喪女と野獣

舘野寧依

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第五章:一時の別れ

第50話 説教

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 カレヴィが目の前の引き戸を開けると、風呂に入っているハルカがいた。
 その石造りの風呂は外に設置されていて、けれど周りからは見えないようになっているという、実に不思議な作りだった。

「ハルカ!」

 移動先が風呂だったのは意外だったが、まぎれもなく愛しいハルカが目の前にいるという事実にカレヴィは歓喜した。

「カ、カレヴィッ!? なんでここにいるの?」

 当然だがハルカはカレヴィが現れるとは思っていなかったらしく非常に驚いている。

「おまえに会いに来た」

 ハルカが風呂に入っているのは分かっていたが、矢も盾もたまらずに、カレヴィは彼女に駆け寄った。

「ハルカ……ッ」

 カレヴィは、こぼれんばかりの笑顔でハルカへと両手を伸ばす。
 それに対するハルカは非常に冷たかった。

「で、出てけ──っ! このエロ王!」

 ハルカはバシャンとカレヴィにお湯をかけると、それを彼が避けている間に風呂から出て、近くに置いてあったバスタオルを体に巻いた。

「ハルカ……! やはり俺に怒っているのか。悪かった、俺は……っ」

 確かにあれはやりすぎた。
 ここは誠心誠意ハルカに謝らなければ、とカレヴィは決意した。

「いいから出てけ、女風呂に男が入ってくるな!」

 言い募るカレヴィを肘でぐいぐい押し出しながらハルカは罵倒する。

「女、風呂……?」

 そこで、ようやくハルカだけしかいないここが、複数の女性が利用する風呂だと把握したカレヴィは、慌ててそこを出ていこうとした。
 すると、ハルカから叱責の声が飛んだ。

「あ! まず、そのサンダルを脱いで! 脱衣所に土足で上がらないで!」

 そうか、あそこは素足ではないと入っていけないところだったのか。
 まずかったなと思ったが、時既に遅しだ。
 彼をここに送ったカイルもその点については気が付かなかったのかもしれない。
 カレヴィは素直にサンダルを脱ぐと、バスタオルを巻き付けた(大きな谷間を作る胸元と適度に肉が付いた太腿が目に眩しい)ハルカとともに脱衣所の方にカレヴィは引き返したが。

「──痴漢ですか、カレヴィ王」

 足を肩の広さに開き、妙に威圧的に腕組みしたティカの迫力にカレヴィは度肝を抜いた。
 見れば、隣にいるハルカもティカのその様子にびくついている。
 そのティカは民族衣装を着ているのか、変わった出で立ちをしていた。

 ──これは、まずい時に出くわしたな。それにまだハルカにきちんと謝ってすらいないぞ。

 鬼のようなティカの形相に、カレヴィは冷や汗をかいていた。

「い、いや、けしてそうではない。誤解だ、ティカ殿」
「はるかの入浴中に忍び込むなんていい度胸ですね。あなたがはるかにしたことを考えたら、こんなことはできないはずです。恥を知りなさい!」

 言うなればこれは事故だ。
 ハルカが風呂に入っていると知っていてこちらに来たわけではないし、ましてや、忍び込んだわけでもない。
 ……しかし、そうとは言えない鬼気迫るものがティカにはある。
 それで思わずカレヴィはティカに謝ってしまった。

「す、すまないティカ殿」
「謝るなら、まずはるかに誠心誠意謝るのが先でしょう! それがなんです、はるかの入浴中に忍び込むなんていやらしい。あなたは実は王でなくて獣なんですか!」

 ハルカよりも先にティカに謝ったのは間違いだったようだ。その証拠に、ティカの説教がますます激化していく。
 カレヴィが獣と言われたところでハルカが頷くのが視界に入り、カレヴィは情けない気持ちでハルカを横目で見た。
 しかし、この状況では痴漢と間違われても言い訳できない状況だ。

