Are you my……?

広瀬 晶

文字の大きさ
35 / 54

35

しおりを挟む
 お帰りなさい、と佐藤君が言う。いつの間にか、その低い声に慣れてしまった自分がいる。
「少し、遅かったですね」
「え? そうかな」
 佐藤君の元彼に会ったことを、彼に話すつもりはなかった。あの子も話されたくはないのではないかと思ったし、告げ口のようになるのは避けたかった。
「ごめん、塾を出るのが少し遅かったのかも」
「そうですか。お疲れさまでした。すぐごはんにしますね」
 ごめん、と僕は再度心の中で謝り、彼の後についてリビングへと入った。
 リビングのテーブルの上には既にガスコンロがセットしてあり、土鍋の蓋の隙間から微かな蒸気が立ち上っていた。
「いつの間にか、鍋のおいしい季節ですね」
 佐藤君と最初に会ったのが十月下旬。今は月が替わって十一月。暦の上では冬が来ている。
「あ、着替えてきたほうがいいですよ。キムチ鍋なので、もしシャツに付いたりしたら大変ですし」
「分かりました。すぐ着替えてくるね」
 自室に入り、スーツから私服に着替える。ほんわかしているだけではいけない、と僕は自分を戒めるように頬を軽く叩いた。恋人の有無を佐藤君に確認する、という課題がまだ残っている。訊かないと先へは進めない。
「どう、切り出そう……」
 悩みつつ、佐藤君の待つリビングへと戻る。

 結局鍋が〆の雑炊に突入しても、僕は彼に恋人の有無を尋ねることができなかった。恋愛の話に移行するのに自然な話題など持ち合わせていない。袋小路に入りかけていた僕に、佐藤君が言った。
「そういえば、四谷さんでしたっけ? その後恋人とは上手く行ってるんでしょうか」
「ああ、うん。今日は仕事終わってから会うって言ってたし。順調だと思いますよ」
「そうですか。よかった」
 ほっとしたように表情を緩める佐藤君。
「気にしてくれてたんですか。……優しいですね」
「いえ、そんなんじゃないです」
「そう?」
「だって恋人と上手く行ってないと、村上さんと飲みに行っちゃったりするでしょう。……それだと俺がつまんないなと思って」
「そ、そうですか」
「はい」
 爽やかな笑顔にいたたまれなくなって、僕は視線を逸らした。
「そ、そういえば、佐藤君は今付き合ってるひととかいるの?」
 いたたまれなさから逃れようとして、訊けずにいたたことを訊いてしまった。様子を窺うように彼を見ると、戸惑いがちな瞳に出会う。
「何ですか、急に」
 困ったように笑う彼は、どうやら質問の意図を測りかねていたらしい。確かに、少し唐突すぎたかもしれない。
「いや、何となく。さっき、ひとりだとつまんないみたいなこと言ってたから、どうなのかなって」
「……そうですね。今は、いないです」
 佐藤君に恋人がいないからといって自分に順番が巡ってくるわけではないのだが、何となく安心してしまう。
「そっか」
「はい。あ、でも」
「でも?」
「好きなひとは、います」
 こういうのも、失恋になるのだろうか。彼の切ない目の色に、僕は自分の身体が冷たく強張っていくのを感じた。
「あ……そう、なんだ」
 好きなひと、と聞いて僕がとっさに思い浮かべたのは、先程会ったばかりの佐藤君の元彼だった。
 芸能人にいてもおかしくないような、甘い顔立ちの青年。やっぱり、今好きなひともそういう感じなんだろうか。
「どんなひと?」
 会話を繋ぐためだけに質問すると、佐藤君は目を細め、口元を緩めた。
「年上の、癒し系です」
 半分だけ、自分とも合致した。しかし元彼は同い年だったのだから、別に年上が好きなわけではないと思う。
「癒されてるんですか」
「そうですね。結構」
 僕を癒してくれている彼は、僕の知らない誰かに癒されている。確かに、癒すより癒される方がいいだろう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...