恋詠花

舘野寧依

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第一章:通達、昔語り

第3話 昔語り(2)

 それから国王に冷遇された正妃によるクリスティナへの嫌がらせが始まった。


「まあ、酷いですわ!」

 クリスティナの衣装部屋のドレスが全て泥で汚されているのを発見して、侍女達が眉を顰めた。
 名こそ出さないが、侍女達は正妃のことを口々に非難している。

「他の部屋に衣装があったでしょう。そこから出してきてちょうだい。……このことは、陛下にはくれぐれも内密にね」
「は、はい……」

 クリスティナが侍女に念を押したが、その者以外も納得できないような顔をしていた。

 今や誰の目にも王の寵愛は第二王妃であるクリスティナにあるのは明らかだ。
 それ故に、黙って正妃の横暴を許すのはクリスティナに心酔しつつある侍女達には看過できなかったのである。



「クリスティナがオーレリアの手の者に衣装を汚されたと?」

 ディラックは執務の手を止めて、その侍女から報告を受けていた。
 彼はそれを聞きながら嫌悪をあからさまに顔に出していた。

「はい、十中八九間違いないと思われます。正妃様付きの使用人が出入りするのを目撃した者もおります」
「……そうですか。では、正妃の衣装を全てズタズタに引き裂くように」

 それを聞いた侍女は息をのんで、さすがにためらう様子を見せた。

「で、ですが……」
「王であるわたしが許可します。必ず実行に移すように」

 命令を受けた侍女は顔を青くしながら頷くしかなかった。これを拒否した場合、王からどんな処罰が待っているか分からない。


 報告に来た侍女が退室すると、ディラックは手元の真新しい紙をぐしゃりと片手で握り潰した。

「……オーレリア、クリスティナに手を出すとは小賢しい」

 だが、このことで少しあの妃もおとなしくなるだろうとディラックは事態をまだ軽く見ていた。



 翌日、国王の命を受けた侍女の手の者によって、それは実行された。

「正妃様、大変ですわ! お衣装が全てズタズタにされております」
「なんですって! ……あの女、己の血の卑しさも顧みもせずになんと恐ろしい真似を」

 見るも無惨な姿になった衣装にオーレリアは顔色を無くしながらもここにはいない憎い恋敵に悪態をつく。

 それまで卑しいクリスティナにしてやったりと嘲笑していた正妃オーレリア側にとって、その反撃は激しい衝撃だった。
 まさか、クリスティナ側が仕返しをしてくるとは思っていなかったのである。
 ……実際は、クリスティナは関わっておらず、王命によるものであったが、まだ彼女達はそこまで把握してはいなかった。

 衝撃からどうにか立ち直ったオーレリア付きの侍女達は、賓客用の衣装部屋から正妃の衣装を調達して彼女に着付ける。
 そして急遽衣装屋を呼びつけて、ドレスを何十着と新調させたのである。



 それを聞きつけたディラックは正妃の浪費に思わず顔をしかめた。

 衣装ならば、要人用の予備の部屋にいくらでも準備してあるのだ。
 今回オーレリアがドレスを大量に新調し、それに合わせた飾りなども作ったため、国の財政圧迫までとはいかないが、妃にかかる費用の上限を明らかに超えてしまったのである。

「オーレリアに無駄な出費を控えるようにと伝えなさい」

 ……もっとも、この件についてはディラックの自業自得とも言えた。
 クリスティナと同じように衣装を汚すだけにとどめたならば、今回の正妃の浪費には繋がらなかったかもしれないのだ。

 そして、宰相を通して、オーレリアに伝えられた言葉に対しての彼女の返答はこうだった。

「卑しい女に衣装をズタズタにされたのです。それに、正妃の衣装がみすぼらしいのはいけませんわ。ですから衣装を新調するのは当然のことです。ご不満があるのでしたら、あの女におっしゃってくださいませ」

 正妃に衣装を汚されたクリスティナは、その洗濯が終わるまで予備のドレスで過ごしているというのに、それを思うとディラックは余計にオーレリアのことを厭わしく感じられた。


 そして、正妃の嫌がらせはクリスティナにとどまらず、その娘のアイシャにも向けられた。



「きゃあぁ」

 アイシャは鏡台の上に芋虫の死骸を見つけて思わず叫びをあげた。
 芋虫はバラバラにされて、ところどころ潰れて鏡台の上に汚らしく張り付いている。

「誰かに片づけさせますわ」

 アイシャ付きの侍女のライサが言うが、若い侍女達は気持ち悪がって傍にすら近寄らない。
 ライサは男性の使用人を呼び出すと、鏡台の上を片づけさせた。
 悪趣味なことに、道具のあちこちに芋虫の死骸を擦りつけたらしい。肉片がブラシや道具類にこびりついている。
 仕方なく、その道具類は処分することにライサは決めた。


 それから、ライサはクリスティナとディラックに事の次第を伝えた。

「わたしだけならともかく、アイシャにまで……酷い」

 正妃から王の寵愛を奪った形のクリスティナは自分が嫌がらせを受ける分には仕方ないと諦めていたが、それがアイシャにまで及んだことを知り、憤った。

「……とにかく、アイシャの道具を駄目にした者は探し出して、処罰しておきます。クリスティナ、それで許してください」
「え、ええ。なにとぞ、その者にはあまり酷い罰を与えないでくださいませ。おそらく、逆らうことの出来ない立場の者でしょうから」

 確かに実行したのはオーレリアの使用人だろうが、身分の低い彼らには正妃の命令に抗うことなど実質不可能だ。

「……分かりました。心に留めておきます」

 出来ることなら拷問にでもかけたいところだが、クリスティナのたっての願いだ。
 仕方なくディラックはその懇願を聞くことにした。
 それにそのような末端のものを処罰したところで、オーレリアには痛くも痒くもないだろう。

 そして、同じようにオーレリアの道具類を駄目にしても、衣装の時と同じように確実に高価な物へ新調されるだろう。
 そこにも正妃オーレリアの計算を感じて、ディラックは歯噛みし、彼女への憎しみを募らせた。
 そしてクリスティナに聞こえないように呟く。


「オーレリア、このままで済ますとは思わないことだ」

 ──しかし、ディラックのその言葉とは裏腹に、正妃オーレリアのクリスティナ母娘への仕打ちは次第に酷いものへと加速していったのである。
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