喪女と野獣

舘野寧依

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第三章:初めての恋に

第29話 都合の悪い献上者

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「フレイヤがハルカを訪ねているだと?」

 ゼシリアの報告を受けて、カレヴィは思わず声を荒らげた。
 フレイヤというのはカレヴィが世話になっていた高級娼館の主で、品の良さはそこらの貴婦人にも劣らない者だ。

「はい。ハルカ様にどうしても香を献上したいということでした。ハルカ様はそれをすぐに承諾なされました」

 ──なんということだ。

 ハルカが来たことで、フレイヤの娼館『月下の館』をカレヴィはまったく利用しなくなった。むしろ、そのことを忌避するようになっている。
 そのことを察したフレイヤは、カレヴィにではなくハルカにその愚痴をこぼすことも考えられた。
 いてもたってもいられなくなったカレヴィは慌ててハルカの部屋へと向かった。



 カレヴィがハルカの部屋を訪ねた時には、そこに彼女の姿はなかった。
 控えている侍女に聞けば、支度部屋にいるという。
 侍女がさらになにか言いかけたが、カレヴィはそれに耳を貸さずに支度部屋へと乗り込んだ。

「ハルカ!」

 もどかしく扉を開くと、フレイヤではありえない、若く美しい女が佇んでいた。

「カレヴィ、どうしたの?」

 その声は間違いなくハルカのもの。
 たいそう美しくなっているが、面影は残っている。
 そして、その見事な肢体の持ち主はハルカとしか思えなかった。
 けれどあまりのハルカの変わりように、カレヴィは呆然として思わず尋ねてしまう。

「まさか、ハルカか……?」

 それにしても、こんなに美しくなる女だったのか。
 魅惑的な体の線と相まって、化粧を変えたハルカはとても艶やかに美しく見えた。

「……なにか変だったかな?」

 不安そうに聞いてくるハルカに、彼女を凝視していたカレヴィははっとする。

「い、いや、そんなことはないが……。それより、なぜフレイヤがここにいるんだ」

 ハルカになるべく動揺を悟らせまいと、カレヴィはフレイヤに話を振る。

「わたくしはハルカ様にお会いするついでに、香を献上に参っただけですわ」

 フレイヤがすました顔で言うのをカレヴィは苦々しい気分で眺めていた。

「それがなぜハルカの化粧などしている」

 おそらくハルカのこの化粧は、女を最大限に美しく見せられるフレイヤが言い出したことなのだろう。
 まさかフレイヤがカレヴィの娼館の女とのやりとりをハルカにばらしてはいないだろうが、非常に気にかかる。

「ハルカ様はせっかくよい素材をお持ちですのに、そのままではもったいのうございましたから。その御身にふさわしい化粧をされているハルカ様はお美しいでしょう?」

 それなりの年齢のはずだが、その蠱惑的な笑みはかつて最高級の娼婦として名を上げた者にふさわしいものだった。
 それを見慣れていないものは思わず見とれることもあるかもしれない。
 ……だが、カレヴィには彼女に言いたいことが山ほどあった。

「よけいなことを。ハルカはそのままでよかったのだ。こんなことをしたら他の男の目につくだろう」

 これほどまでに艶めかしく美しくなれば、ハルカに言い寄る馬鹿者もいるだろう。

「まあ、まだ見ぬ恋敵に嫉妬でございますか? 陛下」

 フレイヤがおかしそうにくすくすとおかしそうに口元に手の甲を当てて笑う。

「笑うな」

 こちらとしては切実なのだ。
 過去に王の婚約者に手を出した無礼者もいることだし、尚更女に手の早いあいつがちょっかいをかけないとも限らない。
 ちなみにあいつとはカレヴィの従兄のアーネスのことだが。

「……カレヴィは気に入らないの? せっかく綺麗にしてもらったのに」

 ふいに、それまでフレイヤとのやりとりを眺めていたハルカが気を落としたように言った。
 いや、決して気に入らないということはない。むしろカレヴィとしては大いに気に入ったのだが……。

「違うぞ、ハルカ。今のおまえはとても美しい。俺も思わず見とれた」
「……本当?」

 心配そうに上目遣いで見てくるハルカに、カレヴィはくらくらした。
 艶めかしい上に、可愛らしいとは反則すぎる。

「ああ。俺はおまえが美しくなりすぎて他の男の目に留まるのが嫌なだけだ。俺はそのままのおまえで満足してるし、それ以上は望んでいない」

 ハルカのこの美しさは心残りだが、なにも顔で惚れたわけではない。
 カレヴィは他の男の目に留まらぬうちに、ハルカにこの化粧を落とさせるつもりでいた。

「まあまあ、陛下、殺し文句ですわね。ここまで愛されていらっしゃるハルカ様はお幸せですね」
「……そうですね」

 フレイヤの賞賛に困ったようにハルカが微笑む。おそらく、カレヴィを愛せないことに心苦しさを感じているのだろう。
 だが、カレヴィは慣れない環境になんとか適応しようとしているハルカの負担にはなりたくはなかった。

