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しおりを挟む「あ、村上」
「はい」
「昨日渡すはずだったんだが、忘れてた。これ、若葉から」
「え?」
四谷さんが差し出してきた小さな紙袋を受け取ると、中にはやはり小さな箱が入っていた。
「……GODIVA」
文字をただただ読み上げて、四谷さんを見る。
「迷惑をかけたからそのお詫びに、と。嫌いじゃなければ、受け取ってくれると助かる」
「チョコは大好きですが……何だかすみません。気を遣わせてしまって」
美人の上に気遣いまでできるのだから、四谷さんが惹かれるのも分かる。
「ありがたくいただきます。若葉さんに、よろしくお伝えください」
「ああ、言っとく」
やわらかく、四谷さんが微笑んだ。
仕事の後は、まっすぐ家に帰るつもりだった。暦の上ではもう冬。まだそこまで寒くはないものの、澄んだ空気に冬を感じる。葉の落ちた銀杏の木々を眺め、僕は家路を急いだ。細い通りから、四車線の大通りへと出る。時刻は既に十時を回っているが、車の通りは多かった。駅へと向かうタクシーを何気なく見送り、自宅方面である左へと足を進める。
「あの……っ」
背後から、声がした。誰か呼ばれてるな、なんて他人事みたいに考えていると。
「あの、待って!」
急に、右腕の肘の辺りを掴まれた。反射的に振り返ると、見知らぬ青年と正面から目が合う。
身長は、僕とほとんど同じくらい。おそらく、高校生か大学生。男子にしては睫毛が長く、黒目の面積が大きい。明るく染められた髪の毛の先は、やわらかく跳ねている。そして、なぜか僕を睨んでいる。
「僕に、何か……?」
おそるおそる問いかけると、彼は強い眼差しを向けたまま口を開いた。
「あなたが、大地の新しい彼氏?」
言葉の意味を考える前に僕は、何か最近こういうの多いな、と。やっぱり他人事みたいに考えた。
肌寒い空気が頬を撫でる。早く家に帰って温かいごはんが食べたい。一呼吸置いて、違います、と僕は答えた。
「それが佐藤君のことを指しているのなら、ですけど」
とはいえ、僕はどの大地さんともお付き合いはしていないので、答えは変わらないのだが。
「でも。大地と一緒に住んでるんでしょ」
確かにそうだが、一緒に住む、の意味が違う。
「彼は親戚の子で、今住むところがないと言うので一時的に預かっているだけです」
「嘘……」
「本当です。佐藤君に確認してもらえれば分かります」
淀みなく答えると、彼の追及が止まる。
「あの、あなたは佐藤君のご友人か何かですか?」
黙り込んでしまった彼を置いて立ち去る訳にも行かず、質問してみる。
「……れ」
「え?」
車の通過する音に紛れ、彼の声が聞き取れない。聞き返した僕に、彼は少々キレ気味に答えを返した。
「元カレ」
その言葉で、佐藤君と言い争う彼の姿がフラッシュバックした。以前、佐藤君と揉めていた青年。目の前にいる彼と、そのときの青年の顔がぴたりと重なる。
あの夜、浮気されて別れたのだと佐藤君が自虐的に話すから、無性に苛立って、男とだってできると言い張った。今思えば、本当によくあんなことができたものだ。
「元彼、さん」
「そう。大地と本当に付き合ってる訳じゃないなら、連絡先教えてよ」
「は?」
「大地、あれから全然電話も出てくれなくて、番号も換えたみたいだし。大学で会っても無視するし」
「……それ、普通じゃないですか?」
思わず口を挟んでしまった。ただの同居人が口出しする問題ではないかもしれないが、悪びれない物言いに無性に腹が立つ。
「あなたが浮気して、それで別れることになったんですよね。もう顔も見たくないと思われても、仕方ないんじゃないでしょうか」
佐藤君は傷ついていた。たくさん、自分を責めていた。そうさせたのがこのひとなのだと思うと、薄暗い感情がじわじわと胸の内を占拠していくのが分かった。
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