19 / 36
第三章:愛されし姫君
第19話 ルドガーの動揺
「──どうやら、アイシャ様とハーメイ国王は結ばれたようです」
ハーメイにやっていたライノスからの報告を聞いて、ルドガーは一瞬絶句した。
……とうとうこの日が来てしまった。
アイシャをハーメイに送り出した時に覚悟はしていたはずだが、カルラートに焦らされる真似をされていた分、驚愕は大きい。
「……そうか」
なんとかそれだけ言うと、ルドガーはライノスの報告を更に促した。
「ハーメイ国王はこの国に対する反発よりも、アイシャ様を選んだようですね。その前にアイシャ様がハーメイ国王に妾妃を娶らないのかと尋ねられたことが今回のことに及んだ要因のようです」
「アイシャが……」
大国の姫として嫁した者が自ら妾妃の話題を出すなど、なんと気の毒なことだろう。
そんなことをするまで、アイシャは正妃としてあの国の行く末を憂えていたのだろうか。
お飾りの王妃として扱われていたというのに、アイシャは優しすぎる。
いやしかし、それもあるだろうが、そんな話題を出せるのは、アイシャがあの男を愛していないからだろう。
元より政略なのだから、ルドガーにはそれが当たり前のように思えた。
「どうやら、アイシャ様は絶対にハーメイ国王に手を出されないと思われていたようですね。……それがどうやら、ハーメイ国王の逆鱗に触れたらしいです」
「……そうか」
きっと、アイシャは無邪気にカルラートに妾妃の話をしたのだろう。それが、アイシャを憎からず思っていたやつの気に障ったということか。
時に無邪気な言葉は残酷な結果をもたらす。
今回は、アイシャの言葉がそれだ。
清らかだったアイシャはこれでとうとう純潔を失ってしまった。
それを思うとルドガーはやるせない気持ちになる。
こうなることが分かっていてハーメイにやったというのに、いざとなったら感情が理性についていかなかった。
「……二人の夫婦仲はどうだ」
「とてもよろしいようですよ。特にハーメイ国王の方がアイシャ様に夢中のようで、あの国の宰相に執務の量をどうにかしろと掛け合っていました」
一時は初夜の寝所にも訪れなかったカルラートのあまりの変わりようがおかしいらしく、ライノスは忍び笑いを漏らした。
「一国の王ともあろう者がどうにかしているな」
ルドガーも彼に同調するようにカルラートを嘲笑する。
……本当は、彼女の動向が気になって仕方がなく、ハーメイに嫁がせたことを悔やんでいる時点で、ルドガーも同じ穴の狢なのだが。
「……ところで、今アイシャはどうしている」
「アイシャ様は先程庭園におられましたが。追尾してみましょうか」
ライノスはそう言うと、他人の魔力を辿る能力を使った。
この能力は優秀な魔術師でも扱えるものが少ない。
その稀少さ故、ライノスはアイシャが嫁いだハーメイの密偵になったのだが、真実はルドガー以外知らなかった。
しばらく空中に庭園の花々が見えたかと思うと、ライサやハーメイの侍女に伴われたアイシャの姿が映しだされた。
美しい灰桜色の髪をなびかせて微笑む姿は、普段彼女に冷たく当たっていたルドガーには絶対に見せないもので、彼は無意識に胸元を掴んでいた。
微笑むアイシャは相変わらず可憐ではあったが、それでも以前とは違い、どこか艶やかだった。
アイシャ……、おまえがそんなふうに美しくなったのは、あの男のためか?
