化粧通貨

rara33

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7、回復しない価値

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 ――自分はサービス残業で少ない給料から「美円」用の税金までとられているのに、美形の若者ばかりが得をして気楽に暮らしているのが許せなかった。

 警察の取り調べによるとマロさんをカミソリで襲ったのは、「美円制度」に大きな不満を持つ中年男性とのことだった。

 最小値の「1美円」しか取れない自分に比べて、5倍も得をする「5美円」の常連である「インフル美円サー」の存在に、前から一方的な恨みを抱いていたとも供述している。


(マロさんが自身の美しさを維持するために、普段どれだけ努力しているのか知りもしないくせに!)


 私は犯人に対して深い憤りを覚えると同時に、顔に傷を負ったマロさんのことが心配でならなかった。

 幸いマロさんの顔の傷は浅く、目やくちびる等は無事だったものの、頬に傷跡が残るのは間違いないとの医者の見立てだった。

 天涯孤独のマロさんのために、退院後の彼の身の回りの世話に私は奔走した。彼は経過処置のために病院に行く以外は、ショックで自宅から一歩も出なくなっていたから。

 事件のニュース速報以降、マロさんのSNSのアカウントには数えきれないほどのメッセージがひっきりなしに届いていた。


〖 怪我をしてもマロさんは美しいよ! 負けないで! 〗

〖 応援してます! 役に立ちたいのでなんでも言ってください! 〗


 もはや「インフル美円サー」ではないとみて離れていく人々もいる一方で、何があっても見守ってあげるという真心のこもったフォロワーさんが意外と多かった事実に、私は泣きそうになった。

 マロさんは自分のアカウントを見るのが辛いとのことだったので、私が代理で彼の感謝とお詫びのメッセージを投稿した。

 それに対して、またあっという間にたくさんの「いいね」がついた。

 人とのつながりってネットの中にも存在するんだな、と私は改めて思った。

 ◇ ◇

「部屋の中の鏡をすべて、カバーか何かで覆ってもらえませんか」

 事件発生から1ヶ月が経った師走の昼過ぎ、ベッドから起床したマロさんが力のぬけた声で私に言った。

 ぐったりとリビングのソファに座って虚空を見つめる様は、ゼンマイの切れた人形のようだった。

 頬に貼られた白いガーゼも整った横顔も、同じ無機質な存在で冷たく見えた。

「……分かりました。でもダメですよ、弱気になっちゃ」

 私の声など耳にも入らないといった体で、マロさんは物憂げに金髪の後ろ側をかいた。プリンになった髪の根元にツヤはなく、全体がしぼんだようにも見える。

「窓も反射するんで、レースカーテンはつねに閉めておいてください」

 明るい日中の光を横目に見ながら、マロさんはうっとうしげに言った。

「え? でも、日光浴は美肌にも良いってマロさんが言ってたじゃないですか。昼間から暗くしてたら、気分も滅入りますよ」

「いいから閉めてください」

 事件の前の彼からは想像もつかないような、いらついた口調だった。

 私は彼の気を静めようと愛想笑いをした。

「明るい間なら反射しないですよ。外を眺めるだけでも肌の回復につながるってお医者さんも言ってたし。それに頬のことなら、皮膚移植の方法もあるってーー」

「いいから閉めろっつってんだよッ!」

 いきなりマロさんは声を荒げて、包帯を切る用のハサミを取り上げた。

 次の瞬間、リビングに面した窓に向かってハサミがダーツのように真っ直ぐ飛んで行った。


 バアンと大きな音を立てて、窓が一瞬震えた。

「ひい!」

 悲鳴を上げた私の前で、窓に勢いよく叩きつけられたハサミが、平手打ちされた蚊のようにあえなく床に落ちた。

 高層フロアの窓は分厚いため割れることはなかったが、窓には白いシミみたいな傷が残った。


 ――マロさんに綺麗な景色を見て、少しでも元気になってほしいなあ。

 そう思って私が窓ガラスを今朝ピカピカに磨いたせいで、余計にその白い小さな傷が目立って見えた。

 そうか、これが今のマロさんの状態なんだ。

 どんなに完璧だった価値を取り戻そうとしても、もう回復できない傷ができてしまったんだ。


「……分かりました。ごめんなさい」

 震える声で謝ると、私はカーテンをピシャリと閉めてリビングを出た。

 寒い廊下の隅で一人泣いていると、どこからか石焼き芋のメロディーがAIのアナウンスとともに聞こえてきた。


 マロさんのことを、心ごと温めてあげたいと思った。

(第8章へ)
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