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「上手く、行くといいね」
こんなことを言いたいわけではなかったが、言わずにはいられなかった。
「はい。そうなるように頑張っているところなんですが、なかなか上手くは行かなくて」
何もかも見透かすような目に見つめられ、とくんと心臓が音を立てた。彼の好きなひとに向けられるはずの視線が、今は僕に向けられている。
「佐藤君でも、上手く行かないなんてあるんだ……?」
「それは、ありますよ」
「相手がいるひと、とかじゃないですよね?」
「じゃ、ないはずです。前にいないって言ってたんで。好きなひととかまでは分からないですけど」
彼もまた、自分と同じ切なさの中にいる。恋愛は、物悲しい。
「村上さんは、どう思います?」
卓上コンロの位置を少しずらしてテーブルに手を着き、佐藤君は僕との距離をわずかに詰めた。たった数センチ近付いただけで、心臓が早鐘を打つ。
「どうしたら、俺のことを好きになってくれると思いますか」
もう好きになっている自分に訊かれても、答えようがない。しかし本当のことは言えないので、少し考えるふりをした。
「物理的に距離を縮めるといい、と四谷さんなんかは言ってたけど」
「もう、してるつもりなんですけど」
「じゃあ、何か得意分野でアピールするとか……? 佐藤君だったら、手料理を振る舞うとか?」
「それも、実践済みです」
実践済み。この料理を振る舞われているのは僕だけじゃない。自ら提案したことでショックを受ける自分が、ばかみたいだった。
「……難しいですね」
どれだけ外見が整っていようと、人徳者であろうと。好きなひとが好きになってくれないのなら恋愛的に意味はない。
「はい。でも俺、諦めてませんから」
綺麗な笑みを浮かべて、佐藤君が言う。
「好きになってもらえるよう、頑張るつもりです」
告白のような真剣さで告げられ、僕は怯んだ。恋愛に関しては、頑張ることより諦めることの方が現実的だと思ってしまう自分には、眩し過ぎる。
「佐藤君は強いね……」
「そんなことないですよ」
「そうかな」
「本当に強かったら、そもそも恋愛しようとは思いませんから」
そう、かもしれない。すべて満たされていたら、誰かを求めたりしない。自分にはないものを持っている、自分の欠けている部分を埋めてくれるような、そんな存在に、人は惹かれるのだと思う。
「うん、そうだね。きっと」
彼の恋愛が上手く行ったら、僕の恋愛は上手く行かなくなる。そうと分かっていても僕は、彼の失恋を願う気にはなれなかった。
「佐藤君」
「はい」
「実は、僕にも今気になっているひとがいるんです」
「え……?」
クールな顔が乱れた。思った以上に驚いてくれたことで、つい笑ってしまう。
「相手には、他に好きなひとがいるみたいなのですが。君に倣って、少し頑張ってみようかなと」
「そう、なんですか」
「はい。……頑張ります」
俺も頑張ります、と微笑む佐藤君の。
どこか複雑そうな表情の意味に、このときの僕は気づくことができずにいた。
食後は、既に彼がお風呂にお湯を張ってくれていたので、そのまま入浴を済ませた。濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、眼鏡をかけた彼が真剣な顔でスポーツニュースを見ていた。
「サッカー?」
「はい。昔やってたんですけど、観るのも結構好きで。村上さんは、好きなスポーツとかありますか?」
「んー……特にないですね。あ、でも野球は割と好きかも」
「そうなんですか?」
「四谷さんが好きだから、バッティングセンター連れてかれたりとか、試合観に誘われたりとかしてるうちに、何となく」
それは四谷さんの塾で働き出したばかりの頃のことで、まだ彼との関係もぎこちなかった。おそらく、僕と打ち解けようとして誘ってくれたのだと思う。懐かしく思いながら話すと、佐藤君が何か考え込むように沈黙していた。
「佐藤君……?」
「ほんとに、仲いいんですね」
「え? まあ、うん」
「今度、俺と一緒に行きませんか」
「バッティングセンター? 試合観戦?」
どっちも、と佐藤君がいつもの笑顔で言うので。いいですよ、と僕も笑って見せた。ずっとこのままの生活が続けばいいな、なんて。甘い考えを、このときの僕は抱いていた。
