喪女と野獣

舘野寧依

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第八章:騒動再び

第92話 シルヴィの暴走

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 カレヴィがその異変に気づいたのは、外がなんだか煩かったからだった。ハルカの部屋の引っ越しにしてもなにかおかしい。

「なんだ、騒がしいな」

 カレヴィがそう言った間もなく、近衛兵が執務室に飛び込んできた。

「失礼いたします。大変でございます。シルヴィ殿下がハルカ様に会わせろとハルカ様の部屋の前でお騒ぎになっております」
「なんだと」

 大方ハルカの王妃の間への引っ越しを聞きつけたのだろうが、それにしてもやることが強引すぎる。
 カレヴィは席から立ち上がると、急いでハルカの部屋へと向かった。



「やめ……っ、シルヴィ……ッ」

 共同の間に入る時にハルカの苦しそうな声が聞こえた。
 ひょっとしたらハルカはシルヴィに抱きしめられているのかもしれない。あまつさえ、口づけも受けているかもしれない。
 そう考えると、カレヴィは腹の底からシルヴィに対する怒りがわき上がってきた。

「助け、て……っ、カ、レヴィッ」

 ──待っていろハルカ。
 カレヴィは共同の間を抜けて、ハルカの居室への扉を開け放つ。

「ご無礼いたします。殿下落ち着かれてください」

 近衛がハルカからシルヴィをひきはがしてしたのが見えた。

「離せ!」

 近衛の腕から逃れたシルヴィが、またハルカへと向かっていく。
 ハルカは竦んでその場を動くことができないようだ。
 そこで、カレヴィはシルヴィを殴り飛ばした。

「ハルカ、大丈夫か」

 己の体を抱いて震えるハルカは、そこでようやくカレヴィに気がついたようだ。

「カ、レヴィ」

 ハルカが震える手を伸ばしてきて、カレヴィは彼女をぎゅっと抱きしめた。
 ──怖い思いをしただろう、ハルカ。だが、もう大丈夫だ。
 ハルカが涙を流しているのを見て、カレヴィはたまらなくなり、彼女の頤に手をかけた。
 そして、ハルカの唇や頬に何度も口づけた。



「ハルカ……、離せ!」

 カレヴィの殴打から復活したらしいシルヴィが近衛兵に拘束されて暴れる。……今にもこちらに向かってきそうな勢いだ。
 いったんカレヴィはハルカから離れると、シルヴィに向き合った。

「シルヴィ、おまえはしばらく謹慎していろ。ハルカに近づくことは許さない」
「兄王!」

 シルヴィが悔しそうに顔を歪める。

「ハルカは俺のものだ。いい加減諦めるんだな」

 ハルカもカレヴィに続いてシルヴィに言う。

「シルヴィ、わたしはカレヴィを愛してるの。あなたにはもっと似合いの可愛いがきっといるよ」

 するとシルヴィは苦しげに顔を歪めた。

「だが、俺が愛しているのはあなただけだ」
「シルヴィ……わたし、あなたの気持ちには応えられないよ」

 困ったように、だがきっぱりとハルカは言う。

「……分かっている。だが愛しているハルカ」

 ハルカがこれだけ言っても分からないとは、処置なしだなとカレヴィは思った。
 だがどうにかしてシルヴィには理解して貰わないと困る。

「いい加減諦めろ。一月後にはハルカは王妃だ。おまえが入り込む余地などない」
「それはやってみなければ分かりません」

 カレヴィはシルヴィの諦めの悪さに、思わず顔をしかめてしまう。

「もうやめてよ。わたしが愛してるのはカレヴィだけって言ったでしょ」

 ハルカがほとほと困ったように叫ぶように言った。
 カレヴィもハルカの言葉に頷いた。

「確かにきりがないな。とりあえず許しがあるまでおまえは謹慎しておけ」
「兄上、ハルカ……ッ」

 カレヴィに連いてきた近衛兵二人に両脇を拘束されて、シルヴィは彼の部屋へと連れられていく。そしてこれから彼はしばらく軟禁状態になるのだ。
 ハルカはそれを見て苦しげな顔をしたが、やがてシルヴィから背を向けて彼を拒絶した。

「ハルカ……」

 気落ちしたような言葉を最後に、近衛兵に連行されたシルヴィはハルカの部屋を出ていった。
 そして部屋に静寂が落ちて、ハルカは顔を上げた。
 すると、その頬に涙が転がっていく。
 ハルカはシルヴィを実の弟のように思っていたから、哀しくて仕方がないのだろう。

「ハルカ、泣くな」

 カレヴィはたまらなくなりハルカを強く抱きしめた。

「うん」

 そして彼の腕の中でハルカは頷く。
 ハルカはしばらく涙を零していたが、やがて落ち着いたらしく、顔を上げて言った。

「カレヴィ、ありがとう。もうわたしは大丈夫だから執務に戻って」
「……本当に大丈夫か? なんだったらマウリスに言って今日の執務は中止にするが」

 だが、ハルカはあんなことがあったにも関わらず、気丈にも言ってきた。

「それは駄目だよ。気持ちは嬉しいけど、カレヴィ仕事しなきゃ。それにそのうち千花が来てくれるから大丈夫だよ」
「……ああ、そうだったな」

 ティカがハルカについていてくれれば、彼女の気は紛れるか。
 カレヴィは頷くと、ハルカに口づけた。

「それでは執務に戻る。……ハルカは充分注意するように」
「うん、分かった」

 するとハルカは急に伸び上がってきた。
 一瞬ハルカのしたいことが理解できずに悩んだが、どうやらカレヴィの頬に口づけたいらしい。
 カレヴィがその背を縮めると、ようやくハルカの唇が頬に触れた。

 ──本当にハルカは可愛らしい。

 カレヴィは上機嫌でもう一度ハルカに口づけた。

「──ではな」

 名残惜しい気持ちを残して、カレヴィはハルカの部屋から去った。
 これで晩餐の時間までしばらくハルカはお預けだ。
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