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第三章:初めての恋に
第30話 美女と野獣
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「カレヴィ、も、離して……っ」
息も絶え絶えにハルカに言われて、カレヴィはようやく我に返った。
周囲を見れば、フレイヤが面白そうにこちらを窺っている。
カレヴィの腕をすり抜けたハルカは息を整えながら彼に尋ねてきた。
「……それで結局、この化粧はこれからしてもいいのかな?」
「駄目だ」
先程もそう言ったはずだが、ハルカは思いの外食い下がってくる。
「ええー、なんで?」
「さっき言っただろう。他の男の目に留まるから駄目だ」
「目に留まったって、わたしなんかにいちいち声なんかかける人いないって!」
ハルカは自分がどれほど美しくなったのか分かっていない。
それこそ、国王の婚約者でも手を出そうとする輩がいるかもしれないと想像もついていないようだ。
カレヴィはそんなハルカにやきもきする。
「おまえは自己評価が低すぎるな。俺がおまえを好きだと言っているのになぜそんなことが言える」
すると、ハルカは途端に黙り込んでしまった。
何度も愛していると言っているのに、当の本人は未だにそれが信じられないのだろう。
「……それに、おまえに貴族の者共が群がってくる可能性も話したはずだが」
「あ……」
そこでようやくハルカは危機感を感じたようだった。
それは当初の予想では、ハルカに反発する貴族が、カレヴィと引き離す画策をするというものだったが、ここに来てそれ以外の心配をしなければならなくなった。はっきり言って、ハルカは美しくなりすぎたのだ。
「……だから、ハルカは以前のままでいい。間違って貴族の馬鹿共達がおまえに惚れてしまう可能性もあるしな。惜しいが、ハルカはその化粧を落とせ」
そう命じてみたが、ハルカは納得できないようだ。そして、すかさず反論してくる。
「え、やだよ。王妃になるなら綺麗な方が国民受けもいいでしょ。大体実際にわたしを口説く人に会ってもいないのに、カレヴィ気にし過ぎ」
確かに国民受けを考えるならその通りだが、ハルカは自分がどれほど魅惑的になったのか気づいていないようで、のんびりしている。
彼女のその呑気さが少々恨めしい。
「そうでございますわねえ。ハルカ様のおっしゃる通りですわ」
よけいなことを言うな、フレイヤ。
ただでさえ、身近に心配事の種があるというのに。
そう思いながらフレイヤを睨め付けるが、彼女は全く意に介していないようだった。
「いや、確実にアーネスはおまえに声をかけてくると思うぞ。なるべくなら俺も阻止したいが」
具体的に名を挙げると、フレイヤが納得したように頷いた。
「まあ、確かにあの公爵様ならハルカ様にお声をかけそうですわね」
そうだろう。
そんなやつに、こんなハルカを見せるわけにはいかない。
それでなくても、自分の婚約者ということで、アーネスはハルカに興味を持っているようなのだ。
しかし、フレイヤはそんなカレヴィの考えに対して異論を唱えた。
「けれど、せっかくお美しくなられる資質がおありですのに、その機会を奪われてしまいますのはハルカ様のおためにもなりませんわ。陛下はハルカ様が美しくないという劣等感にこの先ずっと苛まれてもよろしいんですの?」
「いや、それは……」
それがあまりにも正論だったので、カレヴィは思わずうろたえてしまった。
確かにハルカにはそんな思いをしてほしくはない。
そこへ、ハルカがさらに切り込んできた。
「カレヴィはわたしが国民から不細工な王妃っていうそしりを受けても平気なの? わたしはそれも仕方ないと思ってたけど、化粧で綺麗になれるならその憂いもなくなると思ってたのに」
「ハルカ、おまえはけっして不細工などではないぞ。おまえは普通だ!」
それに笑顔に愛嬌はあるし、充分可愛いぞ、とカレヴィは思っている。
