喪女と野獣

舘野寧依

文字の大きさ
51 / 104
第五章:一時の別れ

第51話 手酷い拒絶

しおりを挟む
「あっきれた……。元老院が目を光らせている時に婚約者に会いにいくためだけにそこまでやる?」

 ハルカは唖然とした様子で呟いた。
 それすら愛しく思えて、カレヴィから笑顔がこぼれる。
 それが癪に障ったのか、ハルカはむっとしたような顔になった。
 あんなことがあった後だというのに、ハルカに会えたことが嬉しくてつい笑ってしまったカレヴィは慌てて顔を引き締めたが、後の祭りだった。

「──千花、悪いけどカレヴィをザクトアリアに送って」

 それは、愛嬌のあるハルカとも思えないほど冷たい声だった。

「ハルカッ!?」

 カレヴィは驚いてハルカを見返した。
 先程まで案外普通に話していたので、カレヴィはすっかり油断してしまっていた。
 自分はすぐに帰されても不思議ではない立場なのだった。

「ハルカ、おまえが怒るのも無理はない。本当に悪かった。俺がおまえに非情なことをしたことはいくら詫びても足りないし、おまえが俺を嫌っても仕方がないと思っているが……」

 ──それは嘘だ、とカレヴィは顔を歪ませながら思った。
 ハルカに嫌われたら、もうどうしていいか分からないとカレヴィは感じていた。
 これはハルカの怒りが解けるまで謝るしかない。

「……そんなことはもういいよ。カレヴィは政務があるんだから、わたしにかまけてる暇はないはずだよ。もう、カレヴィはザクトアリアに帰って」

 それは、心を押し殺したような拒絶の言葉だった。
 それを聞いたカレヴィはたまらなくなって卓を回り込むと、ハルカを抱きしめた。
 するとハルカはそんなカレヴィにも恐怖を感じたのか、びくっとした後、小刻みに震え始めた。
 ハルカは今もなお、彼に怯えているのだ。

「……ハルカ、まだ、俺が怖いか?」

 それでもハルカを離さぬまま、カレヴィは心に巣くう不安を隠しきれずに尋ねた。

「……怖いよ。カレヴィはわたしにしたことを軽く見過ぎてるよ。あれは女にとって、凄いショックなことなんだよ。お願いだから、もう離して」

 そう言われて、カレヴィは頭の後ろをガツンと殴られたような気がした。
 ハルカの言葉は紛れもない事実だったからだ。
 カレヴィの腕から力が抜けると、ハルカがすかさずティカに取りすがった。

「千花、早く、カレヴィを帰して」
「ハルカ……ッ」

 ──もはや修復不可能なまでに嫌われてしまったのだろうか。

 カレヴィはハルカから避けられている事実に傷つきながらも、それを信じたくなくてハルカを見やった。だが、ハルカはその視線から顔を逸らしたままだ。

 ──なんでもいい。なにか言わないと向こうへ帰されてしまう。

「しかし……っ」

 カレヴィが言い掛けるのをハルカは無理矢理遮った。

「ごめんね、これじゃあなたのためにならないから。……それにあなたと離れているのは一ヶ月でしょ。それなのになんであなたがここにいるの」

 確かにハルカの言う通りだったが、挨拶どころか謝罪をする暇もなしにこちら側に来られてしまったのだ。
 それを知って、こちらに来る手段もあるカレヴィとしては、どうしてもハルカに会いに来ずにはいられなかった。

「俺は、おまえに謝りたくて……。激情のままにおまえを傷つけたのは本当に悪かったと思っている。ハルカは、俺を許してくれないのか!?」

 ちらりとカレヴィの頭の隅に、もしこのままこの婚約が破談になってしまったらという考えが掠める。
 それは初めて恋を知ったカレヴィにとって、とても残酷なことだったのである。

「カレヴィ騒がしいってば、近所迷惑だよ」

 けれど、カレヴィのそんな気持ちが口に出さずに通じる訳もなく、困ったようにハルカは周りを見回した。……おそらく周囲を気にしているのであろう。
 するとハルカの言葉を受けて、ティカが心得たように言った。

「はるか、大丈夫だよ。この部屋に防音魔法を施したから」
「あ、ありがと、千花」

 安心しきった目でティカを見るハルカに、カレヴィはふと嫉妬を感じた。
 相手は女性であるし、しても詮無いことだとは感じてはいたが、カレヴィは嫉妬せずにはいられなかったのだ。
 二人の間には長い年月に培った信頼関係があるのだ。
 出会ってからそう日にちも経っていないカレヴィとは歴史が違う、とはハルカの弁だったか。

「……分かった。おまえの言うとおりにする」

 ここでごねても余計にハルカの傷口を広げる事になりかねないことに考えが及び、ようやくカレヴィはここを退くことを了承した。
 ただ、一月もハルカの傍にいられないという事実がカレヴィを打ちのめした。

「俺は向こうでおとなしくおまえの帰りを待っている。それでいいか」

 ──出来ることなら、このままハルカをザクトアリアに連れ戻してしまいたい。

 しかし、それは最強の魔術師であるティカが傍にいる限り、絶対に不可能だった。
 その愛しいハルカは、カレヴィが待っていると言ったことで、ようやく安心したように息を付いた。
「うん、──千花」

 ハルカがティカを呼ぶと、彼女は心得たように右の手のひらカレヴィにかざした。

「うん、分かった。それではカレヴィ王、向こうにお帰り頂きます」
「……もうなのか?」

 つれなく帰れと言われたのに、まだ思い切れないカレヴィは、ハルカを狂おしく見る。
 すると、ハルカがびくりと身を震わした。
 それで、これ以上ここにいても無理だと察したカレヴィが少し息を付いて言った。

「では、またなハルカ。……愛している」
「うん……」

 ハルカが泣きそうな顔をして頷くのを見ると、少しは寂しいと思ってくれているのかとカレヴィは勘違いしてしまいそうになる。
 ──だが、そんなわけはないのだ。
 カレヴィはハルカを激情のままに酷く傷つけてしまったのだから。

「では、カレヴィ王」
「ああ」

 ティカの言葉に呼応した途端、カレヴィは元にいた自室に戻されていた。

「……落ち込んでいる暇はないぞ、カレヴィ王。離れている時間が解決してくれることもある。それまで出来ることを悔いのないようにしておくのだな」

 残って様子を窺っていたらしいカイルが、慰めるように言ってきた。
 どうやら、自覚はないがカレヴィはかなり情けない顔をしているようだった。
 ……とりあえずカレヴィは、この優れた魔法使いが言う通りに、元老院の鼻をあかすつもりで今まで以上に政務に励むことを心に決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...