「はるかは風邪ひくといけないから着替えてきて。……わたしは、まだカレヴィ王に用があるから」
「うん、分かった」

 あっさりと頷いたハルカに、これから自分の身に起こることを予想してカレヴィは戦慄した。
 まさかとは思うが、ハルカ大事のティカに半殺しの目に遭わされるのではないかとカレヴィは恐れたのだ。

「ハ、ハルカ……ッ、俺を置いていくのか」
「カレヴィ、大袈裟。ただ着替えるだけだよ」

 ここで肝心のハルカに見捨てられてはたまらないと、カレヴィは必死にハルカを見たが、あっさりと彼女に切り捨てられた。
 そしてハルカは先程カレヴィが現れた脱衣所とおぼしき場所へと豊かな胸を揺らしながら歩いていく。
 こんな緊迫した時でもハルカの体は煽情的に見えてカレヴィは思わず見とれた。

「そこ、デレデレしないっ! あなたは今の状況が分かってるんですか!?」

 その途端、ティカの説教がまた始まった。
 とりあえずハルカが戻ってくるまでこの状況に耐えなければならないとカレヴィは覚悟した。



「ほんっとに信じられない! 女風呂に侵入するなんて、カレヴィの痴漢、変態っ」
「ハ、ハルカ……」

 あれからハルカの着替えが終わり、ティカの説教が一段落したところで、三人はティカの魔法で異国情緒溢れる部屋へと移動した。……どうやら、ハルカとティカはここへ泊まっているらしい。
 カレヴィは背の低い卓の椅子に座らせられると、その向かいにハルカとティカが座した。
 そして今はティカと交代してハルカがカレヴィを説教している。
 愛するハルカに変態と言われ、カレヴィは情けない気持ちでいっぱいだった。

「それくらいじゃ生ぬるいよ、はるか。再起不能になるくらい、もっとこき下ろしてやらなきゃ」

 ハルカの再起不能になるくらいの説教とはどのようなものだろうとカレヴィは考える。
 もう愛想も尽きた。目にしたくもないとか──

「そうだね……」

 どう罵倒してやろうかとハルカが顎に手をやって思案する様もカレヴィにとっては恐怖だった。
 そこでカレヴィは全面的に下手に出て謝ってしまう作戦に出た。
 カレヴィは卓に両手をついて深々と頭を下げる。

「本当にすまなかったハルカ。おまえに酷いことをした上に、怯えさせるような真似をして、これ以上なんと謝っていいか分からない」
「ちょっと王様なんだから、そういうことやめてよ。それにあれは怯えるっていうか、びっくりしただけだし」
「そ、そうか!」

 ハルカの怯えてはいないという言葉に反応したカレヴィはそれに勇気をもらって顔を上げた。

「……生ぬるい」

 その様子を傍で見ていたティカがぼそっと呟いたことで、温度がいくらか下がったように感じるのはカレヴィの気のせいだろうか。

「……ところで、どうやってここにきたの? 異世界に移動する魔法って難しいって聞いたけど」

 ハルカが本当に不思議そうにカレヴィを見る。
 それにティカが簡潔に答えた。

「ああ、それなら説明できるよ。たぶんカイルの手を借りたんでしょ」
「そうだ、カイル殿の力を借りた。彼ならおまえの魔力を辿るのも訳はないからな」

 二人からの叱責がなくなって、カレヴィはようやくいつもの調子を取り戻した。

「でも、カイルさんってガルディアの人でしょ? そんな人をどうやって動かしたの?」
「それはもちろん、国家権力を使ってだな……、な、なんだハルカ、その蔑んだような目は」

 見ると、ティカも冷たい視線でカレヴィを見つめている。
 しかし、こうでもしなければハルカに謝罪することは難しかったのだ。
 その意気込みだけでも彼女に理解してほしかったが無理かもしれないなとカレヴィは思った。
 しかし、あんなことがあったのに、ハルカと案外普通に話せていることが嬉しくて、カレヴィは自然と笑顔になっていった。

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