「でも国民は多分そう見ないよ。カレヴィは男前だから、地味なわたしはきっと比べられて不細工って言われるよ」
ふいにハルカから思ってもいない言葉をかけられ、カレヴィはこんな時だというのに一人で感動してしまった。
「おまえが俺を男前と……っ」
そうか、ハルカには俺は恋愛対象に映ってはいないが、男前には見えるのだな。
しばしその余韻にカレヴィが酔いしれていると、ハルカとフレイヤが少々冷たい目でカレヴィを見てきた。
それに慌てて咳払いで誤魔化すと、カレヴィは渋々言った。
「た、確かにそんな事態になったらおまえが気の毒ではあるが……」
するとハルカが我が意を得たりというように、手を叩いて喜んだ。
「でしょ? だからきちんとお化粧して、国民にお似合いのカップルだって分かってもらう必要があると思うんだ。カレヴィだってその方がいいと思うでしょ?」
「それは……、そうだが……」
似合いの一対というハルカの言葉に、カレヴィはぐらぐらする。
「そうでございますね。その方がハルカ様が国民に歓迎されますでしょうね」
あざとすぎると思ったが、フレイヤの言葉は確かにその通りだ。
婚礼を国民により歓迎された方がハルカのためにも絶対に良い。
仕方ない。これも惚れた弱みだ。
「く……っ、分かった。認める、認めればいいんだろう」
不本意だが了承せざるを得ない。
カレヴィは呻くようにそう言うと、頭をかきむしった。
そんなカレヴィを心配したのか、ハルカがそばに寄ってきた。
そしてカレヴィに寄り添うと、その片腕にしがみつく。
「わたしはあなたの婚約者だよ? 少しは信用してよ」
「ハルカ……」
普段は恥ずかしがって、人目のあるところではしないことをハルカがした。
そのハルカの優しさがとても嬉しく、カレヴィは思わず彼女を抱きしめてしまう。
──本当にハルカは可愛らしい。
そして愛しいハルカの額や頬に口づけを落としていると、カレヴィはもっと激しく彼女を貪りたくなってきた。
「──やはり、ハルカ様は男殺しですわね」
フレイヤが感心したように言う。
確かに、これほどまでに自分を夢中にさせているハルカは男殺しと言えるかもしれない。
……だが、それは他の男共には気づかせたくない。知っている男は自分だけで充分だ。
「ハルカ様……素敵です。陛下とお似合いですわ~……」
控えていた侍女達が溜息をつきながら感想を漏らした。
……そうだろう。
ハルカと俺は似合いの一対だ。
だから、ハルカは美しく装わせるが、他の男は近づけさせはしない。
カレヴィはハルカに激しい口づけをしているうちに、昼間だというのに彼女が欲しくてたまらなくなってしまった。
思えばそれは、所有欲というものだったのかもしれない。
彼女の魅惑的な体のあちこちに、自分の物だという印をつけたい。
そして、それを他の男に誇示したいという気持ちが抑えられなくなったところで、カレヴィはハルカを抱き上げようとした。
「ちょ……っ、カレヴィなにするの? まさか昼間から変なことしようとしてないよね?」
「そのまさかだが」
真顔でカレヴィが答えると、ハルカは途端に顔を真っ赤にした。
そして、頭を軽くだがはたかれた。
……一応、フレイヤや侍女達がいるんだが、王の威厳がなくなるじゃないか。
カレヴィがそう思っていると、真っ赤な顔でわなわなと震えるハルカが大声で言った。
「もう、カレヴィは出ていって! そういうのは時と場合を考えてよ!」
「そうです陛下。それでは執務に差し障りがあります」
それまで影のように部屋の隅に控えていたイアスにそう言われて、カレヴィはやむなく彼の言う通りにした。このまま強行すれば後で宰相のマウリスがうるさいだろうと予想できたからだ。
そんなことを考えているうちに、ハルカにぐいぐい押されて、カレヴィは支度部屋から追い出されてしまった。だがしかし。
──そうか、夜なら問題ないのだな。
