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第19話 スルーっとパスして
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※作者の知り合いが体験した話です。ホラーではありません。
昔、私が大学生の頃、帰りが遅くなって電車の終電に乗った。
走り出した車両に、人はまばらだった。
私が腰かけている長椅子の向かい側には、20代半ばと思しきスーツ姿の男が足を広げて座っていた。手すりにもたれかかり、よほど疲れている様子だった。
彼は舟をこぎながらも、降りる駅を逃すまいと時々目をひんむいて顔を上げていた。
男のいる場所から2メートルほど離れた先に、パンパンに膨らんだ縞模様のセカンドバッグが置かれていた。他に人は見当たらないので、彼の物と思われる。
向かいにいる私からは、約1メートル離れた位置にあった。
不用心だとは思ったが、人も少なかったので静観することにした。
しばらくすると、電車は次の駅の構内に停車した。
男は眠気に負けて手すりに腕を絡ませたまま、一向に顔を上げる気配はない。
ドアは開いたが遅い時間帯なので、乗り降りする人は誰もいなかった。
「〇〇線、まもなく発車いたします」
このアナウンスに、男がハッと顔を上げて辺りを見回した。自分の降りる駅だと瞬時に認識したらしい。爆弾から逃げるように慌てて腰を上げて、まだ開いているドアへと一目散に走っていった。
「忘れ物です!」
私が気付いて声をかけると、男はドア付近で振り返って自分のいた椅子を見た。
離れた所にポツンと置かれた、縞模様のセカンドバッグ。
だが、ここで引き返せばもう間に合わない。
私はとっさに立ち上がって男のバッグをつかんだ。
開いたドアと彼との間を狙って、私はバッグを全力で投げた。
「閉まるドアにご注意ください」
アナウンスの声を背景に、バッグが風を突っ切って飛んでいく。
ディフェンスのような両扉の間をかいくぐり、バッグはホームに躍り出た。
男はゴールキーパーのように、開いたドアから飛び跳ねて手を伸ばした。
かなり態勢を崩したが、バッグは男の手に見事に収まり、同時にピーッと車掌の笛が鳴った。
試合終了の合図みたいだった。
すぐにドアがプシューッと音を立てて閉まり、私はホッとして胸をなでおろした。
サッカーで相手の選手と選手の間を通すパスを「スルーパス」と呼ぶが、まさに奇跡のファインプレーだと、ガッツポーズでも決めたい気分になった。
やがて走り出した車両の向こうで、男が大きく叫んだ。
「駅、間違えたあっ!!」
彼にバッグを直接パスすれば良かったのにと、機転の利かなかった当時の自分が恥ずかしい。
あのあと、彼は無事に帰れたのだろうか。
何も考えずスルーッとパスした結果、オウンゴールにつながってしまったことに、今も罪悪感を覚えるのだ。
(了)
◎年末年始で慌ただしい雰囲気とは思いますが、降り間違いにはどうかご注意を。
昔、私が大学生の頃、帰りが遅くなって電車の終電に乗った。
走り出した車両に、人はまばらだった。
私が腰かけている長椅子の向かい側には、20代半ばと思しきスーツ姿の男が足を広げて座っていた。手すりにもたれかかり、よほど疲れている様子だった。
彼は舟をこぎながらも、降りる駅を逃すまいと時々目をひんむいて顔を上げていた。
男のいる場所から2メートルほど離れた先に、パンパンに膨らんだ縞模様のセカンドバッグが置かれていた。他に人は見当たらないので、彼の物と思われる。
向かいにいる私からは、約1メートル離れた位置にあった。
不用心だとは思ったが、人も少なかったので静観することにした。
しばらくすると、電車は次の駅の構内に停車した。
男は眠気に負けて手すりに腕を絡ませたまま、一向に顔を上げる気配はない。
ドアは開いたが遅い時間帯なので、乗り降りする人は誰もいなかった。
「〇〇線、まもなく発車いたします」
このアナウンスに、男がハッと顔を上げて辺りを見回した。自分の降りる駅だと瞬時に認識したらしい。爆弾から逃げるように慌てて腰を上げて、まだ開いているドアへと一目散に走っていった。
「忘れ物です!」
私が気付いて声をかけると、男はドア付近で振り返って自分のいた椅子を見た。
離れた所にポツンと置かれた、縞模様のセカンドバッグ。
だが、ここで引き返せばもう間に合わない。
私はとっさに立ち上がって男のバッグをつかんだ。
開いたドアと彼との間を狙って、私はバッグを全力で投げた。
「閉まるドアにご注意ください」
アナウンスの声を背景に、バッグが風を突っ切って飛んでいく。
ディフェンスのような両扉の間をかいくぐり、バッグはホームに躍り出た。
男はゴールキーパーのように、開いたドアから飛び跳ねて手を伸ばした。
かなり態勢を崩したが、バッグは男の手に見事に収まり、同時にピーッと車掌の笛が鳴った。
試合終了の合図みたいだった。
すぐにドアがプシューッと音を立てて閉まり、私はホッとして胸をなでおろした。
サッカーで相手の選手と選手の間を通すパスを「スルーパス」と呼ぶが、まさに奇跡のファインプレーだと、ガッツポーズでも決めたい気分になった。
やがて走り出した車両の向こうで、男が大きく叫んだ。
「駅、間違えたあっ!!」
彼にバッグを直接パスすれば良かったのにと、機転の利かなかった当時の自分が恥ずかしい。
あのあと、彼は無事に帰れたのだろうか。
何も考えずスルーッとパスした結果、オウンゴールにつながってしまったことに、今も罪悪感を覚えるのだ。
(了)
◎年末年始で慌ただしい雰囲気とは思いますが、降り間違いにはどうかご注意を。
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