こんなことを言いたいわけではなかったが、言わずにはいられなかった。
「はい。そうなるように頑張っているところなんですが、なかなか上手くは行かなくて」
何もかも見透かすような目に見つめられ、とくんと心臓が音を立てた。彼の好きなひとに向けられるはずの視線が、今は僕に向けられている。
「佐藤君でも、上手く行かないなんてあるんだ……?」
「それは、ありますよ」
「相手がいるひと、とかじゃないですよね?」
「じゃ、ないはずです。前にいないって言ってたんで。好きなひととかまでは分からないですけど」
彼もまた、自分と同じ切なさの中にいる。恋愛は、物悲しい。
「村上さんは、どう思います?」
卓上コンロの位置を少しずらしてテーブルに手を着き、佐藤君は僕との距離をわずかに詰めた。たった数センチ近付いただけで、心臓が早鐘を打つ。
「どうしたら、俺のことを好きになってくれると思いますか」
もう好きになっている自分に訊かれても、答えようがない。しかし本当のことは言えないので、少し考えるふりをした。
「物理的に距離を縮めるといい、と四谷さんなんかは言ってたけど」
「もう、してるつもりなんですけど」
「じゃあ、何か得意分野でアピールするとか……? 佐藤君だったら、手料理を振る舞うとか?」
「それも、実践済みです」
実践済み。この料理を振る舞われているのは僕だけじゃない。自ら提案したことでショックを受ける自分が、ばかみたいだった。
「……難しいですね」
どれだけ外見が整っていようと、人徳者であろうと。好きなひとが好きになってくれないのなら恋愛的に意味はない。
「はい。でも俺、諦めてませんから」
綺麗な笑みを浮かべて、佐藤君が言う。
「好きになってもらえるよう、頑張るつもりです」
告白のような真剣さで告げられ、僕は怯んだ。恋愛に関しては、頑張ることより諦めることの方が現実的だと思ってしまう自分には、眩し過ぎる。
「佐藤君は強いね……」
「そんなことないですよ」
「そうかな」
「本当に強かったら、そもそも恋愛しようとは思いませんから」
そう、かもしれない。すべて満たされていたら、誰かを求めたりしない。自分にはないものを持っている、自分の欠けている部分を埋めてくれるような、そんな存在に、人は惹かれるのだと思う。
「うん、そうだね。きっと」
彼の恋愛が上手く行ったら、僕の恋愛は上手く行かなくなる。そうと分かっていても僕は、彼の失恋を願う気にはなれなかった。
「佐藤君」
「はい」
「実は、僕にも今気になっているひとがいるんです」
「え……?」
クールな顔が乱れた。思った以上に驚いてくれたことで、つい笑ってしまう。
「相手には、他に好きなひとがいるみたいなのですが。君に倣って、少し頑張ってみようかなと」
「そう、なんですか」
「はい。……頑張ります」
俺も頑張ります、と微笑む佐藤君の。
どこか複雑そうな表情の意味に、このときの僕は気づくことができずにいた。
食後は、既に彼がお風呂にお湯を張ってくれていたので、そのまま入浴を済ませた。濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、眼鏡をかけた彼が真剣な顔でスポーツニュースを見ていた。
「サッカー?」
「はい。昔やってたんですけど、観るのも結構好きで。村上さんは、好きなスポーツとかありますか?」
「んー……特にないですね。あ、でも野球は割と好きかも」
「そうなんですか?」
「四谷さんが好きだから、バッティングセンター連れてかれたりとか、試合観に誘われたりとかしてるうちに、何となく」
それは四谷さんの塾で働き出したばかりの頃のことで、まだ彼との関係もぎこちなかった。おそらく、僕と打ち解けようとして誘ってくれたのだと思う。懐かしく思いながら話すと、佐藤君が何か考え込むように沈黙していた。
「佐藤君……?」
「ほんとに、仲いいんですね」
「え? まあ、うん」
「今度、俺と一緒に行きませんか」
「バッティングセンター? 試合観戦?」
どっちも、と佐藤君がいつもの笑顔で言うので。いいですよ、と僕も笑って見せた。ずっとこのままの生活が続けばいいな、なんて。甘い考えを、このときの僕は抱いていた。
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