I don't like you.

広瀬 晶

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過去

7

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 四谷琉聖と昼食。一体、何の罰ゲームだろうと思う。
「若葉、俺それ食べたいんだけど」
「嫌だ」
    弁当箱の中の卵焼きを指差す四谷に即答で返すと、正面から奪われた。
「……僕の」
「ごちそうさまでした」
    爽やかな笑顔で礼を言われても、ちっとも嬉しくない。僕は自分にできうる最大限の怖い顔で、四谷琉聖を睨みつけた。
    卵焼きを失い、最後に残ったミニトマトを口に放ると、口の中に独特の甘さが広がっていく。目の前で食事を続けている四谷に、僕は言った。
「四谷。僕、先に戻るから」
「何で?」
「もう、食べ終わったし」
    空になった弁当箱を片しながら、次の授業について考える。五限は確か現国だった。四谷はサボる気だろうか。
「次、ちゃんと授業出なよ」
「そんなに心配なら、教室に戻るかどうか見張ってれば?」
「……」
    ほっといたら、本当にサボるかもしれない。僕は浮かしかけた腰を、再度食堂の椅子の上に下ろした。
「まあ、食え」
    卵焼きの謝罪だろうか。四谷がそっと杏仁豆腐を差し出してくる。どうやら、四谷が頼んだラーメンセットにデザートとしてついていたものらしい。もし四谷が、わざわざデザートを単品で頼んでいたら、見た目とのギャップでおもしろかったのだが。そんなことを考えながら、杏仁豆腐を口に運ぶ。
    ふいに、吐息だけで四谷が笑った。気のせいといってしまえばそれまでだが、最初の頃よりもやわらかな笑みが増えてきているような気がした。
「四谷?」
「いや、うまそうに食うなと思って」
「それは、まあ、好きだから」
「何が?」
「何がって……甘いものが」
    そうか、と四谷琉聖はまた笑った。
基本的に、四谷の言うことは訳が分からない。分からないのに、時々妙に気恥ずかしい気持ちにさせられるのはどうしてなのか。
    杏仁豆腐をすべて食べ終え、僕が胸の前で両手を合わせたときには、四谷琉聖もラーメンセットを完食していた。
「一緒にサボってみる?」
    問われ、首を真横に振る。そういうのは性に合わない。自分の場合、仮にサボったとしても、サボった授業のことが気になって結局楽しめずに終わるんだろうなと思う。
「ばかなこと言ってないで、行こ」
「はいはい」
    本当に、四谷と自分は違っている。四谷が僕をからかうのもそのためだろう。もし僕が四谷の誘いに乗って授業をサボれるような人間だったら、四谷は僕に絡まなくなるのだろうか。
──やっぱり、サボる。
    そう言ってみたい衝動に駆られたが、僕はそれを口に出すことができなかった。
「現国か、だるいな」
    四谷が隣でぼやく。
「そうかな。僕は数学よりは好きだけど」
    ほら、やっぱり。四谷と僕の間には共通点なんて存在しない。
「琉聖。と、若葉ちゃん」
    四谷が教室の扉を開くと、新田君と目が合った。彼の席は、廊下側から数えて二列目のいちばん後ろにある。
「若葉ちゃん、若葉ちゃん」    
    僕はまっすぐ自分の席には席に戻らず、一旦彼のところで足を止めた。四谷は一度こちらを振り返ったが、何も言わずに席に着いた。
「何?」
「琉聖に、いじめられた?」
「……られてない」
    事実はどうあれ、男としてそこは認めたくなかった。
「そっか。だったらいいんだけど。若葉ちゃんと放課後バスケした件で、何かあいつ不機嫌そうにしてたから」
    新田君が小声で話すので、僕も自然と小声になる。
「何が気に食わなかったんだろう?」
 素直に疑問を吐露すると、新田君がぷはっと吹き出した。
「若葉ちゃんが、琉聖のお気に入りだからじゃん?」
「お気に……。それはないと思う」
    なくない、と彼は断言した。
「若葉ちゃんが思ってるよりずっと、琉聖は分かりやすいよ」
    分かりやすい? 僕からしてみたら、意思の疎通が図れないという点で、四谷琉聖なんて火星人と変わりない。
「男なんて、そんなもんだって。超単純」
「あの……僕も男なんだけど」
    その理屈だと、僕も四谷琉聖のことを理解できていないとおかしなことになるのではないか。
「若葉ちゃんは、何か、別枠?」
「それってどういう……」
「あ、そろそろ先生来ちゃうよ?」
    教室の時計を振り返ると、間もなく授業が始まる時間だった。話の途中ではあったが、ひとまず自分の席へと戻る。
「……真、何だって?」
    着席した途端、四谷琉聖に訊かれる。
「さあ」
「さあ、って何だよ」
「何か、よく分からなかった」
    嘘ではない。新田君は、何が言いたかったのか。火星人の友達は、やはり火星人なのだろうか。
    四谷は興味を失ったらしく、それ以上訊いてはこなかった。直後に現国の先生がやってきたので、僕もその会話について考えるのをやめた。だるいと言っていた四谷だったが、この時間は寝ることなく、最後まできちんと起きていた。よって、僕が彼に話しかけることもなかった。
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