恋詠花

舘野寧依

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第二章:新しい環境

第10話 大陸の内情

「トゥルティエールから書簡が届いただと?」

 ハーメイ国王の執務室で、カルラートは聞きたくもない名に思わず顔をしかめた。

「はい、それも王直筆の物のようです」

 宰相のオルグレンが困惑したようにその仰々しい箱に収められた書簡をカルラートに手渡した。
 その書簡の内容に目を通したカルラートは忌々しそうにそれを放った。

「陛下、またそのようにトゥルティエール国王の書簡を乱暴に扱っては──」
「これがありがたがるような内容であればそうするがな」

 それは、「嫁がせた王妹と寝所を共にしていないという報告を受けたが、どういうことだ。トゥルティエールに恥をかかせる気か」という、叱責の文面だった。


 この短期間でそれを知らせるのは、アイシャ付きの侍女では無理だろう。
 カルラートは意図してアイシャに魔術師を付けていなかった。
 今回の件をトゥルティエールに早々と知らされてはいろいろと面倒だからだ。

 とすると、これはどう考えても密偵の報告だと思われた。
 この王宮に各国の密偵が入り込んでいてもおかしくはないとカルラート自身思ってはいるが、こうも堂々とそれを記してくるとは恐れ入る。
 カルラートはオルグレンにその書簡を渡すと、それを読んだ彼は顔を青ざめさせた。

「へ、陛下、アイシャ様と寝所を共にしていないというのは誠なのですか?」
「ああ、まだ一度も共にしていない」

 こともなげにそう言うカルラートに、オルグレンは倒れそうな顔色で叫んだ。

「陛下、それはまずすぎます! かの国の機嫌を損ねてはこの国の立場が危うくなります」

 ……確かにオルグレンの意見はもっともなものだ。
 このハーメイが二つの大国に挟まれている小国であるにも関わらず今まで消滅しなかったのは、ひとえに両国の温情故に他ならないのだ。
 その一つの国に睨まれるのは、個人的意見はともかくとして、国王としては避けたかった。

 ──しかし、である。

「……確かにトゥルティエールの心証は悪くはなるだろうが、この大陸にガルディアがある限り戦だけにはなるまい」
「それはそうですが……」

 オルグレンは、ガルディアの名を聞いて、不承不承頷いた。
 それくらいガルディアという大国は、この大陸では特殊かつ、偉大なのだった。



 ハーメイは、この大陸一の領土を誇る魔法大国のガルディアと、その昔、大きな戦になりかけたことがある。

 とはいっても、もう二百年も前の話になるが、二代に渡る時の王達が伝説の美女と言われた姫君に恋をして、国境沿いを攻撃し、姫を無理矢理城から攫うという暴挙を犯したことがあった。

 しかしそれは、圧倒的な戦力のあるガルディアの勝利で姫を救出したという結果に終わった。

 自国のこととはいえ、その話を聞く度に時の王達はとんでもない馬鹿者かと思ってしまう。
 おかげで長い間、ガルディアから自国の特産品である織物や金細工などの関税で苦しめられたのだ。
 主に特産品で成り立っている小国で、これほどの罰はあるまい。
 この国の王として、その時の王に愚痴くらい言いたくなっても仕方ないだろう。

 しかし、そんな強大な戦力を持っているガルディアは無駄な戦闘を嫌う傾向にある。
 それ故に、ハーメイはその時に滅ぼされていても不思議ではなかったのだが、かの姫君の口添えもあって、未だに存続を許されている。

 そういうわけで、ガルディアの強大な戦力がある故に、この大陸は大きな戦にみまわれることがないのであった。

 それは大国であるトゥルティエールにも言える。
 トゥルティエールからしたら、元々自国領だったハーメイを取り返したいことだろう。
 しかし、そうすることはガルディアにいらぬ警戒をさせることを意味する。