ハルカの言葉を自分に都合の良いように受け取ったカレヴィはとりあえず納得すると、美しくなったハルカとの夜の習いについて妄想し始めた。
息も絶え絶えにハルカに言われて、カレヴィはようやく我に返った。
周囲を見れば、フレイヤが面白そうにこちらを窺っている。
カレヴィの腕をすり抜けたハルカは息を整えながら彼に尋ねてきた。
「……それで結局、この化粧はこれからしてもいいのかな?」
「駄目だ」
先程もそう言ったはずだが、ハルカは思いの外食い下がってくる。
「ええー、なんで?」
「さっき言っただろう。他の男の目に留まるから駄目だ」
「目に留まったって、わたしなんかにいちいち声なんかかける人いないって!」
ハルカは自分がどれほど美しくなったのか分かっていない。
それこそ、国王の婚約者でも手を出そうとする輩がいるかもしれないと想像もついていないようだ。
カレヴィはそんなハルカにやきもきする。
「おまえは自己評価が低すぎるな。俺がおまえを好きだと言っているのになぜそんなことが言える」
すると、ハルカは途端に黙り込んでしまった。
何度も愛していると言っているのに、当の本人は未だにそれが信じられないのだろう。
「……それに、おまえに貴族の者共が群がってくる可能性も話したはずだが」
「あ……」
そこでようやくハルカは危機感を感じたようだった。
それは当初の予想では、ハルカに反発する貴族が、カレヴィと引き離す画策をするというものだったが、ここに来てそれ以外の心配をしなければならなくなった。はっきり言って、ハルカは美しくなりすぎたのだ。
「……だから、ハルカは以前のままでいい。間違って貴族の馬鹿共達がおまえに惚れてしまう可能性もあるしな。惜しいが、ハルカはその化粧を落とせ」
そう命じてみたが、ハルカは納得できないようだ。そして、すかさず反論してくる。
「え、やだよ。王妃になるなら綺麗な方が国民受けもいいでしょ。大体実際にわたしを口説く人に会ってもいないのに、カレヴィ気にし過ぎ」
確かに国民受けを考えるならその通りだが、ハルカは自分がどれほど魅惑的になったのか気づいていないようで、のんびりしている。
彼女のその呑気さが少々恨めしい。
「そうでございますわねえ。ハルカ様のおっしゃる通りですわ」
よけいなことを言うな、フレイヤ。
ただでさえ、身近に心配事の種があるというのに。
そう思いながらフレイヤを睨め付けるが、彼女は全く意に介していないようだった。
「いや、確実にアーネスはおまえに声をかけてくると思うぞ。なるべくなら俺も阻止したいが」
具体的に名を挙げると、フレイヤが納得したように頷いた。
「まあ、確かにあの公爵様ならハルカ様にお声をかけそうですわね」
そうだろう。
そんなやつに、こんなハルカを見せるわけにはいかない。
それでなくても、自分の婚約者ということで、アーネスはハルカに興味を持っているようなのだ。
しかし、フレイヤはそんなカレヴィの考えに対して異論を唱えた。
「けれど、せっかくお美しくなられる資質がおありですのに、その機会を奪われてしまいますのはハルカ様のおためにもなりませんわ。陛下はハルカ様が美しくないという劣等感にこの先ずっと苛まれてもよろしいんですの?」
「いや、それは……」
それがあまりにも正論だったので、カレヴィは思わずうろたえてしまった。
確かにハルカにはそんな思いをしてほしくはない。
そこへ、ハルカがさらに切り込んできた。
「カレヴィはわたしが国民から不細工な王妃っていうそしりを受けても平気なの? わたしはそれも仕方ないと思ってたけど、化粧で綺麗になれるならその憂いもなくなると思ってたのに」
「ハルカ、おまえはけっして不細工などではないぞ。おまえは普通だ!」
それに笑顔に愛嬌はあるし、充分可愛いぞ、とカレヴィは思っている。
「でも国民は多分そう見ないよ。カレヴィは男前だから、地味なわたしはきっと比べられて不細工って言われるよ」
ふいにハルカから思ってもいない言葉をかけられ、カレヴィはこんな時だというのに一人で感動してしまった。
