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現在
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しおりを挟む「いいの?」
支払いを済ませ戻ってきた彼に、小声で問いかける。彼に何かプレゼントしてもらうことは初めてではなかったが、こんな何でもない日に買ってもらうことには気が引けた。
「ああ」と頷く四谷。
何でもない日、ではないかもしれない。恋人の自覚を持って、彼と一緒に出かけた最初の日。スノードームの入った包みを受け取り、僕は胸に抱きかかえた。
「ありがとう。……大切にする」
いつか、思い出すのだろうか。この日のこと。四谷が僕をひたすら甘やかしてきたこと。それが恥ずかしくて、嬉しかったこと。どうしようもなく、好きだなと思ったこと。
夕食を済ませてから、四谷のマンションを訪れた。コートを脱いだ途端、四谷に後ろから抱き締められる。
「四谷……?」
「やり直していい?」
「やり直し?」
四谷が腕の力を緩めたので、僕はくるりと身を翻して彼と向き合った。身長差があるので、自然と見上げる形になる。彼の目が、僕を捉える。
何だか高校のときに戻ったような気がした。自由で、身勝手で、強い。自分にない、光。
「若葉」
「はい」
「大切にするから。俺の、恋人になってください」
僕が固まると、はいって言えよと四谷が笑った。
やり直しというのはおそらく、彼に再会し、初めて抱かれた夜を指してのことだ。気持ちを伝えずに身体を重ねてしまった、あの夜の。分かってはいたが、彼の告白に戸惑いを隠せず、僕は睫毛を伏せて笑った。
「そんなの、改めて聞かなくても。分かってるでしょう」
「それでも。もう、逃がしたくないから」
彼の言葉を、僕は頭の中で反芻した。本当は、僕等は随分前から恋人同士だったのだと思う。僕が彼を想うように、彼は僕のことを想っていてくれていたのだから。ただ言葉が足りなくて、通じ合えなくて、互いにすれ違ってしまった。恋しく想っているのは、自分だけのような気がしていた。
「四谷」
僕は彼の手を優しく握りしめた。
「今後とも、どうぞよろしくお願いします」
こちらこそ、とでも言うように、四谷が僕の手を握り返した。
キスの音が、寝室に響く。舌を絡めて、吸って。それだけのことが、どうして気持ちいいのか分からない。羞恥よりも心地よさが上回り、僕は自分から彼の舌を舐めた。ざらりとした触感に、肌が粟立つ。
「若葉、手」
自らの下肢へと伸ばした手を掴まれ、僕は眉根を寄せた。四谷の大きな手に包み込まれ、反射的に声が出る。緩やかに上下する手が、性感を煽る。
「四谷」
緩慢な動きに焦らされつつ、口を開く。
「……っと」
「若葉?」
「もっと、して」
いいよ、と四谷が微笑む。愛おしそうに僕を見る、その笑顔に、胸がいっぱいになる。中に濡れた指を差し込まれ、吐息が零れる。こちらの反応を確かめながら、的確に攻めてくる指先。熱く、溶かされて。自分のすべてが、四谷によってつくり変えられていく。指だけでは、足りない。もっと奥、いちばん深いところで四谷を感じたかった。
「四谷、もう……」
「『四谷』?」
「……琉聖、お願い」
名前を呼んでねだると、彼は僕の頬にキスをした。
「力、抜いてて」
それに頷くと同時に、彼が僕の中を埋め尽くしていく。指とは異なる質量に、息を呑む。身体だけでなく、心まで深く繋がっていくような気がした。
四谷が、自分の中にいることが嬉しい。涙の滲む瞳で彼を見る。彼のことしか考えられなくなるこの時間が、とてもしあわせだと思った。
「琉聖」
「何? 苦しい?」
僕は首を真横に振った。
「すき……好き」
四谷は、何も言わなかった。ただそっとキスをして、中を攻める動きを速めた。好き、と告げる度に。彼に、堕ちていく。
欲を吐き出したのは、ほぼ同時だった。達した余韻ですぐには動けずにいると、四谷が代わりに身体を拭いてくれる。胸に飛び散ったものだけでなく、中に注がれたものまで処理され、いたたまれない気持ちになる。でも、触れる手が温かくて、心地よくて。ふつりと意識が途切れた。
次に目を覚ましたときには、天井の照明は消されていて、ベッド横のライトの灯りが薄く周囲を照らしていた。
四谷が着せたのだろう、いつの間にか彼のパジャマを身につけている。隣では、四谷が寝転んだ姿勢で本を読んでいた。
「四谷」
「悪い、起こしたか」
ぱたんと本を閉じて、サイドテーブルに置く。薄暗がりの中で、彼の表情はとてもやわらかく見えた。
「ううん。僕、結構寝てた……?」
四谷は時計を見て、小さく笑った。
「日づけ、替わったな」
ぽんぽんと、僕の頭を撫でて。
「誕生日、おめでとう」
きゅうっと胸を締めつけられながら、僕はこの日、三十五歳になった。
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