 ──大国のトゥルティエールでさえ、ガルディアの戦力の前には赤子も同然。
 それが各国の代々の王の総意だった。



 しかし、このままアイシャの元を訪れないということは無理であろうな、とカルラート自身も感じていた。
 威圧的なトゥルティエール国王の態度には、カルラート自身納得できかねるものがあるが、大国に睨まれるのはやはり小国としてはいろいろと都合が悪いのである。


「陛下、すぐにもかの国に詫び状をお書きください。そして、今夜必ずアイシャ様の元を訪れになってください。そうすれば充分間に合います」

 悲壮な顔でそう訴えるオルグレンを渋い顔で見ながらカルラートは仕方なく頷いた。

「……やはり、そうしないと駄目だろうな」

 なんと言っても、大国の王直々の苦情なのだ。無視するわけにはいかなかった。


 カルラートが仕方なくトゥルティエール国王への詫び状をしたためていると、オルグレンがふと思いついたように言った。

「陛下、アイシャ様とかの国に贈り物をするのはどうでしょう。我が国の織物と刺繍、金細工は他国をしのぐものですし」
「……なにもそこまであの国の顔色を見なくても良いのではないか」

 気乗りのしないカルラートをオルグレンが目の色を変えて諫めにかかってきた。

「なにをおっしゃいますか、陛下。しておいて損をすることはございません。これでかの国王の機嫌が直るのならば安いものです」

 結局オルグレンに折れる形で、カルラートは双方に贈り物をすることにした。


 ──しかし、問題は夜の方だ。


 このまま大国を恐れて、アイシャと寝所を共にするのは癪に障る。
 ……いや、寝所を共にしても、ようは抱かなければいいのだ、とカルラートは思い直し、心の中でほくそ笑んだ。



「アイシャ様、大変でございます!」

 ライサの叫びに何事かと驚いてアイシャは彼女に目を向ける。

「陛下から贈り物が……っ」

 ライサの口から出たのがあまりにも意外なことだったので、アイシャは思わず口にしてしまう。

「……嘘でしょう?」
「いえ、それが誠でございます」

 そう言って、ライサは二つの箱を差し出してきた。
 一つは小さな箱、もう一つは平たい箱だった。
 アイシャがなにかしらと思って箱を開けてみると、中には金の細工が見事な腕輪と、繊細な柄がとても美しい織物が出てきた。

「まあ、なんて綺麗……」

 アイシャが思わず目を奪われて呟くと、ライサは少々興奮したように言った。

「これはきっと、陛下の気が変わられたという意味の贈り物ですわ。ええ、そうに違いありません」
「そ、そうかしら……?」

 ライサの勢いに押されて、アイシャは少しばかり身を引いた。

「そうです。きっと、今夜にでも陛下の訪れがありますわ。アイシャ様、わたくしとても喜ばしいですわ!」
「そ、そう……」

 カルラートに抱かないとまで言われたアイシャにはそうは思えなかったのだが、ライサが喜んでいる姿を見たら、とてもそんなことは言えなかった。


 それにしても、カルラートのこれはいったいどういった心境の変化なのだろうか。
 もしかしたら、ルドガーあたりに彼に妃扱いされていないという報告が行ったのかもしれないとアイシャは思った。

 内情はどうであれ、大国の王妹として嫁いだのだ。
 トゥルティエールとしては恥をかかされたも同然だろう。
 ハーメイとしては、それを宥めすかすためにこのような贈り物をしたのかもしれない。


「アイシャ様、せっかくの陛下の贈り物なのですし、つけてみてくださいませ」

 そう言って、ライサが腕輪をアイシャの左手に通す。
 それにしばし見とれてからアイシャは微笑んだ。

「……本当に綺麗ね。後ほど陛下にお礼を申し上げましょう」
「そうでございますね。今夜にでも申し上げるのがよろしいでしょう」

 ライサの中ではすっかり夜にカルラートが訪れることが決まっているらしい。
 アイシャはそれに曖昧に笑ってごまかしながら、いつカルラートに贈り物の礼を言おうかと考えていた。
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