「おまえはよくやっている。だから、気に病むことはない」
「……うん」

 カレヴィはハルカを抱き寄せると、彼女は目を閉じて胸に顔を埋めた。
 その様子を観察していたらしいフレイヤが驚いたように尋ねてきた。

「……まさか、陛下の片想いですの?」
「ああ。だが俺はいつかハルカが想いを返してくれるように努力していくつもりだ」
「まあ」

 フレイヤが瞳を見開く。
 カレヴィのあまりの変わりように驚愕しているのだろう。
 確かに、今まではまともに貴族の姫君も寄せ付けず、夜は高級娼婦を呼ぶことで己の欲望を満たしていた。
 その方が、面倒がないからだ。

「──こう申してはなんですが、ハルカ様は男殺しですのね」
「は?」
「おい」

 ハルカが心底驚いたようにフレイヤをまじまじと見つめた後に言った。

「それはあなたの勘違いでしょう。わたしは今まで異性にまったくモテませんでしたよ」

 ハルカがそう言うと、フレイヤは本当に驚いたようだった。
 確かにあの体でまったく異性の関心を受けなかったとは考え難い。

「ハルカ様、それは嘘でしょう?」
「本当です」

 自信を持つように力強くハルカが頷くと、フレイヤは片手で顔を覆って溜息をついた。

「ハルカ様の世界の男性はどこかおかしいのですか? それほどまでに魅力的なお体ですのに」

 確かにハルカの世界の者はおかしい。
 それに、ハルカはあんなに愛らしい笑顔を見せるというのに。
 むしろハルカには男を引きつけるような要素があると思うのだが……。

「どこかおかしいって……、普通だと思いますよ。わたしもモテる努力をしませんでしたし。……ただ、この大きすぎる胸はよくからかわれてましたけど」
「なんだと」

 ということは、ハルカにちょっかいを出す奴がいたわけか?
 それも直接胸のことをからかうなど、かなりけしからん。

「それです。それが男性側のハルカ様に対する異性としての訴えだったのですわ」

 我が意を得たりと、フレイヤが彼女には珍しく勢い込んで言う。
 魅力的な女がもてないと思いこんでいるのは、彼女にとっても納得出来ないことだったのだろう。
 それに対して、ハルカはあくまでものほほんと受け答えをしている。

「ただのセクハラなだけじゃないですか? それにこんなことは小学生……割と小さな頃から日常茶飯事でしたし。……ああ、そのせいか知らないおじさんに声をかけられるのもしょっちゅうでしたね」

 小さな頃からといったら、それは変態だろう!
 それにしても、ハルカは危険に対する意識が薄すぎる。
 ……育った国のせいなのか? ハルカの国はたいそう治安が良いそうだ。
 その割には、ハルカは妙な輩に目を付けられたりしていたらしいが。

「しょっちゅうって、それはおまえ危機感なさすぎだろう」

 頼むから、もう少し男に対して危機意識を持ってほしいと願うのは間違いではないだろう。

「うん、でもそれは全部千花が撃退してくれたから。千花はその頃からかっこよかったし」
「おまえはまた……」

 ハルカの幼馴染みの魔術師の名前を出され、カレヴィはむっとする。
 それをおもしろそうに見やりながら、フレイヤはハルカに話しかける。

「そうですか、ティカ様が」
「うん、そう。千花はすごいんだよ。頭はいいし強いし優しいし綺麗だし」

 ティカの話題ですっかり気をよくしたハルカは、王の婚約者らしくない口調に戻っていたが、カレヴィはそれを注意をするいとまもなかった。

「その上、最強の魔術師ですものね」
「でしょう!? 最初聞いたときはびっくりしたけど、でも千花ならそれもなんとなく納得できちゃうんだよね」

 ──本当にティカ殿のことを話すときは生き生きしているな。
 ハルカが嬉しそうに手を合わせて熱弁していると、なんだか気力が削がれていくような気がする。

「ふふ、そうでしたか。では、もしティカ様が男性でしたらお好きになられてました?」
「……千花が?」

 フレイヤの問いに、ハルカが不思議そうに首を傾げる。

「おい」

 ハルカになにを言わせる気だと、カレヴィはフレイヤに睨みをきかせて無言の抗議をした。
 それを百戦錬磨の高級娼館の主は笑って受け流す。

「そうだね、千花が異性だったら好きになってたかもね。たぶんかなり理想かも」

 ハルカは少し考えてそう言った後、なぜか頬を赤く染めた。
 それを見て、カレヴィは相手が女性だというのにティカに嫉妬を募らせる。
 やはり長年培ってきた二人の関係は強固なのだろう。
 おまけに、ティカはその気になればこの大陸をいつでも掌握できる魔術師だ。

「まあ、ふふふ。やはりそうなのですか。ティカ様は大変魅力的ですからね」
「うん」

 ハルカが頷くと、フレイヤは笑いを堪えるかのように口元に手を当ててカレヴィを見た。

「陛下、前途多難ですわね」
「……時間はいくらでもある。必ず俺の方を向かせてみせる」

 なんの話だかよく分かってないらしいハルカをカレヴィは抱き寄せると、彼女に何度も口づける。
 途中、ハルカがなにか言いたそうだったが、カレヴィはそれを無理矢理口づけで押しとどめた。
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