ふいにカルラートに対する嫉妬がわき起こり、それを抑えるために、ルドガーは痛いほど両手を握りしめた。
これからアイシャがカルラートを愛してしまう可能性は否定できない。
政略とはいえ、カルラートは秀麗な容姿で、そして今は彼女に夢中だというのだから。
『アイシャ、ここにいたのか』
そんな時に恋敵が現れて、ルドガーは思わず顔を歪ませた。
『カルラート? 執務はどうしたの?』
驚いたように聞いたアイシャの体をカルラートは迷いもなく抱き寄せる。
『オルグレンに任せてきた』
『もう、後で大変になっても知らないから』
困ったように眉を下げて言うアイシャにカルラートはやや不満そうに呟いた。
『そなたはつれないな。わたしはこんなにそなたに会いたいというのに』
『……毎日会えるじゃない』
カルラートに抱きしめられながら、困ったようにアイシャが言った。
『それはそうだが、夜以外にもそなたに会いたい』
言外にアイシャを抱いていることを匂わせて、そしてカルラートは彼女にそっと口づける。
「……もうやめろ!」
ルドガーが執務机の報告書を手で無理矢理払ったため、数枚の紙が舞い落ちる。
驚いたライノスがハーメイの映像を送るのをやめたため、トゥルティエール王の執務室は元の静寂に包まれた。
「陛下……、あなた様はアイシャ様を……」
ただならぬルドガーの様子に、ライノスが気遣わしげに彼を見てくる。
この男にはいつか自分の気持ちを知られてしまうかもしれないと思っていたが、それは今この時でも仕方がないとルドガーには思えた。
このライノスは使える男だ。それ故、最大限に活躍してもらわねばならない。
ルドガーは魔術師の名を呼ぶと、更に新たな任務を彼に言い渡した。
ハーメイにやっていたライノスからの報告を聞いて、ルドガーは一瞬絶句した。
……とうとうこの日が来てしまった。
アイシャをハーメイに送り出した時に覚悟はしていたはずだが、カルラートに焦らされる真似をされていた分、驚愕は大きい。
「……そうか」
なんとかそれだけ言うと、ルドガーはライノスの報告を更に促した。
「ハーメイ国王はこの国に対する反発よりも、アイシャ様を選んだようですね。その前にアイシャ様がハーメイ国王に妾妃を娶らないのかと尋ねられたことが今回のことに及んだ要因のようです」
「アイシャが……」
大国の姫として嫁した者が自ら妾妃の話題を出すなど、なんと気の毒なことだろう。
そんなことをするまで、アイシャは正妃としてあの国の行く末を憂えていたのだろうか。
お飾りの王妃として扱われていたというのに、アイシャは優しすぎる。
いやしかし、それもあるだろうが、そんな話題を出せるのは、アイシャがあの男を愛していないからだろう。
元より政略なのだから、ルドガーにはそれが当たり前のように思えた。
「どうやら、アイシャ様は絶対にハーメイ国王に手を出されないと思われていたようですね。……それがどうやら、ハーメイ国王の逆鱗に触れたらしいです」
「……そうか」
きっと、アイシャは無邪気にカルラートに妾妃の話をしたのだろう。それが、アイシャを憎からず思っていたやつの気に障ったということか。
時に無邪気な言葉は残酷な結果をもたらす。
今回は、アイシャの言葉がそれだ。
清らかだったアイシャはこれでとうとう純潔を失ってしまった。
それを思うとルドガーはやるせない気持ちになる。
こうなることが分かっていてハーメイにやったというのに、いざとなったら感情が理性についていかなかった。
「……二人の夫婦仲はどうだ」
「とてもよろしいようですよ。特にハーメイ国王の方がアイシャ様に夢中のようで、あの国の宰相に執務の量をどうにかしろと掛け合っていました」
一時は初夜の寝所にも訪れなかったカルラートのあまりの変わりようがおかしいらしく、ライノスは忍び笑いを漏らした。
「一国の王ともあろう者がどうにかしているな」
ルドガーも彼に同調するようにカルラートを嘲笑する。
……本当は、彼女の動向が気になって仕方がなく、ハーメイに嫁がせたことを悔やんでいる時点で、ルドガーも同じ穴の狢なのだが。
「……ところで、今アイシャはどうしている」
「アイシャ様は先程庭園におられましたが。追尾してみましょうか」
ライノスはそう言うと、他人の魔力を辿る能力を使った。
この能力は優秀な魔術師でも扱えるものが少ない。
その稀少さ故、ライノスはアイシャが嫁いだハーメイの密偵になったのだが、真実はルドガー以外知らなかった。
しばらく空中に庭園の花々が見えたかと思うと、ライサやハーメイの侍女に伴われたアイシャの姿が映しだされた。
美しい灰桜色の髪をなびかせて微笑む姿は、普段彼女に冷たく当たっていたルドガーには絶対に見せないもので、彼は無意識に胸元を掴んでいた。
微笑むアイシャは相変わらず可憐ではあったが、それでも以前とは違い、どこか艶やかだった。
アイシャ……、おまえがそんなふうに美しくなったのは、あの男のためか?