「おまえが俺を男前と……っ」
そうか、ハルカには俺は恋愛対象に映ってはいないが、男前には見えるのだな。
しばしその余韻にカレヴィが酔いしれていると、ハルカとフレイヤが少々冷たい目でカレヴィを見てきた。
それに慌てて咳払いで誤魔化すと、カレヴィは渋々言った。
「た、確かにそんな事態になったらおまえが気の毒ではあるが……」
するとハルカが我が意を得たりというように、手を叩いて喜んだ。
「でしょ? だからきちんとお化粧して、国民にお似合いのカップルだって分かってもらう必要があると思うんだ。カレヴィだってその方がいいと思うでしょ?」
「それは……、そうだが……」
似合いの一対というハルカの言葉に、カレヴィはぐらぐらする。
「そうでございますね。その方がハルカ様が国民に歓迎されますでしょうね」
あざとすぎると思ったが、フレイヤの言葉は確かにその通りだ。
婚礼を国民により歓迎された方がハルカのためにも絶対に良い。
仕方ない。これも惚れた弱みだ。
「く……っ、分かった。認める、認めればいいんだろう」
不本意だが了承せざるを得ない。
カレヴィは呻くようにそう言うと、頭をかきむしった。
そんなカレヴィを心配したのか、ハルカがそばに寄ってきた。
そしてカレヴィに寄り添うと、その片腕にしがみつく。
「わたしはあなたの婚約者だよ? 少しは信用してよ」
「ハルカ……」
普段は恥ずかしがって、人目のあるところではしないことをハルカがした。
そのハルカの優しさがとても嬉しく、カレヴィは思わず彼女を抱きしめてしまう。
──本当にハルカは可愛らしい。
そして愛しいハルカの額や頬に口づけを落としていると、カレヴィはもっと激しく彼女を貪りたくなってきた。
「──やはり、ハルカ様は男殺しですわね」
フレイヤが感心したように言う。
確かに、これほどまでに自分を夢中にさせているハルカは男殺しと言えるかもしれない。
……だが、それは他の男共には気づかせたくない。知っている男は自分だけで充分だ。
「ハルカ様……素敵です。陛下とお似合いですわ~……」
控えていた侍女達が溜息をつきながら感想を漏らした。
……そうだろう。
ハルカと俺は似合いの一対だ。
だから、ハルカは美しく装わせるが、他の男は近づけさせはしない。
カレヴィはハルカに激しい口づけをしているうちに、昼間だというのに彼女が欲しくてたまらなくなってしまった。
思えばそれは、所有欲というものだったのかもしれない。
彼女の魅惑的な体のあちこちに、自分の物だという印をつけたい。
そして、それを他の男に誇示したいという気持ちが抑えられなくなったところで、カレヴィはハルカを抱き上げようとした。
「ちょ……っ、カレヴィなにするの? まさか昼間から変なことしようとしてないよね?」
「そのまさかだが」
真顔でカレヴィが答えると、ハルカは途端に顔を真っ赤にした。
そして、頭を軽くだがはたかれた。
……一応、フレイヤや侍女達がいるんだが、王の威厳がなくなるじゃないか。
カレヴィがそう思っていると、真っ赤な顔でわなわなと震えるハルカが大声で言った。
「もう、カレヴィは出ていって! そういうのは時と場合を考えてよ!」
「そうです陛下。それでは執務に差し障りがあります」
それまで影のように部屋の隅に控えていたイアスにそう言われて、カレヴィはやむなく彼の言う通りにした。このまま強行すれば後で宰相のマウリスがうるさいだろうと予想できたからだ。
そんなことを考えているうちに、ハルカにぐいぐい押されて、カレヴィは支度部屋から追い出されてしまった。だがしかし。
──そうか、夜なら問題ないのだな。
ハルカの言葉を自分に都合の良いように受け取ったカレヴィはとりあえず納得すると、美しくなったハルカとの夜の習いについて妄想し始めた。
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