも行かず、ひとまず僕は彼を部屋へと招き入れた。リビングに、自分と、自称息子。カオスだった。
 エアコンの電源を入れ、テーブルを前にして彼と直角になるように座る。斜め右に座した彼の視線を感じながら、僕は口を開いた。
「どうして、僕の名前と住所を知っているんですか?」
 いちばん気になっていたことを訊く。
「母さんに聞きました」
 そう、短く彼が答えたので。
「人違い、だと思います」
 僕も端的に否定したが、彼は納得が行かないようだった。
「でも、村上さんでしょ?」
「それはそうですけど……きっと、別の村上さんだと思います」
「どうしてですか?」
 少し、彼がむっとしたのが分かった。
「避妊してたからですか? でも、100%確実ということはないでしょう」
「そうじゃなくて」
「どういうことですか」
「……ないから」
「え?」
 ああ、もう。僕は俯いて、それを口にした。
「したことないから、できるはずがないんです……っ」
「え……?」
 顔が熱い。どうしてこんなことを、初対面の相手に告白しないといけないのだろう。相手の戸惑いが、顔を見なくても伝わってくる。
 もう、いいから。早く帰ってくれないだろうか。
「でも、えっと。……村上、雅紀さんなんですよね?」
 え、と思わず声が出た。
「雅紀……?」
「違うんですか」
 僕はこれまでの話を何ひとつ聞かなかったことにして、彼を問答無用で部屋から出し、お風呂に入って寝てしまうことを、一瞬本気で検討した。残念ながら、それはできなかった。
「雅紀、は僕の兄です」
 渋々、僕はそう答えた。
「お兄さん……?」
 やれやれ、と僕は思った。この数分で、ひどく老け込んだような気さえする。
「はい。僕は村上瑞希。雅紀は兄です」
彼はきょとんと瞳をまるくしている。
「君、何歳ですか?」
「……十八、です」
 兄は今年三十五のはずだから、彼の年から逆算すると十七のときのこどもになってしまうが、よいのだろうか。
 そういえば、と僕は思う。僕はもうすぐ三十なのだから、彼が僕の子だったら十二のときのこどもになってしまうわけだ。先にそれを指摘しておけば、経験がないことを彼に話さずに済んだのかもしれない。後悔しても、もう遅い。
「やっぱり、人違いじゃないかと……」
「僕は、父が高校生のときのこどもだそうですから」
 年齢を理由に否定しようとした僕に、彼は言った。
「母は大学生で、こどもができたことを、父には言えなかったんだそうです」
 僕は兄が高校生のときのことを思い出そうとしてみたが、上手くは行かなかった。仮に鮮明に思い出せたとしても、当時の兄の人間関係をすべて把握していたわけではない。
 でも、と僕は彼に問いかけた。
「でも、どうして今になって……?」
 彼は、父親に会いに来たのだろう。そう、疑問に思っていると。
「母が亡くなったんです」
と彼は感情をなくした目で答えた。
「お母様が……?」
「はい。癌でした」
 発見が、少し遅かったそうです。静かに、事実のみを答える彼を見て、まだ事実以外の整理がついていないのだと思った。
「ご愁傷さまです。他に、ご家族は?」
「いません」
 父親を明かさずに出産すると決めたことで、大学卒業と同時に母親と実家との縁は切れた。彼には兄弟もなく、母だけが自分の家族だと思って育ったのだという。
「亡くなる前に教えてくれたんです。俺の、父親のこと」
「それが、僕の兄だった……?」
「はい。俺から、母に訊きました」
「どうして」
「よく、分かりません」
 彼は複雑そうに笑った。
「文句を言ってやりたかったような気もするし、ただ会ってみたかっただけのような気もする。自分自身、よく分からなくて。ただ、今を逃したらもう、知る機会はないのだと思ったら……」
 知りたかった。解りたいと、思った。父のことを。
「それで、会いに来ました」
 にこっと、彼は微笑んだ。僕は、笑えなかった。


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