ふいにカルラートに対する嫉妬がわき起こり、それを抑えるために、ルドガーは痛いほど両手を握りしめた。
これからアイシャがカルラートを愛してしまう可能性は否定できない。
政略とはいえ、カルラートは秀麗な容姿で、そして今は彼女に夢中だというのだから。
『アイシャ、ここにいたのか』
そんな時に恋敵が現れて、ルドガーは思わず顔を歪ませた。
『カルラート? 執務はどうしたの?』
驚いたように聞いたアイシャの体をカルラートは迷いもなく抱き寄せる。
『オルグレンに任せてきた』
『もう、後で大変になっても知らないから』
困ったように眉を下げて言うアイシャにカルラートはやや不満そうに呟いた。
『そなたはつれないな。わたしはこんなにそなたに会いたいというのに』
『……毎日会えるじゃない』
カルラートに抱きしめられながら、困ったようにアイシャが言った。
『それはそうだが、夜以外にもそなたに会いたい』
言外にアイシャを抱いていることを匂わせて、そしてカルラートは彼女にそっと口づける。
「……もうやめろ!」
ルドガーが執務机の報告書を手で無理矢理払ったため、数枚の紙が舞い落ちる。
驚いたライノスがハーメイの映像を送るのをやめたため、トゥルティエール王の執務室は元の静寂に包まれた。
「陛下……、あなた様はアイシャ様を……」
ただならぬルドガーの様子に、ライノスが気遣わしげに彼を見てくる。
この男にはいつか自分の気持ちを知られてしまうかもしれないと思っていたが、それは今この時でも仕方がないとルドガーには思えた。
このライノスは使える男だ。それ故、最大限に活躍してもらわねばならない。
ルドガーは魔術師の名を呼ぶと、更に新たな任務を彼に言い渡した。
あなたにおすすめの小説
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
次こそあなたと幸せになると決めたのに…中々うまくいきません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のシャレルは、第二王子のジョーンによって無実の罪で投獄されてしまう。絶望の中彼女を救ってくれたのは、ずっと嫌われていると思っていた相手、婚約者で王太子のダーウィンだった。
逃亡生活を送る中、お互い思い合っていたのにすれ違っていた事に気が付く2人。すれ違った時間を取り戻すかのように、一気に距離を縮めていく。
全てを失い絶望の淵にいたシャレルだったが、ダーウィンとの逃避行の時間は、今まで感じた事のないほど、幸せな時間だった。
新天地マーラル王国で、ダーウィンとの幸せな未来を思い描きながら、逃避行は続く。
そしていよいよ、あと少しでマーラル国というところまで来たある日、彼らの前にジョーンが現れたのだ。
天国から地獄に叩き落されたシャレルは、絶望の中生涯の幕を下ろしたはずだったが…
ひょんなことから、ダーウィンと婚約を結んだ8歳の時に、戻っていた。
2度目の人生は、絶対にダーウィンと幸せになってみせる、そう決意したシャレルだったが、そううまくはいかず、次第に追い詰められていくのだった。
※シャレルとダーウィンが幸せを掴むかでのお話しです。
ご都合主義全開ですが、どうぞよろしくお願いします。
カクヨムでも同時投稿しています。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
初恋の還る路
みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。
初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。
毎日更新できるように頑張ります。